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2009年6月30日 (火)

33歳

 33歳。私が二十歳の時にこの世に生を享けたことになります。ほぼ親子です。28日、開票された横須賀市長選挙で、33歳の新人、吉田雄人さんが、現職を破って初当選しました。衝撃を与えました。若さだけではありません。横須賀市は、中央官僚が36年に渡って市長を務めてきました。その慣例に初めて風穴を開けました。

 無所属で、草の根。組織に頼らず地道に政策を訴える。お金もかけない。典型的なボランティア型の選挙だったようです。現職は、元自治省の官僚で、独自候補を擁立した共産党を除く政党の市議などが支援しました。しかも、2期目への挑戦でした。常識的には、現職の強みを活かして他を圧します。

 理由は、何なのでしょう。投票率が、前回より5パーセントほど上がっています。票にして17500票ほど。票差は、4500票です。投票率を押し上げた層の投票先が勝負を決めたように思います。詳しい分析はわかりませんが、新聞報道によりますと、日に日にボランティアの数が増えたということです。普段余り政治に関わってこなかった層の皆さんが勝利の原動力であることは間違いありません。

 横須賀は、戦前は、軍港を擁する軍都。戦後も在日アメリカ軍基地、海上自衛隊の基地がある町です。中央官僚でない市長の登場に政府も内心穏やかではないでしょう。防衛という国家としての最大の任務を遂行する上で支障が出るかどうか気になるところです。新市長は、市民の目線で市政を進めていく方針を明確にしています。防衛といえども市民に判りやすく説明するよう国に求める姿勢を強めることでしょう。当たり前といえば当たり前です。

 国の政治の混乱も勝利を後押ししたのは確実だと思います。宮崎県の東国原知事、大阪府の橋下知事が地方の立場から過激な発言を繰り返しています。地方の時代を演出しているとも言えます。そうした空気の中で行われた千葉市長選挙では、民主党が推した31歳の市長が誕生し、横須賀では、33歳の完全無党派市長の登場となりました。大きく日本の政治が動いています。地方から。

2009年6月29日 (月)

谷川雁

 昭和初期、1920年代後半、蟹漁船で展開されていた過酷な労働の実態を描いた小林多喜二の作品『蟹工船』が、ブームと言われて久しいです。派遣労働の、急速な広がりに伴う労働条件の悪化が背景にあると言われています。最近、大きな書店に行きますと谷川雁という詩人の作品集が目立ちます。谷川雁は、戦後の炭鉱を拠点とした労働運動、60年の安保闘争で注目された活動家です。

 忘れられていた谷川雁に再び光が当たりつつある背景は何なのでしょうか。私は、その鍵は、「地方」にあるような気がしてなりません。私は、名前だけは、かろうじて知っていた程度でした。初めて、手にして、拾い読みをしてみますと、ところどころに魂を鋭く突くような言葉があります。

 下部へ 下部へ 根へ根へ 花咲かぬ処へ 暗黒のみちるところへ

 そこに万有の母がある。 (『原点が存在する』)

 東京へゆくな ふるさとを創れ (『東京へ行くな』)

 地方の決して恵まれない、厳しい生活を直視してこそ新たな価値が産まれるという心情がほとばしっているように思います。東京だけが日本ではないという田舎者としての自負も感じ取れます。現在、地方は、経済的に苦しんでいます。こうした事情が、谷川雁の再発見につながっているのではないでしょうか。

 1970年代の大学闘争、学生達を鼓舞した言葉も、谷川雁の作品からでした。

 連帯を求めて孤立を恐れず 

 力を尽くさずして倒れることを拒否する。(『工作者の死体に萌えるもの』)

 時代の大転換期と言われます。谷川雁の言葉、揺さぶられます。特に「連帯を求めて孤立を恐れず」は、格別です。しかし、そうした姿勢をとるためには、自らに原点がなければなりません。また、根拠地となる場所、ふるさとが、ありませんと漂ってしまいます。

2009年6月28日 (日)

心無罣礙(しんむけいげ)

382  27日、個人的な旅行があり静岡に行きました。焼津に、平安時代850年に創建された大覚寺というお寺があります。禅宗の一派、曹洞宗です。日本最大の千手観音菩薩で有名です。住職から大覚寺が開発事業の対象地域となり、50年かけて少しずつ、お寺の姿を復元する遠大な計画だと伺いました。現在、15年目。

 ハッとしました。開成町も40年前に大きな町づくりの指針を作り、その計画に沿って少しずつ計画の実現を図り、今日まで来ているからです。計画を曲げずにこれたおかげで、今日ようやく、美しい街並みが整ってきました。大げさに言えば「ローマは、一日にしてならず。」、ステップバイステップでしか事業は成し遂げられません。

 381 大覚寺では、お寺の移転に伴って千手観音を昔どおりの手法で作り直すことを決断しました。高さ4メートル20センチ。材料はヒノキ。中は空洞。漆を塗り、金ぱくを貼り、金粉をまぶしてありました。職人の皆さんが魂を込めて作業に打ち込まれたと伺いました。国家事業のような大仕事がなぜ民間のお寺で出来たのでしょうか。膨大な土地の提供者がいられたようです。

 これまた、ハッとしました。スケールではかないませんが、開成町のかやぶき屋根の古民家、瀬戸屋敷の再生の物語と極めて似ているからです。瀬戸家から1800坪の土地と建物全てを町にご寄付してもらいました。各地からかやぶき職人と萱を集めて屋根を葺きなおしました。土蔵も左官の職人技で復元しました。大覚寺では貴重な文化財の千手観音を無料で拝観できます。自由に見ていただくというお考えです。これも瀬戸屋敷と同じでした。

 住職自ら、愉快でわかりやすく、しかも深みのある観光ガイドをされます。奥様もお手伝いされていました。奥様のことを「我が家の大原麗子です。」と紹介されていました。奥様は、住職のことを後ろから見て「渡哲也だ。」と言っているとも言われていました。ちょうど私も妻が一緒でしたので、「私のところの大原麗子です。」と紹介したところ、ちょっと間を空けて「吉永小百合ですね。」と返されました。妻は、「前を向けない。」と話していました。

 帰り際に住職から名刺を頂戴しました。裏に「心無罣礙(しんむけいげ)」という般若心経の言葉が書かれていました。「心無罣礙」とは心に一切のこだわりがないという意味です。こだわりがあるから執着が生まれ、間違った行動をしてしまいます。こだわりを消せば心は、自由自在。その結果、物事を自然にかつ順調に進めることができるようになります。大徳寺のお寺の運営の背景には、「心無罣礙」の精神が息づいていると直感しました。

2009年6月27日 (土)

ゆるキャラ2

383  今年のあじさい祭で大活躍した着ぐるみのあじさいちゃんとしいがし君。人気が出てきてます。26日、駅前の交番誘致キャンペーンを行いました。開成町のゆるキャラの2人と、神奈川県のわんちゃんの着ぐるみ、トリオで登場しました。子どもが寄って来るんですね。これから、あらゆるキャンペーンに引っ張りだこになりますね。

 中に入っていた方は、暑くて大変だったと思います。あじさいちゃんとしいがし君の中に入っていたのは、役場の担当課長と担当リーダーの二人です。課長は50歳なのにもう白髪、リーダーは、役場の野球部のエースで長身で色黒。とても着ぐるみを脱いだ姿を子ども達には見せられません。二人とも心得ていて、キャンペーンが終わっても子どもが過ぎ去るまで地顔は見せませんでした。プロ意識ですね。

 駅前でチラシを配布していると、テレビに出ていましたねと声をかけられます。大阪府の橋下知事、横浜市の中田市長、四国、松山市の中村市長と地方分権改革の断行を目指して首長の新グループを創ろうという動きが報道されたからです。地方分権は、決して住民と無関係に、遠いところの出来事ではありません。各地域に住む皆さんにあったやり方で福祉や教育などの政策が展開できるようにするためのものです。

