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2009年4月30日 (木)

フェーズ5

 今朝、テレビをつけたら、新型インフルエンザの警戒レベルを引き上げたと報じていました。フェーズ5。世界的な大流行の一歩手前の段階になりました。町でも朝一番で、連絡会議を開かなくてはなりません。正しい情報に基いて冷静な行動を取るよう町民に呼びかけるチラシの作成を急ぐことにします。

322  昭和の日の29日、赤十字奉仕団の総会がありました。まもなく丸三年です。東京消防庁にお勤めの藤本行和さんが開成町に引っ越され、藤本さんの呼びかけで輪が広がりました。現在、メンバーは25人。あじさい祭りなど様々な催しの際には、携帯型のAEDを持って見回って下さいます。訓練を十分に受けられた方がいられれば、安心感につながります。

 総会が始る前に奉仕団員の信条を読み上げます。純粋で胸がジンと来ます。

▽すべてに人々の幸せを願い、陰の力となって人々に奉仕する。

▽常に工夫し人々のために、より良い奉仕ができるよう努める。

▽身近な奉仕を広げ、全ての人々と手をつないで、世界の平和に尽くす。

町長としての行動指針になります。

 323 瀬戸屋敷の庭に鯉のぼりが泳いでいました。さわやかな風が吹き抜けていて気持ち良さそうでした。屋敷の中には瀬戸家のよろいかぶと、五月人形も飾られています。土蔵では、足柄の風景などを描いた水彩画の展覧会も開かれています。連休中、どうぞ、お出かけ下さい。

2009年4月29日 (水)

新型インフルエンザ

 メキシコで死者が出ている豚インフルエンザ。アメリカ、カナダ、スペインなど感染が拡大しています。人から人へと感染するレベルのレベル4に警戒レベルが引き上げられました。開成町でも、幹部で連絡会議を朝一番で開きました。県が一義的な対策の責任を負いますので、町に相談があった場合、きちんと県に橋渡しすることが、当面の大きな役目です。役場内でたらい回しをすることがないよう徹底しました。

 警戒を呼びかけるチラシを作成し、来月早々に全ての家庭に配布することにしました。町のホームページで相談窓口の周知を行います。ゴールデンウィークが始りました。休みの際の緊急連絡体制も徹底しました。県内で感染者が発生したとの連絡が入った場合は、幹部は、直ちに参集することにしました。学校向けのマニュアルを作成し、明日30日に対応を徹底することにしています。

 いつか流行するといわれていた新型インフルエンザが、ついに、その姿を見せたという感じがします。国家が、地球レベルで協力し合いませんと、感染の拡大を防ぐことは出来ません。拡大が小さな内に防ぎ込めるかどうか、また、感染が拡大しても最小限にとどめることができるかどうか、大げさに言えば人類の英知が問われているように思います。日本も世界的な危機に対処する、危機管理の水準が試されます。

 28日、県西地域の2市8町の協議会がありました。消防の広域化に向けて専門的な検討を進めることが正式に決まりました。今年度中に報告がまとめられる予定です。現在4つある消防をどういった形にすれば、県西部全体の消防力を向上させられるのか、また、一番効率的な方法は何か、この両者のバランスを取る必要があります。住民から見て納得できる方法を見い出していかなくてはなりません。当面、議論の推移を見たいと思います。

 

2009年4月28日 (火)

目標決定

 27日、連休間じか。課長会議がありました。まず豚インフルエンザの対応について再確認しました。町のレベルでは、対応できませんので、問い合わせがあった場合は、県の保健福祉事務所か県庁の担当窓口を紹介することになります。今朝のニュースでは、警戒レベルを人から人への感染が広がっているレベル4の段階に引き上げられることになりました。国レベルが中心になりますが、何が起こるかわかりません。警戒が必要です。

 課長会議では、平成21年度の各課の目標を発表しました。既に、私の方から町長として、目指す方向について伝えてあります。その方向を踏まえて目標が定められました。私が示したのは、▽教育の町づくりを進める▽自治会との連携を強化する▽全町公園化を目指すという三点が基本です。そして、期間を限定した重点事業として▽農業の振興▽自転車の町づくり▽南部開発を挙げました。

 この他、地方分権改革の流れに対応できるよう、職員の資質の向上を図ることや、財政運営の情報公開を進めることなども目標として掲げました。更に一つの町だけでは対応できない事柄が増えてきます。消防や防災、ゴミ処理などあらゆる面で広域化を強化しなくてはなりません。最後に市町村合併についてですが、現在の2市8町の枠組みを堅持して、合併検討を継続して行きたいと述べました。

 068 あじさい祭りの実行委員会がありました。5月27日から足柄刺繍の展示やホタルの鑑賞会などのプレイベントが始まります。祭りの期間は6月6日の土曜日から14日の日曜日までです。そして今年から、アフターイベントとして16日から21日まで瀬戸屋敷に風鈴を飾り付けて「風鈴祭り」を開催することになりました。あじさい祭りが終わった後も観光客が見えますので、町の文化団体の皆さんが、新たなイベントを企画して下さいました。

 003 続いて、ひな祭りの反省会もありました。祭りを育ててきた婦人会が中心となって、初めて実行委員会を立ち上げ、有料化に踏み切りました。20日間の期間中、8日が雨とお天気が悪かったこともあり昨年の38000人に比べて18000人と人数は減りました。しかし、実行委員会の会計は、300円の入場料を取り、130万円の黒字となり自主運営の基礎を作りました。

 来年は、同じ時期に開始される松田町の一大イベント桜祭りと連携を深めて来場者を増やすことが必要だと思いました。20万人から30万人の人出があります。交通手段を考えたいです。一方、人が増えれば安全面に注意しなくてはなりません。瀬戸屋敷の安全対策を強化したいと思います。これは、町の役目です。

2009年4月27日 (月)

落成

318  神奈川県西部を流れる酒匂川、源流は、富士山と丹沢山系。山間から足柄平野へと出るところが治水の難所です。大口です。桜の名所でもあります。ここに建てられている神社、福沢神社が、道路の拡幅のため改修されました。26日、落成式がありました。福沢神社は、12の神様を祀っています。

 11は、日本の神々です。もう一つは、禹神(うのかみ)です。禹(う)とは、文命(ぶんめい)、中国の治水の神様です。宝永4年(1707年)の富士山の大爆発によって砂が降り注ぎ、翌年、酒匂川の大口堤が決壊しました。享保11年(1726年)、土手は、修復されました。工事を仕切ったのは、川崎の名主出身の田中丘隅です。

319  田中は、新しく造った土手に中国の治水の神様の名前を取り、文命堤としました。土手上に文命を祀る神社と石碑を建てて安全を祈りました。神社を建てたのには狙いがありました。毎年祭りを行うことで、治水の大切さを忘れないようにするとともに、人の足で土手を踏み固めるからでした。このお祭りは今も続いています。5月5日、こどもの日の祭りです。

 明治時代になって、政府の方針で集落ごとにあった小さな神社を統合することになりました。11の神社を大口の文命社へと統合し、当時の村の名前をとって福沢神社としました。日本の神社と中国に由来する神社とが一つになり、今日まで続いています。あいさつで私は、「神様のレベルでは日中友好が実現している。こうした事実を中国の皆さんに伝えたい。観光を盛んにすることで、福沢神社が日中友好の拠点となることを期待したい。」と話しました。

