24日、地方分権改革推進委員会がありました。国が直接、道路などを建設する場合、地方自治体が負担する負担金について「意見書」を取りまとめました。丹羽委員長が直ちに鳩山総務大臣に提出しました。大阪府の橋下知事が、「国は、ぼったくりバーみたいなものだ。」と国のやり方を批判したことがきっかけになり一気に批判が噴出しました。
確かに、何を根拠に負担を求められているのか詳細が明らかでありませんでした。情報を明確にし、地方自治体と協議の場を設けることは至急改善しなくてはなりません。それと、国の道路であるにもかかわらず、地方自治体は維持運営管理についても一定程度負担金を求められます。これは、理屈に合いません。廃止すべきだとしました。
また、地方分権改革の趣旨からしますと根本改革は、国が直轄で行う事業を最小限のものにとどめ、地方が必要だと判断する事業を地方自らの責任で行えるようにすることです。そして直轄事業が縮減されたのならば、それにあわせて、国の出先機関の方も、廃止や縮減をしていくべきです。こうした趣旨も意見書に盛り込まれました。
猪瀬直樹委員が、国と地方の関係を国が地方を従属させる「奴隷構造がある。」と指摘されました。そうした側面が強いのは事実です。しかし、奴隷構造を形成している背景には、奴隷根性が横たわっています。今回の一件も、橋本知事というたった一人の反乱がきっかけでした。誰も表で議論することを避けていました。国ににらまれたくないという気持ちがあったはずです。地方分権時代を創造するためには、地方が自らが正当だと判断するのならば正々堂々と発言していく姿勢が不可欠です。
国土交通省からのヒアリングもありました。国の出先機関の合同庁舎建設問題です。国の出先機関に関する統廃合の議論が続いているのにも関わらず、これまでの方針に沿って、どんどん設計や建設が進められようとしています。20年度、本格着工を見合わせていた10の事業を再開しました。新年度も24件の事業を進めることにしました。
丹羽委員長が、なぜ、今の時期に急がなくてはならないのか、理由が明確でないと追及されました。既に契約している事業については、国の責任があるとか、工事を進めた後でも柔軟に施設の構造を変更できる方法を取るとか言い訳にしか聞こえない理由を述べていました。国として、果たさなくてはならない責任があるとか、ここで工事をとめると余りに多額な違約金を取られるとか、説得力ある理由がなければなりません。
国の出先機関の改革を嫌う霞ヶ関が、工事の既成事実を積み上げて、改革を骨抜きにしようとしていると受け止められても仕方ない説明です。更に驚くべきことは、金子国土交通大臣が、工事の再開や着工について承知していたという事実です。霞ヶ関の論理と国民の目線は違います。霞ヶ関の官僚の論理を国民側の常識にたって、コントロールするのが政治家であるはずです。全く機能していません。なぜこのようなことが許されるのか納得できません。許してはなりません。