 現在、政府が血眼になって行おうとしている景気対策が中央集権の最たるものです。補正予算の規模は、14兆円です。国民一人当たり10万円以上です。でも配分は、中央省庁タテ割り、いつまでたっても、どのように活用できるのかわかりません。国から配分されるお金は、都道府県に入ることになっていますので、都道府県は、受け皿となる基金の設置に大童です。でもどう使ったら良いか判らないというおかしな状態が続いています。

 使い方は、都道府県と市町村に任せれば良いのです。あれこれ指図しようとするから時間ばかりかかります。現場のことを知らずに机の上でプランを作りますので、良い知恵も出ません。現在の中央集権の行政がいかにおかしなことになっているかお分かりになると思います。こういった仕組みを変えるのが地方分権改革です。あじさいちゃんとしいがし君を連れて中央にキャンペーンに出かけたい気分です。

2009年6月26日 (金)

会談

 おとといの夜、東京で横浜市の中田市長の呼びかけで、大阪府の橋下知事、松山市の中村市長、それと私の4人が3時間ほど意見交換しました。当初は、そっと話し合おうと言うことだったのですが、なにせ人気者の橋下知事、マスコミに追い掛け回されていて、マスコミを引き連れてということになりました。

 指定された場所は、判りにくいビルでした。深夜ビルを出ますと外では、記者の皆さんがうろうろしていました。かつて、自分も記者時代、こんなことをしていたと思い出しました。地方に、可能な限り、権限と財源と人材を移す必要があるということではみんな一致しています。そうした地方分権改革の断行を迫るため、首長としてどのような行動をしたら良いか話し合いました。政党の地方分権に関するマニフェストを徹底的に検証して優劣を決めて行こうということは意見一致でした。

 その結果、特定の政党を支持するのかどうかは、意見の違いもあり、はっきりとした方向は、出ませんでした。橋下知事は、特定の政党を支持することも止むを得ないという考えを盛んに強調されていました。当面は、首長の側から、政党の地方分権改革の政策の検証をするための集団作りがポイントです。公開の場で、政党と丁々発止意見交換すべきだと思います。その結果、優劣がつくこともあるでしょうし、逆に首長の側から提案を盛り込むよう求めることもあるでしょう。首長の皆さんに行動しようと呼びかけて行きます。

 この首長のグループをどうして行くかも意見が出ました。政治集団として考えるのか、政策提言をする集まりとして捉えるのかです。意見は当然異なります。私は、いずれ新党のような形でまとまるべきだと思います。簡単なことではありませんが、方向性としては、そちらを向くべきだと思います。既成政党とは別に政治的に行動することを辞さない覚悟が必要だと思います。

 橋下知事が一言発しますととたんに大騒ぎになります。橋下知事と会って何を話したのか、マスコミから問い合わせが相次ぎました。午後、急きょ、記者会見となりました。これも昔は逆の立場で走り回っていました。役場の担当職員は、大変でしたが、災害時のマスコミへの対応の訓練にもなると言って激励しました。総選挙を目前に控え、地方の側から国に向けて意見を発信できる余地が広がっています。このチャンスに、積極的に行動することが地方が主役となる時代を創るために大切だと思います。

 

2009年6月25日 (木)

東国原発言

 宮崎県の東国原知事が、衆議院選挙への出馬打診に対し、自民党総裁を前提にしてくれるのならばというとてつもない条件を出しました。この発言をめぐり、賛否両論が飛び交っています。単なるジョークで話したということではなさそうです。その後の、東国原知事の発言をニュースで伺っていますと、それなりに考え抜いた上での発言のようです。私は、東国原知事に賛同します。

 素人だとか、お笑い芸人だったとか、色々な言葉を浴びせるのは簡単です。東国原知事は、確かに政治の経験は無に等しい中で知事選に出馬しました。確かにお笑い芸人です。でも、その政治の素人、お笑い芸人だった方に、膝を屈し、出馬を要請しなければならないほど政治の老舗、自民党の危機は深刻です。素人や芸人に「どげんかせんといかん!」と一喝されてしまうような有り様です。

 ここまで政治を貶めたのは、プロと称される政治家の皆さんでした。東国原知事を批判する永田町のプロと称される政治家の皆さんは、東国原知事に総裁を条件とされる元凶を作ったのは誰なのかという基本的な反省が不足しているように思えてなりません。こうなったら、東国原知事には、発言を曲げることなく徹底して戦っていただきたいと思います。安易な妥協は政治生命にかかわります。単なるジョークでないことを行動をもって示していただきたいです。

 永田町が荒れてきました。いよいよ乱世です。自民党が政権の座から転落した1993年の時に似た雰囲気が漂っています。この先、何があるか判りません。地方自治体の方が、永田町の激動で、翻弄されることがあってはなりません。住民サービスに直結している市町村は、永田町が、どんな事態に陥ろうとも、きっちり仕事を続けなくてはなりません。

 それと同時にこういった乱世だからこそ、モノを言わなくてはなりません。市町村としての主張を明確に政党に伝えることが大切です。発言力がなければ聞いてもらえません。そのためには少なくとも神奈川県の市町村が一致結束することが大切です。神奈川県町村会長であるお隣大井町の間宮町長を表敬訪問したのを皮切りに、時間が出来れば、市町村長さんのところにお邪魔して、県内市町村の一致結束をお願いして回っています。

2009年6月24日 (水)

仕分け

 23日、宮崎県の東国原知事、自民党総裁を条件に衆議院選出馬か?というニュースを夜知りました。へー面白いかも…。最初の印象です。ちょっと考えるとありえない話です。東国原知事のしたたかなけん制球かも知れません。出馬には意欲があるのは間違いないのでしょう。自民党の選挙対策の最高責任者、古賀誠選対委員長が宮崎県にまで足を運ぶのですから、東国原知事の力は侮れません。地方側が力を増している事実を示した効果はあったと思います。

 「構想日本」という政策集団があります。元財務官僚の加藤秀樹さんという方が代表を務められています。加藤さんより、国の事業の仕分けを行うプロジェクトを実践中であると伺いました。民主党と共同で進めているということでした。国土交通省の合同庁舎の建設問題を取り上げるので参加してくれないかと打診されました。地方分権改革推進委員会でこの問題を議論しているからです。

 委員会とは違った視点で切り込めるかもしれないと思い参加しました。民主党の論客の国会議員の皆さんが勢ぞろいしていました。国土交通省と農林水産省の四つの事業のヒアリングをします。そのやり取りの評価をする一人として議論に入りました。質の高い鋭いやり取りにビックリしました。評価する側のメンバーに地方自治体の実務者、元市長、元官僚がいられるため、焦点がぼやけることなく、極めて具体的な論議がされます。

 実務を知っている人が多いからでしょう。あと、民主党の議員の皆さんも精通されています。勉強になりました。かなり広い会議室、傍聴者でいっぱいでした。テレビカメラも数台来ていました。委員会は、取材の方だけで一般の傍聴者はいません。場面設定でも、参考になりました。傍聴者に入ってもらうことは関心を高める上でも有効な手段だと思いました。

 焦点の合同庁舎の建設問題は、全員一致で中止すべきだという意見でした。世の中の常識がこの議論の場では通りました。もちろん、民主党は、政権政党ではありませんので、中止させる権限は、ありません。しかし、今度の衆議院選挙で政権交代も取りざたされています。国土交通省にとって多少の圧力にはなったと思いますが…。国土交通省で、またもや談合事件が発覚というニュースもありました。一体この役所はどうなっているのでしょうか。

2009年6月23日 (火)

変更

 22日、小学校の通学路が一部変わりました。狭い四つ角の交差点に信号がつきました。車にとっては安全になったのですが、歩行者は、逆に危険な箇所が出来てしまいました。正式な信号がつく前、点滅の信号でしたので、赤の点滅側の道路を走る車は常に速度を落とします。しかし、正式な信号となりますと青の時は速度を落とさずに進みます。

 この交差点の手前の横断歩道が返って危なくなったと指摘を受けました。小学校の通学路となっていましたので関心が高かったのです。信号をつける前の入念な打ち合わせが不足していたと反省しました。この横断歩道のところは、ボランティアの方がいつも子ども達を見守って下さっていました。