321  続いて、開成町の下島地区の自治会館の落成式がありました。開成町は、水害に苦しみました。一番ひどかったのが、富士山の大爆発後の洪水。大口の文命堤が完成してから、洪水は、下流部へと移りました。丹沢から松田へと流れ込んでくる川音川と酒匂川の合流地点が弱点となりました。下島地域は、その被害を受けました。

 先日、開成小学校の6年生の授業で地層の勉強をしたことを話しました。2メートルほど地面を掘れば、すぐに先人の苦労がはっきり目に見えます。そのような苦労の上に私たちは立っているのです。自治会館も同じです。下島地区の辻村自治会長さんは、消防団の幹部の出身です。「防災に強い自治会として頑張って欲しい。」とエールを送らせていただきました。

 式典の会場で、辻村会長さんから、「下島地区の女子消防隊に対し、消防の全国大会に女子消防の神奈川県代表として出場してもらえないかという話しがある。」とうかがいました。「是非、お願いします。全面的に協力します。」と答えました。辻村会長の指導で、鍛えれば立派な成績が残せます。それに地域挙げて防災に対する意識が高まります。楽しみが増えました。

2009年4月26日 (日)

お酒

 25日、長い連休のスタートの方もいられると思います。雨。時折、激しく降りました。小田原でメーデーがありました。傘の花でした。いつもの、出店は中止です。天候というだけでなく、現在の、雇用情勢を考えれば、お祭り騒ぎという訳には行きません。あいさつでも、厳しい言葉が相次ぎました。私は、「困難な時こそ、何をするかです。疲れたら6月6日から始る開成あじさい祭りにおいで下さい。」と宣伝しました。

 夕方、体育協会の総会がありました。直前に資料を修正するハプニングがありました。町からの補助金が例年通りと勘違いして、載せてしまったのです。急激な経済情勢の悪化で税収が激減したため、補助金は三割カットとしていただきました。新小学校の建設に振り向けなくてはならないので勘弁して欲しいと釈明しました。教育とスポーツは、密接不可分。小学校の新設をきっかけに、教育の町を創りたいので、体育協会も協力して欲しいとお願いしました。

 草なぎ剛さんのことが話題に出ます。私は、草なぎさんに同情的です。確かに悪いことですが危害を加えた訳でもありません。反省をして一日も早く立ち直って欲しいと思います。ただ、お酒は、止めた方が良いのではと思います。私自身、止めて9年になります。大酒のみでした。町長に就任して2年半で身体を壊してしまいました。酒好きは、ほどほどというセーブが効きません。ついつい度を越します。草なぎさんもきっとそうです。

 止めるか飲むか、二者択一だと考えて、私は、止めました。いつ呼び出しがあっても大丈夫ですので、安心感があります。それと、酒を飲んで過ごしていた時間がもったいなく感じられます。正気でいてもう少し実りある会話をしたり本でも読んでいたらと残念です。鳩山総務大臣は、草なぎさんのことを「最低の人間」と批判し、その後すぐに「最低の行為」と訂正しました。泥酔としか思えない様子で記者会見に臨み、財務大臣を辞職した中川昭一さんは、「最低の人間」なのでしょうか、鳩山総務大臣に質問してみたいものです。

2009年4月25日 (土)

分権改革報告83

 24日、地方分権改革推進委員会がありました。国が直接、道路などを建設する場合、地方自治体が負担する負担金について「意見書」を取りまとめました。丹羽委員長が直ちに鳩山総務大臣に提出しました。大阪府の橋下知事が、「国は、ぼったくりバーみたいなものだ。」と国のやり方を批判したことがきっかけになり一気に批判が噴出しました。

 確かに、何を根拠に負担を求められているのか詳細が明らかでありませんでした。情報を明確にし、地方自治体と協議の場を設けることは至急改善しなくてはなりません。それと、国の道路であるにもかかわらず、地方自治体は維持運営管理についても一定程度負担金を求められます。これは、理屈に合いません。廃止すべきだとしました。

 また、地方分権改革の趣旨からしますと根本改革は、国が直轄で行う事業を最小限のものにとどめ、地方が必要だと判断する事業を地方自らの責任で行えるようにすることです。そして直轄事業が縮減されたのならば、それにあわせて、国の出先機関の方も、廃止や縮減をしていくべきです。こうした趣旨も意見書に盛り込まれました。

 猪瀬直樹委員が、国と地方の関係を国が地方を従属させる「奴隷構造がある。」と指摘されました。そうした側面が強いのは事実です。しかし、奴隷構造を形成している背景には、奴隷根性が横たわっています。今回の一件も、橋本知事というたった一人の反乱がきっかけでした。誰も表で議論することを避けていました。国ににらまれたくないという気持ちがあったはずです。地方分権時代を創造するためには、地方が自らが正当だと判断するのならば正々堂々と発言していく姿勢が不可欠です。

 国土交通省からのヒアリングもありました。国の出先機関の合同庁舎建設問題です。国の出先機関に関する統廃合の議論が続いているのにも関わらず、これまでの方針に沿って、どんどん設計や建設が進められようとしています。20年度、本格着工を見合わせていた10の事業を再開しました。新年度も24件の事業を進めることにしました。

 丹羽委員長が、なぜ、今の時期に急がなくてはならないのか、理由が明確でないと追及されました。既に契約している事業については、国の責任があるとか、工事を進めた後でも柔軟に施設の構造を変更できる方法を取るとか言い訳にしか聞こえない理由を述べていました。国として、果たさなくてはならない責任があるとか、ここで工事をとめると余りに多額な違約金を取られるとか、説得力ある理由がなければなりません。

 国の出先機関の改革を嫌う霞ヶ関が、工事の既成事実を積み上げて、改革を骨抜きにしようとしていると受け止められても仕方ない説明です。更に驚くべきことは、金子国土交通大臣が、工事の再開や着工について承知していたという事実です。霞ヶ関の論理と国民の目線は違います。霞ヶ関の官僚の論理を国民側の常識にたって、コントロールするのが政治家であるはずです。全く機能していません。なぜこのようなことが許されるのか納得できません。許してはなりません。

2009年4月24日 (金)

国基準

316  23日、町の広報づくりのお手伝いをしていただいているまちづくり情報特派員の集まり、駅前にある連絡所を拠点に防犯ボランティア活動を続けている安全サポーターの研修会がありました。新小学校の建設をきっかけに、教育の町を町民と一緒に創っていく方針であることを伝え、協力を求めました。教育特集号の広報を作成したり、学校に出かけて防犯の特別授業を行ったり、色々と工夫ができると思います。

317  老人クラブという名称が、「ゆめクラブ」になりました。総会が開かれました。続いて、65歳から69歳までの方を招いて第二の成人式を行いました。参加者は、20人でした。警察署の担当者を招いて防犯の話を受けた後、県警音楽隊によるコンサートがありました。この中でも、振り込め詐欺にあわないよう、注意を呼びかけるコーナーがありました。

 役場に戻ると、マスコミから取材の申し込みが相次いでありました。消防長に充てることのできる職員の資格についてでした。内閣が政令で定めています。一般の行政職から消防長に登用しようとする場合、部長職かそれと同等の職歴が4年必要です。防災関係の部長でなく、福祉部長でも教育部長でもOKです。

 2年前、足柄消防組合の組合長に就任しました。ずっと消防職員からのトップが続いてきていましたので、一般の行政職員を充てて人事の刷新をしようとしました。壁は、政令による資格基準でした。適任と思われた人物は、元々は消防職員で、南足柄市役所に転じ、防災畑一筋に歩んできました。部長級職についた期間は2年半でした。私は、政令の存在は知っていましたが、この人物をトップに据える人事を断行しました。

 そもそも国が地方自治体の関係人事にくちばしを入れる制度自体がおかしいです。しかも、基準が余りに形式的です。全く消防や防災に関係していなくても部長を4年務めれば資格を得られるなんて馬鹿げています。地方分権改革推進委員会の委員を務めていますので、総務省から出向している幹部職員に制度の見直しを図るべきだと伝えました。現在、この基準に限らず国による関与を緩める方向で大幅な見直しが進められています。もう少し事態の推移を見たいと思っています。

2009年4月23日 (木)

教育の町へ

311  22日、開成小学校6年生が地層を学びました。場所は、町南部の開発地域。地権者の皆さまの協力で、地面を2メートルほど掘ってもらい、過去の洪水の後を直接目で見ました。先生は、足柄の歴史再発見クラブ顧問の大脇良夫さん、3月まで開成小学校で先生だった女性の方、小田原にある県立温泉地学研究所の研究員の方の3人です。

 313 6年生は、158人。4クラス。二クラスずつ授業を受けました。二つの班に分かれて、一つの班は、大脇さんらから紙芝居を使って洪水の歴史をおさらいしながら、それが実際の地層にどう反映しているかをみます。地層は、はぎ取ったものを標本にしています。1707年の富士山の宝永大爆発の後の洪水で流された黒い砂が良くわかります。

 312 もう一班は、地面を掘った穴の中に入って自分の眼で直接地層を確かめます。温泉地学研究所の研究員の方が、それぞれの地層ができた原因を説明します。プロの研究員ですので。説得力が違います。小学校の先生は、満遍なく幅広く教えなくてはなりませんので、知識が、広く薄くになってしまうのは致し方ありません。専門家に直接学ぶ機会は貴重です。

 314 午後、新しく出来る開成南小学校の現場説明会がありました。2回目です。前回1月21日、3ヶ月経ち、基礎工事がぐんと進みました。かつての酒匂川の氾濫の結果、砂礫層があるため、地盤は、強固だということです。更に地盤改良して硬い地盤を造り、その上に、鉄筋コンクリートの基礎を乗せて行きます。コンクリートに混ぜる砂や砂利は、酒匂川水系のものを使用しています。塩分が少ないということでした。

 315 大型のクレーンが二基、稼動しています。一つは固定式、もう一つは、移動式です。それぞれ、ほぼ一トンの資材を運ぶことができます。建設現場のシンボルタワーみたいな感じがしました。10月始めには、校舎の本体が出来上がる予定です。夢と希望が徐々に現実になる気分です。富士山も仰ぎ見ることが出来ます。素晴らしい環境だと思いました。新小学校の建設をきっかけにして町を挙げて力を合わせ教育の町を創ろうとの思いが湧き出て止まりませんでした。

2009年4月22日 (水)

箱根への道

310  21日、小田原市消防本部にお邪魔しました。足柄消防組合との広域化の話もありますので、表敬訪問させてもらいました。PRビデオを作成されていました。ご夫婦が梅林の中を散歩中、ご主人が心臓発作で倒れるシーンがありました。奥様役、救急車で運ばれる夫を見ていました。あたかも仕事のように冷静に見守っていました。出演者は、全て素人の職員とのことで納得しました。でも、もう少し心配してあげても良いと思いました。

309  新たに導入された通信指令システムを見学させてもらいました。県西地域2市8町に指令を出すことが出来るだけの容量も備えています。既に開成町の地図情報も入っていました。災害時の緊急派遣要請に直ちに応えるため、10人の署員が寝泊りできる特別の車両にも乗らせてもらいました。車の中から様々な指揮が取れるようになっていました。さすが、20万人都市の消防です。足柄消防とは、設備が違います。

 午後、足柄平野から箱根へと抜ける新たな道路を建設するための議員連盟の総会が南足柄市でありました。これまで、箱根町と南足柄市の議員で取り組みを進めてきましたが、足柄上郡の5町の議員にも声をかけて拡大しました。90人の議員の賛同がありました。足柄平野から箱根へと抜ける道は、今の世界的な不況の前の不況、1930年代前半にも、実現に向け動きがありました。

 不況を脱却する起爆剤としての事業としていこうとの狙いです。資金的な面や、事業を後押しする側の地元の町同士の連携不足などから上手く行きませんでした。今度は、成功させたいですね。議員間の連携の母体が出来たことは、大きな価値があると思います。最大のポイントは、なぜ、この道路が必要なのかという説得力です。世界の箱根を起爆剤に観光立国を目指すという国家的な政策との連携が不可欠です。

 観光振興のためには防災を強化しなくてはなりません。そのための基盤として箱根へと抜ける幹線道路を整備することが必要です。国道1号線と国道246号線が万が一通れなくなった時、代わりを果たすことになります。普段は、観光道路、災害時は、緊急避難道路です。環境を考えれば、理想は、トンネルです。多額な資金がかかるのが難点です。夢は大きく持ちたいと私は、思います。風呂敷を広げるのならば大きい方が良いです。

 

2009年4月21日 (火)

女性三役

 生け花、水墨画、コーラス、詩吟、ヨガ、ダンスなどなど。文化サークルが集まって「開成町文化団体連絡協議会」を作っています。平成とともに歩み21年目です。ビックニュース。初めて女性の会長さんが誕生しました。紙粘土で作る創作人形のサークルを主宰されています。

 驚いたことに副会長のお二人も女性です。会計担当者もです。9人の役員のうち男性は3人だけです。女性だけの団体以外で女性の方が会長さんになることは、なかったと思います。三役全部などということは聞いたことがありません。文化サークルの多くは女性が中心になって活動しているのですから当然といえば当然です。他の団体でも女性がリーダーとして登場することを期待します。

 せっかく女性の会長さんが誕生したのですから、景気の良いあいさつをしたかったのですが、そうはいきませんでした。ここでも、補助金の三割カットの話となってしまいました。女性パワーで乗り切って欲しいとお願いしました。虫が良すぎると思われたかもしれません。

 新体制で新たな取り組みをされるということでした。6月のあじさい祭りが終わったあと、瀬戸屋敷を借り切って、風鈴祭りを行うということでした。家で眠っている風鈴を寄付していただき屋敷に飾ったり、風鈴作りも体験するとのことでした。夏の訪れが近いことを知らせるイベントに育って欲しいと思います。

2009年4月20日 (月)

3年目

 307 19日、消防団の研修を兼ねた消防大会がありました。敬礼の仕方など礼式やポンプやホースの扱いなど操作方法を学びます。最初のあいさつで開成町は、自治会ごとの自主消防を強化したいと考えていることを伝えました。消防団の団員が地域の安全のリーダーとして引っ張ってもらいたいです。

 小田急線開成駅前のマンションの自治会(パレットガーデン自治会)の総会がありました。第3回目です。新しい自治会であっても財政難の余波は変わりありません。基本は、交付金の3割カットです。しかし、防災関係費は削っていません。小田急マンション自治会では、今年度、自主消防組織を立ち上げていただきます。

 308 自治会総会の終了後のわずかな時間ですが、意見交換しました。役場から遠いので役場で交付する各種書類を出してもらえる出先を設けて欲しいとの要望がありました。確かにもっともですが、直ちに対応できません。電話で受けつける制度がありますので、既存の制度の周知を図り、当面は、我慢してもらうしかありません。