380 せめてもの罪滅ぼしという意味合いもあって、私を含めて役場の職員も危険箇所に朝の通学時間帯に立つようにしました。学校と父兄と教育委員会で話し合って、う回路を考えました。22日から新しい通学路となりました。たくさんの父兄の方地域のボランティアの皆さんが見守り活動に出られます。積極的な動きに驚きました。一学期の期間中は交代で立つということでした。

 今回の通学路の見直しでわかったことがたくさんあります。信号機の設置のように、要望に基づいて、良かれと思って実施することであっても、関係する皆さんとの事前の話し合いが不可欠であるということが一番です。もう一つは、みんなで考えてより良い方向に持っていこうとすれば当面の解決策は見つかるということです。最後に、役場は、タテ割りに注意をしないと行けないということです。

 交通安全を担当する部署と学校を担当する部署、違います。開成町の様な小さな組織でも溝ができてしまいます。上司が町全体の立場に立って常にチェックをしないといけません。最後に、ちょっとした道路の改修、交通標識の手直し。町、県の土木事務所、警察、色々と絡み合って迅速な対応を図るのが容易ではありません。父兄の方からも苦情をいただきました。町が一元的に管理できればとため息が出ました。

2009年6月22日 (月)

日曜議会

379  平日の議会開催ですと傍聴に来れない方のために日曜議会が開かれました。傍聴席、賑わっていました。昼休みに、役場近くの自治会で開催している文化展を見に行きました。玄関を入りますとあじさいが出迎えてくれました。赤、青、白、種類もたくさんあり、森のようなイメージでした。出展者は、役場の職員でした。職員が、自治会活動に協力している姿を見るのはうれしいです。

 私の任期は、来年の2月までです。出処進退を聞かれました。四期目、出馬すると答えました。開成町は、法人税収の激減に直面しています。大ピンチです。このピンチをチャンスに変えるため出馬を決断したと述べました。その鍵は、教育にあると強調しました。新しい小学校が来年4月に開校することをきっかけにして町民ぐるみで教育の町を創ることを呼びかけたいと述べました。

 将来をになう子ども達の成長にみんなで関わることで、希望の光を開成町から発信したいです。今は財政が苦しいですが、多少でも持ち直したならば、可能な限り教育に財源を振り向けたいと希望を述べました。全ての基本は、人です。人づくりです。その分野にもっとお金をかけることは国全体としても大いに考えるべきです。

 幼児教育について質問がありました。三歳児まで保育対象を拡大して欲しい、幼稚園の保育時間を延長して欲しい。このような要望が父兄の間で強くあると回答を求められました。厳しい指摘です。しかも、議員自ら調査された上での質問ですので説得力があります。開成町の場合、小学校の建設を最優先に考えてきましたので、幼児教育の充実までなかなか手が回らないのが実態です。

 小学校の建設が一段落した後、これまでの既存の小学校の校舎の改修を考えなければなりません。その後は、幼児教育の充実です。幼稚園の建設用地も新たに求める必要はありません。新小学校と同様、既に先輩の皆さんが用意してくれています。瀬戸屋敷のすぐそばです。どういった形の施設を建てたら良いのか、じっくりと考えて行く必要があります。

 問題は、それまでの間、幼児教育の充実に向けて何ができるかです。三歳児の一時預かり保育の充実、自治会と連携して地域での子育て支援、それと幼稚園の保育時間の延長辺りが対象となると思います。教育委員会だけでなく福祉部門や自治会担当部門と連携を取って、効果的な対応を考える必要があります。働く母親は増え、核家族化は進むとなると社会全体で子育てに関わることは自然の流れです。

2009年6月21日 (日)

あじさいカップ

375  20日、午前中晴れ。夏の太陽。あじさい祭りの時期に行われる恒例のパークゴルフ大会が開かれました。15回目です。300人の参加者。神奈川県の方が多いですが、群馬、栃木、茨城、埼玉、千葉、東京などからも見えています。定着しました。開会の言葉は、「皆さんの日頃の行いが良過ぎて暑すぎるぐらいです。」でした。

 私は、「開成町は、いつでも快晴です。」と返しました。続けて「今年のあじさい祭は花も素晴らしく、21万1千人もの方に来ていただきました。皆さんが帰りに寄って頂ければ、追加で、21万1300人となります。」とあいさつしました。本当に今年のあじさい祭は、花の咲くタイミングと祭の期間が一致し賑わいました。

 377 瀬戸屋敷に出かけました。町の文化団体が共同で風鈴まつりを行っています。初めての試みです。門のところに立派な風鈴がかかっていました。かやぶき屋根の軒下にも、土蔵への渡り廊下にも飾ってありました。風が吹き抜けますとさわやか音色が響きます。別世界の感じでした。

378  風鈴は、町民の皆さんから提供いただいたものです。140個余りでした。瀬戸屋敷らしく竹の風鈴もありました。こちらは音色というよりは、竹筒の揺れ具合の観賞です。

 あじさい祭が終わってもまだ花は見れます。町の文化団体で、訪れる皆さんにあじさい祭のアフターイベントとして何か考えられないか工夫して下さいました。徐々に人気が広がっていく予感がしました。風鈴市が出来たりして…。楽しみです。

2009年6月20日 (土)

学童保育

 19日、地元の足柄ロータリークラブより野外に設置する時計の贈呈を受けました。会長さん、「近隣の中で一番高くついた。」と苦笑いされていました。「環境に配慮して、ソーラー方式にして欲しい。」「時刻を正確に伝えるため電波式にして欲しい。」と注文をつけたからです。快く(?)、受け止めていただきました。ありがとうございます。

 先日、議会で質問のあった学童保育の現場を見に出かけました。日曜議会でも別の議員の方から改めて質問があります。開成町は、民間の社会福祉法人に委託して学童保育を行っています。現在、二ヶ所で119人。小学1年生から3年生まで、夜7時半まで行っています。始めてから今年で満二十年です。

374  子ども達がゲームをやっている建物に入りました。高い声で大騒ぎしながら楽しんでいました。園長先生の説明が聞こえません。結構、私の顔を知っている子どもがいて「町長さんは、蝶々なのになんで羽がないの?」と聞かれました。上手い答えが見つかりませんでした。

 紙芝居を一作、読んで欲しいと頼まれました。初挑戦してみました。登場人物の気持ちになって、子ども達にもわかるようにゆっくり話しました。最初の一枚をひく時、違う紙を引いてしまいました。やり慣れないと間違えてしまうものですね。子ども達の反応はまずまずだったと勝手に思っています。私は、本が大好きなので、紙芝居とか絵本の読み聞かせのボランティア、やってみたいなと思いました。

 学童保育、新しい小学校が出来るのにあわせて、新しい学区に一つ新たに設置します。現在の学童保育所は、二ヶ所とも同じ学区になりますので、一つに集約する予定で検討されています。共稼ぎの家庭は増える一方です。子育て支援の一つの柱として学童保育所を確保していくことは責務です。

2009年6月19日 (金)

6月議会

 18日は、終日議会でした。いつもですと、初日は、一般質問の日ですが、21日の日曜日に議会が開かれ、一般質問が集中して行われます。昨日は、日曜議会で時間の関係で質問からもれてしまった二項目についてお二人の議員から質問がありました。学童保育についてと消防の広域化についてでした。

 開成町の場合、来年4月に新たに小学校が開校します。それにあわせて、放課後、子どもをあずかる学童保育所も新たに一つ設ける方針です。それにしても学童保育は、厚生労働省が監督官庁、放課後子ども教室は、文部科学省。二股です。どこが明確に違うかと言うと学童保育は、年間250日以上実施となっているところでしょうか。

 消防の広域化について反対の立場からの質問でした。国や県の押し付け、市町村合併と密接不可分ではないかという疑問です。消防は、市町村が自主的に行う自治事務です。広域化すべきかどうかは、自主的に決めます。市町村合併とは別物です。しかし、財源が大変に厳しい中で広域的に運用することで消防の質を上げられる可能性があるのならば大いに検討すべきだと思います。

 河川敷にある水辺スポーツ公園。7.8ヘクタールあります。パークゴルフ場や野球場、サッカー場。年間98000人の利用者があります。3500万円管理におカネがかかり、収入は1500万円です。民間企業に管理を委ねたらどうかの検討を2005年から続けてきました。途中、2007年9月には台風による酒匂川の増水で全て水に浸かるという被害もありました。