 町内を循環するバスの要望もありました。やはり役場までが遠いと言われます。循環バスも直ちに対応できません。周辺の道路整備が進んできています。道路環境が整ったならば、町内の公共交通のあり方、大いに検討する余地あります。駅から出ている企業のバスなどとの連携も考えて、良い知恵を出したいです。

 更には、南足柄を走る単線の大雄山線、そして小田急線開成駅を結ぶ、新型公共交通を構想したいです。大雄山線を走ることも出来て路上ではバスに様変わりする両用のバス、夢があると思いませんか。開成町南部の開発は、富士フィルムの先進研究所から新小学校、そして宅地開発へと進みます。道路も整備されます。夢の実現、目指します。

2009年4月19日 (日)

総会掛け持ち

 18日、山北町で交通事故で亡くなられた犠牲者の皆さんを追悼し交通安全を願う催しがありました。出席された僧侶の方が、交通事故を無くすための策を述べられました。「出かける時に家族にあいさつをする、一人暮らしの方は、ご先祖様にあいさつをする、そうすれば仏様が守ってくれる。」、最も大切にしなくてはならない交通事故防止策だと思いました。落ち着いた心があればかなりの事故は防げます。

 駅前公園に展示中の小田急ロマンスカーを守って下さっている住民グループの総会がありました。平成13年に結成。27000人ほどの来場者があったと会長さんより報告がありました。来年当たり3万人の大台に乗ります。何か記念イベントをしたらいかがでしょうかと提案しました。ちょうど、あじさい祭りの期間中ならば、あじさいの花をプレゼントしたり色々な工夫が出来そうです。

Photo  あじさい祭りと並ぶ町のイベントである阿波踊りの連協会の総会がありました。補助金30万円、三割カットで21万円となります。財政難の中、小学校の建設を進めるので勘弁して欲しいと頭を下げました。皆さん、止むを得ないと了解して下さいました。小学校の建設をきっかけに教育の町を創ることを目標に掲げたいので、阿波踊り連協会も協力して欲しいと話しました。

 早速、一人の若い連長さんから提案がありました。阿波踊りを練習してみたい子ども達を募集して、熟練の踊り手が指導する機会を定期的に設けたら、阿波踊りのすそ野が広がるのではないかとの提案でした。グッドアイデアです。新しい小学校の開校イベントに向けて準備できたら素晴らしいですね。早速、検討してみたらどうかと職員に話しました。

 離婚して一人親になってしまった女性の皆さんの団体の総会が、夜ありました。県の補助のあり方の見直しがあったり、不況によって働く環境も厳しくなったりして、団体の運営も大変だということでした。町役場で出来る支援はしますと話しました。今年は、横浜開港150周年ですので、リクレーションは、横浜に出かけたいとのことでしたので、手配などは、任せて欲しいと話しました。

 職場が遠くなり、役場の開いている時間に書類を持っていくことが難しいとの話もありました。休日に受け取ることが出来るように配慮しますと答えました。県に提出する書類が複雑になった上、直接、面接するなどの条件があるようです。一緒にいた若手男性職員に、何でもかんでも杓子定規に考えるのではなく、可能な限り相手の立場に立って一緒に解決策を考えることが大切だと話しました。

2009年4月18日 (土)

全国町村会

 17日、東京・永田町の全国町村会館に出かけました。各都道府県の町村会事務局長の研修会があり、地方分権改革について話しました。地方分権改革に対し霞ヶ関の反発が強いことを説明しました。地方側が一枚岩になっていないことも改革が進まない一因であることも述べました。スターはたくさんいられますが、泥を被ってでも全体をまとめる凄みのある知事さんがいないことが残念だと考えを述べました。

 人、モノ、カネ、全てが東京へと過度に集中している現状を改める必要があることも強調しました。東京や一部の大都市だけでなく、日本全体をかさ上げする国の姿を作り上げていく必要があります。そのためには地方が自立できる条件を整えていく必要があります。その手段が地方分権改革だと思います。特に、すべての地方が自らの財源として安定的に税収を確保できるようにする必要があります。地方消費税の充実が不可欠となります。

 ちょっと脱線して東京都知事像についても持論を述べました。東京は、地方から移った人々で成り立っているのだから、東京都知事は、すべての地方の代表選手という意味合いもあります。東京と地方の共存共栄を図ろうとするスタイルをとるのか、それとも東京だけの繁栄を志向するのか、大きな問題です。次の東京都知事選挙では、こうした都知事像も争点にすべきだと思います。

 午後、突然にテレビ朝日から電話がありました。国の出先機関の総合庁舎問題でした。出先機関の改革論議が道半ばですので、建設が凍結されていたはずなのに全国各地で工事が始まったとのことでした。インタビューに応じました。国側は、「防災対策上、建替えが必要だと言っている。改革が進めば間仕切りを動かすなどして対応すると話している。」と質問されました。

 「子供だましだ。防災対策が必要なところは他にも色々ある。間仕切りで対応できるような改革で済むと思っているとしたら、どうかしている。」と答えました。誰が考えても首を傾げることがなぜ行われてしまうのでしょうか。国民の目線でこうした官僚の動きを止めるのが政治家の役目のはずです。それが機能しないのは問題です。本当に今の日本、おかしくなってしまっています。危機に瀕しているとしか言いようがありません。

 

2009年4月17日 (金)

消費者行政

 各省庁、別々に行ってきた消費者行政を一つにまとめる消費者庁を設ける法案が成立の見通しとなりました。元々は食品の偽装問題や輸入食品への農薬の混入などに対し経済産業省、農林水産省、厚生労働省などが個別に案件を処理しようとするため迅速な対応がとれませんでした。こうした状況を改めるため国の消費者行政を一本化します。

 地方分権改革推進委員会でもこの問題は取り上げられ、昨年5月の第一次勧告に、改革に対する意見が盛り込まれました。国の行政が一本化されたことは結構なことですが、頭でっかちになっては意味がありません。地方自治体の消費者センターなどをいかに強化し、連携を取るかが課題です。昨今、地方は、財政難で、消費者行政の充実にまで手が回らないのが実情です。

 国は、組織だけを整えて笛を吹いたところで、実際に消費者との接点を持っている地方自治体の方がとても踊れない状況にあるのならば、改革は、画に描いた餅になります。地方自治体側が消費者行政を強化できるような財源と人材が不可欠です。国のほうは、自らの権限強化には一生懸命ですが、それだけでは、消費者にとって、目に見える効果は出ません。これからが勝負です。

 16日、町の消費者の会の総会がありました。町レベルでできることは、啓蒙活動です。寸劇を通じて賢い消費者になるよう呼びかける活動を続けています。振り込め詐欺防止編、買い物袋持参運動編などレパートリーは幅広いです。名優もたくさんいられます。この取り組みを更に充実して欲しいです。子ども達にも呼びかけたいです。これも教育の町づくりの一つになると思います。新たな台本を考えないといけませんね。

2009年4月16日 (木)

分権改革報告82

 15日、新学期になって二回目の通学時の交通安全キャンペーン。車で町内を回りました。小学生達、張り切っているのでしょうか。学校に出かける時間が早いです。7時50分頃には、大半の生徒が、学校に入りました。これから連休が始ります。その後、ちょっと疲れが出ます。いわゆる5月病ですね。上手く乗り切って欲しいです。

 教育長さんと一緒に神奈川県の山本教育長さんに会いに行きました。開成小学校に教頭先生を2人配置する配慮をしていただきました。御礼にお邪魔しました。吉田島農林高校が来年の4月から多様なコースを選択できる総合高校になります。開成町は、新しい小学校が誕生します。このタイミングで、連携を深めて行きたいと要望しました。地域の様々な行事にも積極的に関わって欲しいです。

 午後、地方分権改革推進委員会がありました。言い方はきついかもしれませんが、面の皮が厚いとしか言いようがありません。委員会で、国の出先機関のあり方について統廃合に向けて勧告を出し、これを受けた政府が、年内に内容を固めます。それまでの間は、出先機関の建物の新築は見合すことになっていたはずです。ところが、凍結を解除したようです。私のところに読売新聞社よりコメントが欲しいと要請がありました。「論外!」と答えました。委員会の場でも、事実関係を確かめて欲しいと発言しました。

 国が管理するのと都道府県が管理するのでは、お金のかけ方が違います。感覚論ですが、国が管理すると立派になります。猪瀬直樹委員が、東京都内の国管理の道路と都管理の道路の比較をしました。国が管理の道路は一キロメートル当たり400万、都が管理の道路は、308万円でした。国の方が手厚いことがわかります。都が管理した方が安上がりという見方も出来ます。

 河川も同じです。国が管理する一級河川と都道府県が管理する二級河川では、見た目が違います。国はカネがあるんです。つい先日視察に訪れた一級河川の富士川の河川の堤防などの管理、見た目も美しく行き届いています。わが平野を流れる酒匂川、神奈川県の管理です、財政難で土手の改修がなかなか進みません。もう少し、都道府県におカネが回れば、もっときちんと管理できると担当者は悔しがっていると思います。

 一緒に山梨県に視察に訪れた足柄の歴史再発見クラブの皆さんが帰ってこられました。佐久間会長さんと大脇顧問が役場に寄られました。国土交通省甲府河川国道事務所作成の治水の歴史を説明したパンフレットを持ってきて下さいました。充実しています。この余裕、うらやましいです。地方にもう少しおカネがあれば、色々なことができるのにと思います。ところで、私は日帰りでしたが皆さんは一泊されました。初日は雨、二日目は、快晴。雨男は、町長ということになってしまいました。

2009年4月15日 (水)

探訪

 301 14日は、早朝より、足柄の歴史再発見クラブの皆さんと一緒に山梨県に視察に出かけました。総勢14人、マイクロバス一台を借りての小旅行でした。最初に訪れたのは、山梨県、甲府盆地の南西部に当たる鰍沢(かじかざわ)町です。富士川の上流に当たります。江戸時代は、船で物資を輸送していましたので、鰍沢は、中継地として大いに栄えました。明治時代まで続きました。

 しかし、昭和に入り鉄道が敷設されるとともにその繁栄に影が差し、現在は、8000人あった人口が半減しています。鰍沢は、富士川の難所の一つです。川幅が急に狭まっているからです。禹の瀬(うのせ)という地名が残っています。かの中国の禹王、文命のことです。黄河の治水に功績があったといわれる中国の皇帝の名前がここにもありました。

 江戸時期、繁栄した交通の要衝が、交通手段の変化とともに寂れていってしまうのは残念でなりません。街並みには、蔵がたくさん残っていて繁栄の面影を残しています。この街並みを再活用して、骨董品とか、古い産物を販売したりして、江戸時代を再生することは出来ないのでしょうか。埼玉県の川越市のような発想の町づくりです。石川町長さんともお会いしました。合併協議が進んでいるとのことでした。どんな進路を取るにせよ鰍沢の伝統は残して欲しいと思いました。

303  続いて、甲府盆地を北上して旧竜王町に入りました。現在は甲斐市となっています。保坂市長さんを表敬訪問しました。富士山の大噴火から300年の節目に足柄の歴史再発見クラブの皆さんが作成した小学生向けの副読本『富士山と酒匂川』を贈呈しました。流王朝は、富士川の上流、釜無川の流域です。ここも治水の難所です。急流であるのに加え、別の川との合流地点であるからです。

 305 戦国時代、武田信玄が様々な治水の工夫を凝らしたといわれるところです。合流地点の河川の水勢を弱めるため、自然の岩に川の流れをぶつけたり、万が一洪水になっても、遊水地の役目を果たせるよう、あえて堤防を切ってかすみ堤としました。聖牛(せいぎゅう)と呼ばれる土手本体を守るため水勢を弱める装置は、現在でも通用する技術で、設置されています。

 戦国時代から江戸時代の技術を現在の治水に活かしている姿に感心しました。説明を担当してくださった市役所の職員は、川崎市の出身だということでした。山が好きで就職地を選んだと話していました。街並みが美しいのにもひかれました。文化とか歴史を大切にする姿勢が町を美しく保っている一因だと推測します。合併して市となりましたが、この伝統は堅持していただきたいと思いました。開成町の町づくりに参考になりました。

2009年4月14日 (火)

社会保障談義

 13日、横須賀市にある神奈川県立保健福祉大学にお邪魔しました。平成15年に開校した保健と医療と福祉の専門大学です。平成17年に県の町村会の研修で一度訪れたことがあります。二度目の訪問です。学生さん達、気持ちが良いです。「こんにちは。」と声をかけてくれます。びっくりしました。就職率が100パーセントに近いのもうなづけます。

 町村会の研修の時に講師を務めて下さった山崎恭彦教授の研究室に伺いました。社会保障全般について話をご意見を聞きました。コンピューターの話で盛り上がりました。山崎教授のような専門家でも地方自治体の現場がコンピューターシステムの構築に苦労していることをご存知ありませんでした。べらぼうにお金がかかる話を紹介しましたら、びっくりされていました。

 現代の社会保障行政はコンピュータ抜きには存在することが出来ません。厚生労働省が次から次へと制度を作りますので、対応に手一杯の実情を説明しました。小さな町ではとても対応し切れませんので広域で共同管理をする方向を目指す必要があります。神奈川県西部では、小田原を中心とする2市8町で行うのが適当ではないかと持論を述べました。山崎教授も高い関心を示されました。

 山崎教授は、後期高齢者医療制度を県単位とされたことについて範囲が広すぎるとの懸念を持っていられました。人口で言えば30万人程度の単位で実施した方が保険料の支払いとサービスを受け取る関係が見えて好ましいと強調されていました。一理あります。私は、最初、県単位程度で進めた方が制度が安定するのではと思っていました。しかし、最近は、900万人近い神奈川県で一つの単位は大き過ぎると思うようになりました。小さな町の声が届きにくいです。

 市町村が保険者となっている国民健康保険制度も広域化が課題となっています。後期高齢者医療制度が県単位とされたので県単位というのが有力な案となっていますが、後期高齢者医療制度の現状が上手く行っているのかどうか分析を綿密に行った上で最適な範囲を考えるべきだと思いました。また、都道府県によっても違いがあります。全国一律に縛る必要もないと思いました。

 

2009年4月13日 (月)

御殿場線

 12日、JRのOB会の開成支部総会がありました。20周年ということでした。国鉄から民間会社になって20年以上が過ぎたことになります。そういえば、御殿場線の山北駅は今年開業120周年。足柄地域は、国鉄の町でもありました。開成町でも国鉄に勤める人が大勢いました。

 しかし、徐々に現在の東海道本線が開通してから徐々に寂しくなり、民間会社になってからは、勤務している方もぐっと減り、OB会の人数も減ってきています。こういった時は、近隣市町のOB会と連携を取り合って、OB会の活動を少しでも活性化させる手を取れないかと思います。あいさつでも横の連携をと提案してみました。