 ようやく準備が整い、民間企業に委ねることができる指定管理者制度を取り入れる条例を出すことが出来ました。検討段階から5年経過しています。入場者を増やして、毎年2000万円かかる経費を抑えてサービスが充実すれば願ったり適ったりです。民間のノウハウを活用する分野だと思います。お一人反対されましたが、条例案は可決成立しました。今年12月に指定業者を決定する予定です。

2009年6月18日 (木)

分権改革報告88

 17日、地方分権改革推進委員会がありました。国土交通省との意見交換でした。知事会との間で論議となっている地方が国に支払う負担金の問題のその後を議論しました。国が道路などを直接造る際に都道府県などは、一定の割合で負担金を支払う仕組みになっています。工事の完成後の維持管理費についてもです。この負担金の根拠が不透明だと地方側から反旗が上がりました。

 大阪府の橋下知事が口火を切り、国と地方の間の最大の争点に一気になりました。スター性のある知事が発言しますとここまで事態が動くのですから驚きです。マスコミの力も大きいですね。以前は、知事さんが、主張してもまともに取り上げてもらえなかったのが実情です。解散・総選挙を控え、有権者に影響力のある知事の発言は無視できなかったということだと思います。

 国土交通省は、地方の意見を真摯に受け止めて現在知事会と議論を重ねている最中であると繰り返し説明していました。金子国土交通大臣が、地元自治体の負担金の中に工事に携わる国家公務員の退職手当と共済組合負担金が含まれていることについて「来年度から請求しない。」と発言しています。私が、そう決まったのかと再確認を求めました。「大臣は、そう発言しています。」と答えました。事務当局としては異論がくすぶっていると受け止めました。

 続いて、国の出先機関の合同庁舎の建設について議論しました。地方分権改革推進委員会の勧告を受けて、政府部内で組織の統廃合をめぐる議論が、今後、進むのにもかかわらず、合同庁舎の建設は、一部を除き、止まっていません。国は、既成事実を作ろうとしているのかとの疑問が湧きます。相変わらず、耐震性の問題もあり建設を進めるという理由を前面に掲げて説明していました。建設方法も工夫し、仮に、変更があったとしても間仕切りの変更などで対応できると説明していました。

 これは、一般常識の問題だと思います。国民の税金を使っている以上、無駄が出ないよう最善の努力をするのは当たり前です。止むを得ない対象施設以外は結論が出るまで工事を見合わせるのが当然です。これを止められない今の政府は、どうかしています。しかも、耐震性を理由に掲げながら、耐震性に問題のない施設を集約して一つにしようとしている庁舎もあります。どうして、こうなるのかどう考えても理解できません。

 委員会に今後の議論のための資料を提出しました。麻生政権は、来年度の予算に向けて、「経済財政改革の基本方針2009」の原案をまとめました。地方分権改革は、独立の項目としては消滅しました。よく見ますと、「地域発の成長」という項目の中に一行「地方分権改革推進委員会の勧告を踏まえ」と入っていました。政府の最重要課題といいながら、これです。麻生政権の地方分権改革に対する現在の姿勢が見て取れます。「麻生政権の地方分権改革に対する姿勢が問われる。」と問題提起しました。

 もう一つ、与謝野財務大臣が参議院の予算委員会で地方消費税について「将来増税があった場合、地方においても医療・年金・介護・少子化対策に充てるべき。」という趣旨の発言をした問題を取り上げました。財務大臣が地方自治体の財源の使途にまで言及するのは問題だと述べました。地方消費税は、地方の財源で、何に使うかは地方の自主性で決めるべき筋合いのものです。いかに内閣の重鎮と言えども、行き過ぎた発言だと思います。

2009年6月17日 (水)

政局談義

 麻生政権の内閣支持率が、再び下がりました。10パーセント台という調査もあります。鳩山総務大臣の辞任が響いたとマスコミは伝えています。鳩山総務大臣の辞任というよりは、その処理の仕方がまずかったということだと思います。トップとしての危機管理が拙かった結果が下落に結びついてたのではないでしょうか。

 鳩山総務大臣の抵抗は、単に鳩山大臣個人の闘争ではなく、背後に、郵政の民営化に反対してきた勢力がついているのは間違いないところです。一方、小泉元総理大臣を始め、郵政民営化を推し進めてきた勢力もあります。どちらをとるかという判断が迫られたのが今回の辞任劇の内幕だったと思います。

 ややこしいのは、麻生総理大臣が、郵政の民営化に距離を置いていたことです。自らの信念を大切にするのならば、自分を総理大臣に押し上げてくれた原動力の一人でもある盟友の鳩山大臣を持ち上げる立場です。しかし、そうすれば小泉元総理大臣らが反旗を堂々と振り上げるきっかけとなり自民党は分裂含みになることは間違いありません。結果として、鳩山大臣の辞任へ判断せざるを得なかったのではないでしょうか。

 麻生総理大臣は、郵政民営化に対して確固たる信念がないまま、小泉元総理大臣が進めてきた郵政民営化の是非をめぐる権力闘争を黙認してしまいました。中途半端な態度で、郵政民営化のような極めて微妙な課題に手を出せば、結果は、明らかです。どちらの勢力からも信頼を失います。

 回復は、可能なのでしょうか。「病膏肓(やまいこうこう)に入る」、重態だと思います。中心となる総理大臣に確固たる信念がないことが明るみに出てしまったからです。イザという時にぶれるかもしれないというのでは、求心力は高まりません。昭和30年、1955年に結党された自民党、来年で55年。迫る総選挙を乗り越え、節目の年を迎えられるのかどうか、結党以来、最大の危機を迎えているように思えてなりません。

2009年6月16日 (火)

不祥事

 15日、町内の全世帯に配布する町広報のお知らせ版でお詫びしました。不祥事があったためです。パソコンが無くなりました。職員の異動で、空いたパソコンを直ちに返却しないで、利用していたのが原因です。本来ならば盗難防止のため、ワイヤーで固定しますが、いずれ返却するということでワイヤーから外し棚に置いていました。コメ栽培の体験学習に参加された皆さまなど156人分の個人情報が入っていました。

 毎日新聞に開成町は、国民健康保険税が全国の市町村で2番目に低いという記事が掲載されました。間違いでした。4人世帯として換算し答えるべきところを一人分の保険税を新聞社に答えてしまいました。本来ならば23万円であるところが16万円ですので、全国でも際立って低い結果となりました。新聞社からのアンケートをきちんと見ずに思い込みで記入したことが原因です。チェックも不十分でした。

 パソコンの管理については再徹底をしました。警察にも紛失届けを出しました。マスコミ対応については、管理職のチェックが入るように仕組みを変えました。不祥事防止は、職員全員の意識次第です。細かなところから日常チェックし合うことが基本です。小さな役場でお互い顔見知りです。仕事も増え、忙しいです。だからと言って、管理がおざなりになってしまってはいけません。15日の課長会議で注意喚起をしました。

 不祥事と言えば、厚生労働省の女性の局長が逮捕されました。ニセの障害者団体に対し、本物の障害者団体と認定する証明書を偽造して発行したということです。大阪地検が摘発しました。逮捕された女性局長の名前を聞いて驚きました。地方分権改革推進委員会に厚生労働省の担当責任者としてしばしば来られていたからです。きついやり取りをしたこともあります。

 とにかく、自分達の見解を柔和な表情でひたすら語ります。説明時間が長くなります。質問したいと焦りますので、聞いているほうが苛立ってきます。「グダグダ説明して!」と切れたこともありました。それでも女性局長さん、平然としていました。非常に印象に残っています。報道によりますと、この女性局長は、容疑を否認しているとのこと。委員会で受けた印象ですと、自らの主張を簡単に曲げるとは思いません。捜査当局と厳しいやり取りが続くような気がします。

2009年6月15日 (月)