 お隣松田町は、今年町制100周年を迎えます。明治期に当時の東海道線の松田駅を誘致しました。この偉業が松田町の発展の基礎になりました。山北駅の120周年も同じですか、こうした節目の時が連携のチャンスのように思います。手を携えて何か取り組みを行うため話し合うだけでも効果があると思えてなりません。

 御殿場線には、未来があります。日本は、人口減少が進みます。海外から人に来てもらい活力を維持することは当然です。観光です。それも単なる物見遊山ではなく各地域の文化に存分に触れてもらえるような観光が大切です。富士・箱根・伊豆地域をぐるりと回る御殿場線の存在は、再び輝き出すはずです。沿線のネットワークで活性化の方策を本格的に検討する時期にきました。

2009年4月12日 (日)

命日

 私事で恐縮ですが、11日は、私の父の命日です。昭和59年(1984年)に亡くなりました。5期20年町長を務めさせていただいた後、一年余り経った時でした。重圧から開放され、、緊張感が緩んだからでしょうか、突然のことでした。あれから25年です。父が、現在の開成町を見た時に、どう感じるのでしょうか。聞いてみたいです。

 昭和50年(1975年)に父が四選を果たした後、新聞社のインタビューに答えた記事があります。いくつかの柱が見出しになっています。「教育とスポーツに力点」「農地を整備、近代化も」「小田原の副都市へ躍進」の三つです。そっくりそのまま現在にも適用できます。特に、教育は。当時は、2年制の幼稚園を創設する準備に追われていました。今は、新しい二つ目の小学校の建設です。

 農業については、父の時代から始った農地の整備は、終了して、あじさいの里として美しい田園風景を形成しています。しかし、農家の高齢化が進んできたため、これからこの美しい田園をどう残していくかが問われていいるのが今です。せっかくきれいに整えたのだから、後世に残さなくてはならないと言われているようです。

 「副都心への躍進」については、父も目を見張っているのではないでしょうか。当時、夢見ていたことが徐々に実現しています。あと、5年、10年すれば、胸を張って「小田原の副都心は、開成」といえる姿になるはずですし、そうしなければ、父の時代からの苦労を無にすることになってしまいます。

 父は、合併について「足柄上郡は一つになり、やがては小田原と一緒になって大小田原市として発展していくのが歴史の流れではないかと思う。」と答えています。今まさに、県西地域の2市8町の合併に向けての論議が続けられています。一朝一夕にはいきません。しかし、小田原を中心に2市8町を一つの枠組みとして発展の道を歩むとの旗印は堅持すべきだと思います。

2009年4月11日 (土)

会員確保

 10日、町婦人会の総会がありました。瀬戸屋敷でのひな祭りの主催者です。2月17日から3月8日まで18000人余りの来場者がありました。初めて入場料300円をいただきました。民間団体主導で全て進めました。最初の一歩としては大成功だと思います。開成町の婦人会、活発に活動されています。それでも徐々に会員の年齢層も上がり、数も減少しています。

 10年前は200人ほどいられたと思いますが、現在は、144人です。婦人会という組織に入らずに自由にサークル活動に取り組みたいというのが、より若い世代の皆さんの考えだと思います。開成町の婦人会は、決して四角四面の堅苦しい団体ではありません。自由な雰囲気ですが、参加者がなかなか増えないのは、時代の流れの要素が大きいように思います。

 あいさつで広く町外にも参加者を募ってみるのも一案ですと話しました。婦人会の皆さんが楽しそうにひな祭りを運営されているのを見られて参加してみたいという方がいられたら准会員として認めてあげても良いのではないでしょうか。世代的に横の拡がりが出来るような気がします。支援のすそ野が広がるように思いますがいかがでしょうか。

 上島自治会と河原町自治会の二つの自治会の老人クラブは一緒です。百々乃会(もものかい)と名前が付けられています。総会に参加しました。会員数は115人。参加者、ちょっと少なかったように思いました。高齢になりますとどうしても行動範囲が狭くなります。隣り合わせの自治会と行っても、ちょっと距離が遠いのではないかとも思いました。

 高齢者が、遠いところまで出るのは、大変です。できる限り身近が一番です。自治会ごとに集まりが出来るのが理想です。福祉に関わることがらは、身近な単位で実施できないか、考え直してみる時期だと思います。高齢者の数は、これから増えるのですから。その手始めに老人クラブは、自治会単位で出来ないか提案してみたいです。

2009年4月10日 (金)

三本柱

 300 9日、交通安全キャンペーンがありました。松田警察署の山田署長さんと一緒に車で交通安全を呼びかけました。山田署長さんは、警察本部から赴任したばかりです。「足柄地域は、住民の皆さんが協力して下さいますね。」と言われていました。住民の皆さまの協力、交通安全分野に限りません。素晴らしい伝統です。

 午後、自治会長会議がありました。2年毎の役員交代の年です。新しい自治会長さんが勢ぞろいしました。元町議会議長さん、元役場の助役さん、収入役さん、教師のOB、元行政マン、民間企業出身の方、多彩な顔ぶれです。女性がいないのは残念です。トップは、男性という考えが根強いからだと思います。福祉分野の活動は女性が中心ですし、そろそろ女性の自治会長さんが登場しても良い時期だと思います。

 今年の開成町、三つの柱で町を運営していきたいとあいさつしました。一つ目は教育の町です。新しい小学校の建設をきっかけに教育の町を創る町民運動を盛り上げて行きたいと述べました。現在の小学校のお別れ式、新しい学校の開校式、これまでの慣例に捉われず、子ども、父兄、町民参加で目の覚めるような式典を開催したいと呼びかけました。

 続いて、自治会の町です。開成町の自治会活動の活発さを町づくりに更に活かして行きたいと要請しました。自治会と協力し合って明るい町を創りたいです。防災や福祉の分野での協力は特にお願いしたいです。それと、教育面でも新たな取り組みが出来ないか一緒に考えて行くことにしています。自治会に教育部を創設するのはどうだろうかと個人的には考えています。

 最後は、開成町は、どこに行っても公園のようにきれいな町だと言われるようにしたいと提案しました。この面でも自治会との協力は、欠かせません。きれいな町は、犯罪の少ない安全な町でもあります。ゴミが散乱し、窓ガラスが割れているような地域の方が犯罪が増えると言われます。「われ窓理論」と名づけられています。開成町は、この逆を走ろうと思います。どこに行っても公園みたい、全町公園化の町づくりです。

2009年4月 9日 (木)

大盤振る舞い

 299 8日、開成幼稚園の入園式。園長先生も教頭先生も4月に就任したばかり。フレッシュな始まりです。90人の入園児。先生が「幼稚園の給食はとても美味しいよ。」と園児に話していました。その後、私が、あいさつの順番になりました。「給食、美味しいけれども食べすぎには注意してね。」と言いました。先生、ちょっとふくよかでしたので付け加えました。先生、笑っていました。

 さて、国の経済対策、大掛かりです。公共事業を前倒しして、地方自治体が新たに負担する額の90パーセントを国が面倒見ると言われています。沖縄とか北海道は、こうした特別の措置があります。他地域では、ありません。一瞬、本当かなと思ってしまうほどです。でも、本気のようです。だとしたら、この際、先送りせざるを得なかった事業をもう一度精査し直して、できる事業は、推進していくのが得策です。

 町でも小学校の建設とあわせて周辺の開発事業があります。道路建設や上下水道の事業など本来ならば同時進行が望ましい仕事があります。お金がないので先送りせざるを得ませんでした。できるならば可能な限り、復活し、盛り込みたいものです。いずれ実施しなければならない事業ですので。財政が苦しいこの時期、獲得できる資金は、是が非でも獲得するつもりで取り組みたいです。

 広域的な事業にも目を向けたいです。酒匂川に新しい橋を架ける建設事業が進んでいます。神奈川県の仕事です。財政が苦しいので、少しずつ進め、平成26年度開通を目指しています。少しでも速めることが出来れば早く効果が出ることは言うまでもありません。黙っていますと大都市部にお金を持っていかれてしまいます。南足柄市の沢市長さんも大井町の間宮町長さんも極めて積極的です。県に対し事業の促進を要請するタイミングだと思います。

2009年4月 8日 (水)

マニフェスト

 三重県の前の知事の北川正泰さんが提唱したマニフェスト運動、すっかり定着してきました。選挙の際に具体的な政策目標を掲げて臨む運動です。有権者との約束といっても良いかもしれません。政党も個人もマニフェストを掲げて選挙を戦うのが当たり前になりました。開成町では、この運動を町政運営に応用しています。

 各部課がその年度の重点となる事業をマニフェストとして掲げ、課長会議で確定します。その成果を年度末に評価して次の年度に活かすことが目標です。7日、新年度最初の3役部長会議がありました。昨年度のマニフェストの反省点について意見交換した後、新年度のマニフェストについて私としての方針を述べました。

 何といってもいの一番は教育です。新設の小学校が来年4月に開校するのにあわせ町を挙げて教育の町づくりを進める運動を興そうと指示しました。まずは、町民みんなで新しい小学校を創る意識を持っていただかなくてはなりません。既存の小学校に通う子ども達も新しい小学校に通うう子ども達も一緒に新設小学校の開校を記念したイベントを企画したらどうかということになりました。

 続いて、自治会と協働して、新しい町を一緒に創っていくことです。開成町は自治会活動が活発です。今年は、2年に一度の自治会役員の交代の年です。4月から新しい自治会長さんになります。前の町議会議長さん、助役さん、収入役さん、揃って会長就任となりました。町行政に明るい方がついてくださるのは心強い限りです。連携を一層強めて、自治会の住民パワーが町の活力源となるようにしたいです。

 もう一つは、全町公園化の町づくりです。開成町は、どこに行っても公園のように美しい町だといわれるようにしたいと思います。足柄平野のシンガポールを目指そうと言っています。7月に「開成町きれいなまちをつくる条例」が施行されます。ゴミのポイ捨てや落書き、悪質な場合は、罰金を課することになります。だからきれいにするというわけではありませんが、一つの節目です。自治会との協力してきれいな町にする町民運動を盛り上げたいです。

 このほかには、特別のプロジェクトとして農業の振興、自転車の町づくり、新小学校周辺の土地開発事業を掲げました。更に広域行政で焦点となっています市町村合併の対応については、2市8町の枠組みを堅持しながら議論を継続していく方向で臨みたいと述べました。連休前には各部課からの重点目標が出揃います。課長会議で議論し、開成町の21年度のマニフェストが決まります。

2009年4月 7日 (火)

祝入学

 298 6日、快晴。桜満開。中学校、小学校の順番で入学式がありました。中学が5クラスで169人。小学校が6クラスで199人。賑やかでした。うれしいです。人口が増え、子どもの数が増える。先輩の皆さんが計画的に町づくりを進めてくださった成果を実感します。

 中学校では、小学校の卒業式で話したアメリカのオバマ大統領の話をもう一度しました。人種差別で苦しんだ国に黒人の父親を持つ大統領が誕生しました。オバマ大統領は、就任後、対立を煽ったりしません。逆に融和を呼びかけています。そして「Yes,We can!(やればできる)」と勇気付けています。私たちもこの呼びかけに応え、挑戦しようと話しました。

 小学校では、今年一年は、特別の年だから大切に過ごして欲しいと言いました。来年の4月から開成南小学校が開校します。1080人の小学生がほぼ半分に分かれます。一緒に過ごす最後の年となります。みんなで一つになって新しい小学校を創るという気持ちを持って欲しいと話しました。

 小学校の教頭先生2人になりました。新しい小学校の開校に備えるためです。初めての試みです。そのうちの一人は中学校の教頭先生に来てもらいました。ベテランの英語の先生です。今年から5、6年生は英語が始ります。スムーズに授業が展開できるよう支援してもらいます。教育の町づくりは、始っています。

2009年4月 6日 (月)

地層

295  5日、開成南小学校建設現場の近くを通りました。基礎工事が進められていました。これから徐々に姿を現してくると思うと楽しみです。小学校の建設と同時進行で周辺の宅地の開発も行っています。そちらの現場で二ヶ所穴を掘りました。子ども達に地層を見てもらうためです。

296  地層の専門家である日本大学の宮地直道教授が調査に来られました。2メートル近く掘りますと、1707年の富士山の宝永大噴火の後、流されてきた砂の層が見えます。その層の上には、再び耕作をしようと土を盛ったと見られる層があります。しかし、その夢は、かなわず、再び洪水に見舞われました。

 概ね9層に区分され、そのうち6層が洪水によるものと見られます。松田を流れる川音川の方面からと見られる厚い洪水の層が二層ありました。酒匂川北部の大口土手の修復が終了したあと、洪水は下流部に移り、調査現場から見ると東側の土手を破って水が押し寄せてきたことがわかります。歴史的な文書と一致します。科学と歴史の協働作業といった感じです。

294  宮地教授は、回し小手といわれる道具を使って地層の表面を削り取り、調査を進めて行きます。さすがプロ。手つきが違います。埋まっている石の向きを見て水の流れた方向を判断します。また、地層の中の木片などをすばやく発見し、人工的に耕作していたのではないかと推測します。そして、サンプルを取って、分析し、仮説を検証します。

 小学生達に地層を見てもらうことになっています。標本にもします。足柄の歴史再発見クラブの皆さんがお手伝いします。宮地教授らがどのように分析を進めていくか、その考え方のプロセスも是非伝えてもらいたいです。科学って面白いと思う子どもがきっと出てきます。町民が子ども達の体験学習を支援して進められる授業、教育の町開成を創り上げるためなくてはならない取り組みです。

2009年4月 5日 (日)

東海道線山北駅

 山北町地方史研究会の茂木哲夫さんより機関誌の「足柄乃文化」第36号を届けていただきました。茂木さんは、開成町を中心とする郷土史研究グループである足柄の歴史再発見クラブのメンバーでもあります。山北町地方史研究会は、昭和33年(1958年)に発足した伝統ある団体です。機関誌の「足柄乃文化」は、水準が高く、感心します。

 茂木さんが、私に機関誌を届けて下さったのには訳があります。開成町の資料室に神奈川新聞の前身である「横浜貿易新報」のコピーが整理されて置いてあります。茂木さんにお貸ししました。昭和9年(1934年)、東海道本線が開通する前、現在の御殿場線が本線でした。機関区があった山北駅の繁栄は華やかでした。今年、山北駅は、開業120年です。この節目に往時を振り返るため資料を調べ直されました。