閉幕と開幕

 381 14日、あじさい祭が終わりました。梅雨の中休みが続きました。賑わいました。初めて20万人の大台を超えました。身近なところに出かけようという人が多く、田園のあじさいがぴったりだったのではないでしょうか。フィナーレは、恒例となった夜のジャズコンサート。中高年の方が、ご夫婦で見えている姿が目立ちました。

 380_2 今年のあじさい祭、期間を通じて大活躍したのは、ゆるきゃらの「あじさいちゃん」と「しいがし君」。上島自治会の阿波踊り連と一緒にあじさいを守る募金キャンペーンを続けてくれました。暑かったと思います。本当にご苦労様でした。

378  あじさいのイメージは、しっとりした感じで、どちらかと言えば和風でしょうか。開成町のあじさい祭は、そんなイメージとは無縁です。舞台で繰り広げられるのは、ダンスや、高校生達のバンド。なんでもありです。休日には、若い人の姿も目立つようになってきました。

 さて、来年です。近隣市町との連携は、東隣りの松田町と西隣りの南足柄市と行ってきました。来年は、たてに広げたいです。同じ時期、小田原城で菖蒲祭りを開催していて賑わっていると伺いました。あじさいと菖蒲。合います。連携の工夫をしてみたいです。

 あじさい祭りは、終わっても、花はまだまだきれいです。瀬戸屋敷では、明日から21日まで風鈴まつりが行われます。かやぶき屋根の古民家に町民の皆さんから寄付していただいた風鈴が飾られます。古民家で聞く風鈴の音色も味わい深いと思います。どうぞ、お出かけ下さい。

 

2009年6月14日 (日)

天使との約束

 13日、小学校の授業参観日でした。生徒数が1080人。父兄だけではなくおじいちゃんやおばあちゃんも来られます。運動会並みとは行きませんが、かなり賑やかでした。来年4月には、新しい小学校が開校して、二つに分かれます。こうした賑わいも半分になります。雰囲気が変わります。教室も余裕が出来ます。活用の仕方が大切だと思いました。

 校長先生や教頭先生と、急死された図書司書の女性のことを話しました。天使のような方だったと言われていました。私から「読書をしよう!リード!」のポスターを作成して、天使へのお別れとしたいとお願いしました。先生方も是非実現しようということになりました。昨日のティータイムで書いたように司書の方から提案され、約束みたいなものです。約束を果たしたいです。

 376 あじさい祭、天気も良くて大変な賑わいでした。水田を抜けてくる風が心地よいので、蒸し暑さをそれほど感じません。この田園の空気を胸いっぱいに吸い込むだけでも気分がさわやかになります。最近は、水田だけでなくお茶畑もあります。平地の方がお茶の栽培が簡単です。しかも、買い取り価格が高いので徐々に栽培が増えています。

 377 開成駅から歩いてあじさいの里に向かわれる人が増えています。40分ほどかかります。中高年の皆さんが主力です。酒匂川の土手沿いを走るサイクリングコースが絶好のウォーキングコースとなります。途中、酒匂川ふれあい館という小屋があります。元は水防倉庫。改装して、酒匂川の歴史と自然を紹介する展示がされています。説明は、ボランティアの方がしてくれます。勉強されていますので、頼りになります。あじさい祭は本日最終日。

2009年6月13日 (土)

地上の天使

373  12日は、梅雨の中休み。夏の太陽が顔をのぞかせました。あじさいの里、暑かったです。ゆるキャラのあじさいちゃんとしいがし君、大変でした。2人に協力してもらいながら小学3年生と一緒に募金活動を行いました。私が「せーの!」と言いますと、甲高い声で「あじさいを守るための募金活動にご協力下さーい。」と声を揃えて呼びかけます。

 子ども達の純粋さが訪れた皆さんを振り向かせます。年老いたお母さんでしょうか、車椅子に乗せてあじさいを見に来られた男性が、子ども達の姿を見て、「頑張って下さいね。」と募金して下さいました。胸が熱くなりました。純粋であることがいかに強い影響力を持つのかが身に沁みます。子ども達は存在自体が天使のようです。

 374 車椅子ダンスの大会が開成町でありました。県西部の2市8町の社会福祉協議会が行っています。会場に車椅子の花が咲きました。お一人お一人踊り方は多少違っても、全体としてみればとても調和が取れていて、あじさいの花のようでした。「花は、天使の贈り物」という言葉を聞いたことがあります。人も天使のような気持ちになれた時は、花になることができます。

 

 小学校と中学校で図書司書を務めて下さっていた女性が亡くなられました。47歳の若さです。突然の病魔が命を奪いました。子どもの様な純粋さで一生懸命、読書活動に取り組んでいられただけに残念でなりません。ご主人が通夜の席上で、「なぜ妻がという気持ちが消えない。」と話されていました。この方を知る全ての人が同じ思いを持っていられるのではないでしょうか。

 2月、この女性の方と偶然小田急線で一緒になり、読書活動を開成町で広げる話題を夢中で話し合いました。何て前向きな方だろうと深く胸に刻まれました。2月9日のティータイムでも紹介させてもらいました。

 「先週土曜日、電車で開成小学校の図書司書の方と一緒になりました。横浜で開かれる勉強会に行かれるとのことでした。つい最近、アメリカの図書館へ視察にも行かれました。インターネットを駆使した図書館のネットワークに感心したと話されていました。

(中略)

 アメリカでは、「リード(Read)=読む、読書しよう」というポスターが至る所に貼られているということでした。各分野で影響力のある方々が本を手に持って写真に写っているポスターだということでした。アメリカでも、読書を進める運動が起こっています。

(中略)

 手っ取り早く情報を集めるのにはインターネットは便利です。しかし、じっくり考える力を養うには、本を読むことが一番です。開成町でも「リード!」のキャンペーンポスター作りたいです。」

 通夜の式が終わった後、棺に近づき最後のお別れをさせていただきました。棺の窓からお顔が見えました。ハッとするような美しい表情でした。地上の天使だった方が本物の天使となられたと思いました。「リード!」のポスターを作って本物の天使に報告しなくてはなりません。

2009年6月12日 (金)

追憶と追悼

 371 11日、遠藤座間市長の母上が開成町に来られました。妹さんとご一緒でした。終戦の年、昭和20年以来の来訪です。当時、横浜に住んでいられて開成町のお寺に学童疎開していました。まず、最初に、お寺にご案内しました。大長寺といって開成町では最も大きなお寺です。本堂に寝泊りされていました。病気にならないと普通の部屋には、寝れなかったということです。お墓があってトイレに行くのが怖かったとも言われていました。

 小学3年生から4年生にかけてのことです。田んぼばかりだったという印象が強いようでした。それと富士山が見えたこと。残念ながら開成町に到着された昼過ぎは、雲がかかっていて富士山を見ることができませんでした。その後、晴れてきましたので、帰りには見ることが出来たのではないかと思います。あじさい祭が行われているあじさいの里をご案内しました。広々とした田園空間のあじさいを見て、心が洗われたようです。ご主人を3ヶ月前に亡くされて気分が落ち込んでいられたようで、あじさいの花の力です。

372  父の軍人時代、上官だった方の息子さんが開成町に来られました。足柄の歴史再発見クラブの佐久間俊治会長さんと大学の同級生で、同じコーラスクラブ。半世紀ぶりに偶然再会して私の父のことと私のことが話題になり、あじさい祭の時に開成町を訪問しようということになりました。父は、旧満州、現在の中国東北部のソビエトとの国境の守備に当たっていました。昭和20年8月、ソビエトの侵攻によって大激戦になり、多くの部下を亡くしました。

 父の死後、昭和60年、菩提寺に慰霊の石碑を建立しました。題字を書いていただいたのが、上官の方でした。息子さんにお参りをしていただき、感無量でした。しかも、当時の軍歌がテープで流れました。中家村自治会の老人クラブ会長の井上城司さんは、旧満州から引き上げてこられた方です。古い歌の入ったテープを持ってきていただいたのです。ご配慮に痛み入りました。

 私の父も、上官の方も既にこの世にいません。多くの戦死者とともにあの世での再会を果たしています。私たちの昨日の様子を見て何を語らっているのか、いささか気になります。戦争で敗れたとはいえ、再起を果たした日本。しかし、ここに来て、その国が又もや揺らいでいることが気にかかってならないのではないでしょうか。どん底に落ちた日々があることを忘れずに一人ひとりが為すべきことを為せと叫んでいると思えてなりません。

 

2009年6月11日 (木)

与謝野大臣発言

 余り報道されない発言の中に重大な意味が込められていることがしばしばあります。マスコミは、視聴者や読者が理解しやすい話題に飛びつきます。難しい話になるとどうしても避けてしまいます。報道からこぼれた話題だからといって無視できません。麻生内閣の重鎮、与謝野財務大臣が、先月25日の参議院予算委員会で、消費税のうち地方へ配分される消費税、地方消費税について発言しています。

 「仮に、将来、消費税を上げることをお願いすることが、あるわけですけれども、やっぱりこれは年金、医療、介護、少子化対策に全部使います(略)、やはり地方団体においても将来の消費税の上がるものは全部、年金、医療、介護、並びに少子化対策に回していただくことが大事であろうと思っております。」、与謝野財務大臣は、参議院の予算委員会の質疑の中でこのように答弁しました。

 専門家でないと理解しにくいとは思いますが、極めて重大な発言です。現在、消費税は5パーセント。4パーセントが国の取り分。1パーセントが地方へ回されて、自由に使える一般財源として活用されています。将来、消費税の増税があった場合は、今の仕組みでは、地方へ回される地方消費税も自動的に増えます。その増えたぶんの使い道は、福祉の目的にだけ活用しなくてはならないとしばりをかけるべきだと言っている訳です。

 財務大臣と言えども、地方自治体の歳出の内容について決めることは出来ません。福祉が大切なことは当たり前です。だからといって福祉のどの分野に限定して使うべきだなどと指図するのは、論外です。財務大臣の視点から地方自治の意識が欠落しています。地方団体がなぜ怒りの声を上げないのか不思議でなりません。地方へ回る消費税、地方消費税は、地方で自主的に使い道を決められる財源だという大原則を忘れてはなりません。

 与謝野大臣が、こうした発言をする理由の一つは、地方側は、消費税の増税問題について、国におんぶに抱っこではないか、自ら増税の必要性について何ら努力していないという強い不満があるからだと推測します。この点についてはその通りです。地方側も財政難のため住民サービスが展開できないのであれば、自らの責任において、堂々と増税の必要性を訴えていくべきだと思います。

 しかし、与謝野大臣発言の背景には、もう一つ理由があります。地方は無駄遣いをしている、行革努力が足らないという先入観です。とんでもないことです。埋蔵金とか言われる隠し財産がいつの間にか出てくるのは国です。地方分権改革推進委員会で議論のさ中なのに出先機関の合同庁舎をどんどん建設するのは国です。小田原に保養施設を450億円かけて建て、8億円で売却したのも国です。無駄遣いとしか言いようがありません。徹底した無駄遣いの見直しをすべきは国です。

2009年6月10日 (水)

埋蔵金

 政府の経済財政諮問会議が、9日の会合で、消費税12パーセントを前提とする財政運営の試算を示しました。消費税の増税への道筋をつけようという思惑が見えます。財務省主導の動きです。国、地方をあわせると900兆円に迫ろうとする膨大な借金があります。その一方で、少子高齢化の急速な進展により社会保障関係の支出の増大が避けられない状況にあります。こうした収支のアンバランスを解消するためには消費税の増税は不可避だという説明です。

 税制を抜本的に改正し、消費税を中心とする体系に見直すことが必要であることは、地方の立場から考えて理解できます。法人税の極端な浮き沈みの中では安定的な財政運営が出来ないからです。開成町では、法人税の減収の影響で17パーセントも税収が減りました。やり繰り算段に必死です。しかし、それでも、安易に消費税の増税に飛びつくことはいかがなものかと思うようになりました。最近の政府の補正予算の行き当たりばったりと、いつの間にか捻出される財源です。

 いわゆる埋蔵金問題です。政府の予算には21の特別会計があります。複雑なやり取りが為されていてよく理解できません。一般会計の80兆円よりはるかに巨大で、総額350兆円に上ります。この中に準備金とか積立金とかが紛れ込んでいます。どのくらい使える財源があるのか見当つきません。元共同通信の記者でジャーナリストの北沢栄さんが『亡国予算』という本を出版されました。特別会計の闇を扱っていられます。

 先日、北沢さんに直接会って、話を伺いました。毎年10兆円は活用できる埋蔵金があると言われていました。この事実が証明されれば、ただちに消費税の増税に走らずにじっくりと腰を据えて税制論議をすることが可能です。特別会計の複雑な仕組みを国民の前に明らかにするための特別調査が不可欠だと思います。財務省が嫌がるのならば、政治の力で明らかにすべきです。

 財務省は、財政危機を強調してばかりいます。年金や医療や介護のための財源に使うといって消費税増税への反発を和らげようと必死です。将来の福祉のための財源の確保は大切なことです。しかし、増税するにはそれ相応の理由を示し国民に納得してもらわなくてはならないことは理の当然です。埋蔵金がまだまだあると指摘されている以上、そちらを解明するのが先だと思います。

2009年6月 9日 (火)

ガバナンス

 都道府県や市町村行政専門の出版社があります。名前は「ぎょうせい」です。「ガバナンス」という雑誌を出しています。一般の方にはなじみが薄いかもしれませんが、行政関係者には、それなりに名前が通っています。「平成日本の首長」というシリーズがあります。全国各地の市町村長さんにインタビューしています。8日、取材を受けました。

 ちょうど、あじさい祭の期間中でしたので、あじさいの里を案内しました。農地を守る計画を立て、あじさいを植えて景観を整えたことが開成町の今日を作っていることを紹介しました。土地政策は地権者との話し合いですので息が長い取り組みとなります。一貫した土地政策の成果が、人口が増え、子どもの数が増えるという成果になっています。先輩に足を向けられません。

 私が手がけたことは、若手の人材の登用だと話しました。11年前に町長に就任した時、優秀な人材が大勢いることを知って、意外に思いました。公務員に対する先入観があったからです。若手であっても優秀だと思った職員は、抜てきして責任を負ってもらいました。その結果が企業誘致の成功につながりました。外部の人材も招いています。教育長さんは、文部科学省出身。たたき上げの方です。何といっても一番大切なのは人です。

 地方分権改革についても聞かれました。政治も経済も文化も、全てが東京に一極集中している現状を改めることが目的の一つだと話しました。東京の文化は、江戸の伝統を捨て、欧米を真似ることから始まりました。日本の伝統文化の中心にはなりえません。シンボルは京都です。京都に日本の文化の守り手が居ることが大切です。天皇陛下が京都にお帰りになって、日本文化の守り手として力を発揮されることを期待して止まないと繰り返し話しました。

2009年6月 8日 (月)

ゆるキャラ

368  ゆるキャラ。ほのぼのとした雰囲気をかもし出しながら祭りを盛り上げるため、どこの自治体も知恵を絞っています。開成町は、あじさいちゃんとしいがし君です。町の花と木をイメージしました。すぐに子ども達が寄って来ます。人気がありますね。中に入って下さったボランティアさん、暑い中、ありがとうございました。

 369 近隣の高校生による部活の発表会がありました。和太鼓、吹奏楽、バンド。あじさい祭りの恒例となりました。若さは、勢いがあります。イベント会場の空気が変わります。バンドの音楽が祭りの雰囲気と合うかどうかといわれた時期もありましたが、高校生の一生懸命さを表現する場も大切です。それと、高校生達の礼儀正しさに感心します。きちんとしたあいさつ。気持ち良いです。

 370 瀬戸屋敷では、箱根細工を代表する職人、本間昇さんが寄木細工の実演を見せて下さっています。材料の木の一つに「とうへんぼく(唐変木)」という木がありました。本当の名前が「香椿(チャンツン)」という中国の木だとのことでした。成長が良くて、どんどん大きくなりますので、「育ちは良いが役立たず。」という意味に使われることになりました。奈良の唐招提寺の彫刻にはこの木が使用されていると伺いました。中国の高僧、鑑真が建立した寺ならではです。

 天気が良くて大変な賑わいでした。開成駅とあじさい祭りの会場を往復するシャトルバスに朝乗ってみました。満員でした。今年から、消費者の会の皆さんにお願いして、バスの中であじさい祭りの説明をしていただいています。私も挑戦してみました。わずか5分間ですので、要領よくしゃべるのは難しいです。でも、「町長です。」と言ったとたん、皆さん、ちょっと驚いて耳を傾けてくれましたので助かりました。

 自衛隊の東部方面音楽隊の演奏会があり、終了後、一緒に昼食を食べました。たまたま私の周りは女性隊員の方が多かったです。司会の方から紹介され、私が立ち上がり町長としてのあいさつを始めようとしました。女性隊員の皆さんのささやきが聞こえてきました。「あの人、町長なの…」。あいさつの中で「本物です!」と強調しました。

2009年6月 7日 (日)

366  6日、開成あじさい祭りがスタートしました。午前中は雨が降ったり止んだり。「申し訳ありません。雨を降らせてしまいました。」とお詫びしてお祭りがスタートしました。開成町出身の2008年ミスインターナショナル日本代表の杉山恭子さん(Kyoco)が駆けつけてくれました。Kyocoさん効果があったのか、午後から時折日差しがさしました。

365  商工振興会の工業部会の職人さんたちが作成した虹を作るためのポンプの出番です。豊富な川の水を霧吹きのように吹き出すと細かい水滴に太陽の光が当たり虹が見えます。子ども達が回りを取り囲みはしゃいでいました。観光客の皆さんも足を止めて見入っていました。

 363 初日は、開成町の太鼓と踊りが大活躍しました。和太鼓、一時間近くに及ぶ演奏でした。女性のメンバーが多いす。最後の曲の方は、しんどかったと思います。本当にお疲れ様でした。9月、開成町を練り歩く阿波踊りの連の皆さんが踊りを披露しました。盛り上がります。神奈川県警の音楽隊の演奏もありました。カラーガード隊の演技、足場が悪いため中止になりました。残念でした。

 364 私も、地方分権改革推進委員会でしばしば東京に出かけます。高層ビルと雑踏。委員会の中でのきついやり取り。疲れます。でも広々とした田園のあじさいを眺めてますと、心が本当にいやされます。そして、元気が湧き上がってきます。大都会にお住まいの皆さん、故郷に気軽に帰れません。開成町に来ていただければ、本当の故郷ではなくても、故郷の香りを感じ取ることが出来ます。どうぞお出かけ下さい。

2009年6月 6日 (土)

分権改革報告87

 5日、地方分権改革推進委員会がありました。猪瀬直樹委員から国の公共工事に対し、地方自治体が負担する直轄工事負担金問題について発表がありました。国土交通省は、東京都をはじめ全国の都道府県や政令指定都市に対し、負担を求める根拠について説明しました。このうち、東京都への説明の中で発見された疑問点を提示されました。

 埼玉の国道事務所のプロジェクターの購入費用などが東京都への請求の中に入っていたり、千葉県松戸市にある事務所の照明車の購入費が盛り込まれるなどの不明な点がありました。工事の実施に関係する職員給与のうち退職手当まで地方側が負担を求められています。丹羽委員長より質問が出されました。昨年から今年は、資材の価格が乱高下したが、その辺りの変動と負担金の関係はどうなっているのかと聞かれました。大手商社を率いた経験からの質問でした。現段階では、全く不明とのことでした。まだまだ判らないことだらけです。

 国が地方自治体に法令でしばりをかけている「義務付け・枠付け」問題について中間報告がまとまりました。保育園、老人ホームなど福祉施設をはじめ施設の設置基準については、可能な限り条例で定められるように検討します。中央省庁と「協議、同意、許可、認可、承認」が必要な事項を少なくしたり緩和します。中央省庁から「計画」の策定を求められる対象を少なくすることも同様です。地味ですが、地方自治体の自由度を高める大切な改革です。

 私から懸念している点を一つ指摘しました。法律上、自由度が仮に高まったとしても、補助金がセットになっていた場合は、注意しなくてはなりません。独自の地方自治体の基準を策定した場合、補助金の対象から外れてしまうとすると、地方自治体は、結局、国の規準に従わざるを得ないことになってしまいます。財政力が弱い団体は、特にそうです。税財政の問題と地方自治体の自由度を上げる問題は密接不可分であることを無視はできません。委員会で今後進められる税財政論議の中で詰めていく必要があります。

 丹羽委員長名で、国の出先機関の合同庁舎の建設計画の詳細を示す資料を請求しています。委員会で配布されました。契約や建設は止まっていません。間仕切りなどを調節すれば、最終的な方針が決まった後でも修正できるというのが国土交通省の言い分です。子供だましみたいな理屈だと批判し続けていますが、全く無視されています。猪瀬直樹委員は、「委員会は、なめられている。」と記者会見で明言していました。私は、「麻生政権は、末期症状。崩壊寸前だ。」と述べました。誰が考えても不可思議な中央省庁の仕事の進め方に待ったをかけれないのはもはや国民を代表する政治ではありません。

2009年6月 5日 (金)

交通安全

 4日、交通安全対策協議会が開かれました。行政と警察、学校や町の各種の団体が一緒に町の交通安全について話し合う場です。先月25日に自宅に帰る途中、小学一年生が歩道で事故に合い、大怪我をしました。本屋さんに入ろうと左折してきた車にひかれました。幸い、小学生は、おととい退院することができました。本当に良かったです。

 警察の担当課長さんの話によりますと、事故にあった当初は、けがが重く心配されたと言うことでした。子どもの生命力はすごいと話されていました。しかし、ここでほっとしてしまってはいけません。小学校で交通安全の徹底を呼びかけてもらうのは、当然です。通学路についても話し合ってもらいます。店に入る際の事故ですので、お店の団体に注意してもらうようチラシを配布するようにしました。

 開成町は、全町が平らですので自転車の町づくりを目指しています。しかし、その反面、自転車の事故が起こりやすいという悩みがあります。昨年一年間の交通事故が70件、その内、20件が自転車が関係する事故です。28.6パーセント。神奈川県下で自転車の事故の割合が9位です。自転車事故の多発地帯と指摘されています。

 高校生による危険な運転が多いです。高齢者の運転も危なっかしいところがあります。啓発を徹底しようということになりました。町広報などを通じて満遍なくと考えがちです。私から、もう少しピンポイントで注意喚起しないと効果が上がらないのではと指摘しました。高校に直接出向いて要請するとか、高齢者が集まる場所にポスターを大きく貼るとかです。町の診療所などが効果的だと思います。一般的にお知らせするだけでは自己満足です。

 いよいよ明日からあじさい祭りが始ります。小田原FM、小田原ケーブルテレビのスタジオに出かけ、番組に出演し、宣伝させていただきました。「今年の特色は何ですか?」と聞かれました。「花です。」と答えました。花がきれいに咲きそうです。祭りのタイミングも良かったです。このところ少し気温が低いので、花の咲きがちょっと止まりました。開園式には早めに咲く青色系統のあじさいが見ごろになります。続いて赤いあじさいや白いあじさいが咲きますので、二回、三回と来ていただければその都度、違った雰囲気を感じることが出来ると思います。

 6日の開園式には、昨年のミスインターナショナル日本代表のKyoco(杉山恭子)さんに来ていただきます。開成町出身。観光親善大使になってもらいます。背が高く、すらりとされています。大いにあじさいの町開成の宣伝をしていただきたいと思っています。ゆるきゃらも登場します。2005年の町政施行50周年の時に採用したキャラクター、あじさいちゃんとしいがし君の着ぐるみを作りました。あじさいの花を守る募金に活躍してもらいます。財政がきついです。ご協力をお願いします。

2009年6月 4日 (木)

九十間(くじっけん)土手

 昨日のティータイムで酒匂川の堤防が出来て400年という話をしました。当時の堤防は、頑丈な造りではありません。技術的に止む得ません。しかし、工夫が凝らされていました。至るところに切れ目が入れられていて、水が増水した時に逆流させるように出来ていました。一時的な遊水地の役割を果たしていました。

 このような堤のことを「霞堤(かすみてい)」といいます。水の流れを無理にせき止めないで、その勢いを利用して治水をしようという考え方です。元々は中国の発想で、武田信玄が日本に応用したことで知られています。現在は、コンクリートの堤防になり、どんどんその姿が消えています。開成町には一箇所残っています。九十間(くじっけん)土手と言われています。

 この土手を守ろうとボランティアの皆さんが立ち上がりました。足柄の歴史再発見クラブ顧問の大脇良夫さん、有力メンバーの井上三男さんらが中心になって、貴重な歴史的な遺産を大切にしようと呼びかけられました。このほど、役場の職員や県の職員も協力して清掃活動が行われました。石に絡みついた木の根などが取り除かれてすっきりしました。

 九十間土手は、1938年7月、豪雨のため決壊しました。当時、陸軍の応援を得て復旧活動をした記録が残っています。この後、土手が修復されて、今年で68年という話しです。まもなく70年です。酒匂川の土手が造られてから400年も極めて意義深いですが、九十間土手が修復されてから70年も負けず劣らず大切な節目としなければならないと思います。

 温暖化の影響だと思われますが、想定外の豪雨が相次いでいます。酒匂川も一昨年の9月7日の集中豪雨で十文字橋が落ちました。想定の範囲内ですと近代の土木技術は頼りになります。しかし、予想を超える災害もあります。わざと土手に切れ目を入れて水が逆流しても良いような仕掛けは、想定外の増水の際に有効だと思います。

 現代の科学技術は、制御できるはずだという考え方が強すぎる傾向があります。もし万が一、想定外の出来事が発生しても、できる限り被害を少なくするという発想がなかなか出来ません。完璧に防ごうとしても無理がありますし、莫大な費用もかかります。むしろ、霞堤を残していって、万が一の時に備えた方が合理的です。霞堤、決して過去の土木遺産ではなく、現代だからこそもう一度見直す技術だと思います。

2009年6月 3日 (水)

築堤(ちくてい)

 足柄平野を南北に流れる酒匂川。現在の流れは人工的に手を加えて作ったものです。自然の流れは、山間から平野部に移る地点の大口から南足柄をほぼ南に流れ小田原に行くはずです。大口の堤防が川の流れを大きく東方向に曲げ、平野の中央部に出て南へと流れています。松田山の方向から眺めますと、無理に曲げていることが一目でわかります。

 この堤防が出来てから400年。小田原市の加藤市長さんは、この節目の時期に堤を造った意義を考える催しをしたいと提案されています。2日、加藤市長を訪問しました。この築堤の話を話題にしました。私は、加藤市長の提案に大賛成です。この堤防の意義を今こそ足柄地域一帯の首長で真剣に考える時期だと確信するからです。

 1591年、小田原の北条氏は、豊臣秀吉によって滅ぼされました。その後、徳川の時代に移り、小田原は、徳川家の重臣であった大久保忠世(ただよ)・忠隣(ただちか)親子が治めるようになりました。この親子が手がけた大事業が、酒匂川の流路を変えることでした。大口をはじめ土手を次々に築き川筋を東へと移動させました。この事業により足柄平野は一気に新田開発を進めることが出来るようになりました。

 戦乱の世が終わり、平和が戻りました。平和の時代は、経済を発展させることが出来ます。大久保氏は、大治水事業を行い、経済の時代を切り開こうとしました。北条時代、全国で三本の指に入ると言われるほど繁栄した小田原、北条氏が滅ぼされたことで、衰退の道を辿ってしまう危機にあったと思います。私は、この危機を乗り越えて栄光を取り戻そうとした事業が酒匂川に土手を築くことだったと思っています。

 時代は、400年下り、平成21年。小田原を中心とする県西部地域は、この地域の産業をリードしてきた一流の企業群が世界経済危機のため苦しみの真っ只中にいます。危機です。このピンチをいかにチャンスに代えて、かつての繁栄を取り戻すかが問われています。大久保氏が小田原を拠点とした時と一緒です。大久保氏は、堤防を築くことで経済の時代を駆け抜けようとしました。私達、現代の首長たちは、何に挑戦すべきか、問われています。大久保氏の築堤の意義を考えることは、現代の私たちの危機を考えることに通じると思います。

2009年6月 2日 (火)

GM

 創業100年、アメリカ自動車業界に君臨していたゼネラル・モーターズが経営破たんしました。昨年秋からの世界的な経済危機がアメリカのシンボルともいえる企業を吹っ飛ばした形です。過剰な消費に支えられていても、いつかは、消費は下火になり、危機に瀕するということがはっきりしました。好調の時に身を切る改革をするのは困難で先送りしがちですが、その態度が、取り返しのつかない事態を招くと言えます。

 名門GMを追い込んだ原因にはいくつもの理由があると思います。環境問題に対する消費者の関心が高まり、燃費の良い小型車へと指向が変化しているのにその動きを無視するかのような戦略を取り続けたと言われています。なぜ、こうした企業戦略を続けてきたのでしょうか。これまでまい進してきた手法の成功に酔ってしまっていて現実を直視できなかったのだと思います。

 現実を直視するためには、現場に出向き、現実の動きに目を凝らすしかありません。GMの破綻の原因のひとつに現場の軽視があったことは間違いないと思います。「G=現場」を「M=見ない」ことが危機を招きました。GMの危機は、GM(現場を見ない)ことから起こったのではないでしょうか。現場を見ないことをGMという言い回しは、私が発案したのではありません。

 先週末、明治大学の農業経済を専門とされている小田切徳美教授から教えてもらいました。行政が現場を見ないで政策を作っている現状に警告を発する意味で、「GM=現場を見ない」という用語を使われていました。小田切教授が特に問題とされていたのは、「限界集落」という言葉です。65歳以上の高齢者が50パーセントを超えていて集落としての存続が危機に瀕している地域のことです。

 国土交通省の2006年の調査によりますと全国で7800集落あり、その内、3000近い集落が存続の危機にあるとされています。しかし、小田切教授によりますと高齢者の割合が50パーセントを超えた程度では、まだまだ活気はあるというのです。この時点で様々な施策を取れば集落の機能は維持できると言われました。逆に「限界」とレッテルを貼られてしまうことで、誇りを失い集落の破壊は加速してしまうと言うのです。

 「GM=現場を見ない」症候群、結構、蔓延しているように思います。小さな町の役場にいますと、机の前に座っているだけで、現場を見てきたような錯覚に陥ります。町役場ですら、「GM=現場を見ない」症候群にかかるのですから、従業員29万5000人の超巨大組織のGMは、注意を怠れば、病が、重くなるのは、あっという間。しかも大き過ぎて気づくのが遅れますし、気づいた時には、有効な手が打てません。

2009年6月 1日 (月)

プレイベント

362_2  我が家の脇を小川が流れています。小川沿いにホタルが飛び交います。例年ですと数匹探しては騒いでいました。ところが今年は、自宅周辺だけで30匹は見つかります。成虫の寿命は5日から一週間。わずかの期間の輝き。人を酔わせます。デジカメに収めたつもりでしたが真っ黒でした。

 359 あじさい公園でロング手巻き寿司を握るイベントがありました。婦人会の主催、すっかり恒例行事になりました。一般の参加は30人程度で少し人数が少なかったようです。工夫して続けて欲しいです。子ども達に、都会から移ってこられた皆さんへ宣伝して、参加を呼びかけたいものです。10メートルの手巻き寿司を二本握りました。私は、不器用で、今年も海苔を破ってしまいました。

361  あじさい祭り協賛のダンスパーティーがありました。抽選であじさいがプレゼントされます。160人、70人の参加者。中高年の皆さんでいっぱいでした。踊る姿は、お一人お一人は個性を競っています。しかし、会場全体で見れば、見事に調和しています。あじさいの花のようでした。

 360_2 今年は、あじさいの花がきれいに咲きそうです。6日からの祭りのタイミングとぴったりです。青い色のあじさいが一番先に咲きだします。既に色づいています。苗が植えられたばかりの田んぼのあぜ道にあじさいが整列しています。祭りの開園を待っているように感じました。

 

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