 明治33年(1900年)から明治43年(1910年)までの記事から鉄道関連の記事を選んで掲載されています。ちょうど、日露戦争直前から朝鮮半島を植民地とした時期です。帝国日本が、強国として羽ばたこうとしていた時期です。掲載されている記事を見てもその時代状況がうかがわれます。記事によりますと、軍事上の問題と線路のルートの決定は無関係ではありませんでした。海岸線を走るルートは軍事上、危険があると判断されて迂回路である御殿場ルートが選択された一因であったようです。

 それにしても山北駅の繁栄は、すごかったようです。足柄上郡のロンドンとの表現もありました。東海道線名物、大船は、サンドイッチ、国府津は、塩辛、山北は、鮎すし。他の駅にはない名物だと書かれています。鉄道の町、山北。賑やかな光景が目に浮かびます。現在、御殿場線は、本数が減り、往時とは比べ物になりません。再び、繁栄を呼び戻すためには、歴史を見つめ直し、その中からヒントを探ることも必要です。足柄地域全体で考える課題です。

 

2009年4月 4日 (土)

地方税収

 3日付の神奈川新聞の一面トップで県内の市町村の地方税収の見通しが特集されていました。3市を除いて30市町村が減収です。最大の下げ幅は、開成町の16.9パーセントです。続いて南足柄市と大井町が12パーセント強の下げ幅です。開成町の場合は、富士フィルムの先進研究所の誘致で一挙に法人税収が増えましたが、世界経済の悪化で一気に激減した影響です。ジェットコースターです。

 一方、税収が増えている地域があります。藤沢市です。3.8パーセントの伸びとなっています。推測するに個人からの住民税が堅調なのだと思います。工場の跡地に住宅地が開発されています。比較的所得階層の高い方々が移られているのではないかと思います。よく、分析してみたいです。法人からの税収だけに頼っていますと景気の変動に左右されます。住民税の方が安定性があります。もっと安定性があるのは、消費税です。

 ところで、この厳しい経済状況を反映して緊縮型の予算を編成しているところが17市町村、増やしているところが16市町村とほぼ拮抗しています。最も伸び率の高いのは、やはり開成町です。金額にして20億5400万円。伸び率、45.2パーセントです。他市町村を圧倒しています。子どもの数が増えているため、新設の小学校を建設することが理由です。現在、一つの小学校です。その小学校の児童数が1100人と限界になっていますので、どうしてもやり遂げなくてはなりません。

 地方税収の下げ幅の率が一番で、予算の伸び率も一番。果たして大丈夫なのかということになります。企業誘致が成功したことにより、おととし、去年と、税収が大きく伸びました。その時の貯金を充て、後は、財政の許す範囲内で借金をして対応しました。十二分にまかなえます。い縮することなく、小学校建設を推進することは、開成町にとっての希望の灯をともすことです。23億8千万円、きついといえばきついですが、将来の子ども達のためです。踏ん張ることが責務です。

2009年4月 3日 (金)

分権改革報告81

 2日、足柄消防組合の二つの消防署と三つの分署を回って新年度の訓示をしました。来月で組合長を交代しますので、最後の訓示です。気合を入れて一周しました。平成24年度をメドに小田原市消防などと合併する方向です。今年度から3年間で具体的な中身が決まります。こうした時期だからこそ足柄消防としての良さを確認し、維持していかなくてはならないと訴えました。吸収合併になってはならないという気概を持って欲しいです。

 午後、地方分権改革推進委員会がありました。国が行う直轄公共工事に対する地方自治体の負担金の問題を引き続き議論しました。村井仁長野県知事が見えました。通産省の出身で、元国会議員。防災担当大臣も務められ実務に明るいです。公共工事に関して国の役割を強調していられました。直轄工事の負担金についても明細を明らかにするなど透明性を高めることは必要だとしながらも基本的に現状維持指向が強いように感じ取れました。橋下大阪府知事と好対照でした。

 終始、議論をリードしていた猪瀬直樹委員が、突如、「村井知事の元秘書で長野県の幹部になっていられる方が自殺されました。東京地方検察庁に摘発された西松建設からの献金が取りざたされていました。知事との関係はどうなのか。」という趣旨の質問をされました。地方分権改革とは直接関係ありません。猪瀬さん、村井知事の受け答えに不満を持ち、あえて質問をされたのかもしれません。村井知事は、関与を否定されていました。

 村井知事との議論が終了し、休憩時間に入りました。最後にギョッとする質問をされた猪瀬委員が村井知事に近づき握手を求めていました。二言三言、言葉を交わしていました。最後のやり取りとのギャップにいささか驚きました。猪瀬委員は、長野県のご出身で著名なジャーナリスト。村井知事とはかねてよりのお知り合いなのでしょう。それでも、見てはならないものを垣間見た感じを持ってしまいました。私の方が青すぎるのでしょうか。

2009年4月 2日 (木)

新年度

 1日、日本銀行が、各業界が経済状況をどう判断しているか調査結果を発表しました。下げ幅が、最悪ということでした。厳しい経済状況の中での平成21年度のスタートとなりました。職員全員に年度初めの講話をしました。1929年、80年前の世界大恐慌の時、スウェーデンは、「絶望の海に浮かぶ希望の島」と呼ばれました。独自の地道な国づくりが評価されたのです。

 開成町も希望の町と呼ばれるようにしようと職員に呼びかけました。そう呼ばれるための具体的な指針を挙げました。最大の柱は、教育の町づくりです。少子化時代の今、子ども達の数が増えて新しい小学校を建設することは奇跡です。このチャンスに、町民挙げて教育の町づくりにまい進すべきです。小さな町で保育園、幼稚園から高校まで連携を取りやすいです。地域との結びつきも取りやすいです。この特徴を最大限に活かして行きます。

 続いて自治会と連携した町づくりの展開です。開成町は、自治会活動が活発です。災害時の活動、自治会館を拠点とする福祉活動、自治会抜きには考えられません。自治会長さんは、2年任期、この4月から新しいメンバーが勢ぞろいします。町役場の助役さん、収入役さん、また、議会の議長さんを勤められた方も会長さんに就かれました。町行政に明るいですので大活躍を期待しています。職員の方もそれぞれ担当する自治会を持って対応するようにしたいです。 

 この7月から「開成町きれいなまちをつくる条例」が施行されます。タバコのポイ捨てや落書きなどを防止するためです。この条例をきっかけにして、町じゅう、どこに行っても公園のような美しい町となるようにしたいです。前の山本久雄町長さんは、全町公園化といわれていました。この目標を再び掲げることにします。神奈川県が施行するいわゆる禁煙条例とも整合性を取って、モデルとなるような取り組みにも挑戦したいです。

 教育の町、自治会の町、全町公園化の町、この三大目標を目指すことによって開成町から希望の灯をともします。町がどんなに小さくても町民が一致結束して取り組めば、一人ひとりのともし火が合わさって当たり一面を照らすようになります。職員がまず先頭に立って踏ん張ってもらいたいと伝えました。やればできる!Yes,We can!

2009年4月 1日 (水)

続・おやじの背中

 31日、足柄の歴史再発見クラブの佐久間会長さんが、町長室に寄られました。佐久間さん、大学時代の友人と偶然、再会されたところ、その方の父上が、私の父の軍人時代の上官だったという話、ティータイムで紹介しました。その話の続きをされました。この偶然の再会を同人誌に寄稿されるということでした。佐久間さんの友人である父の上官の息子さんをあじさい祭りに招待するともいわれていました。是非、お会いして、その方は、「おやじの背中」をどのように見ていたのか伺ってみたいです。

 31日で退職したり、職場を代わる皆さんの送別式がありました。退職される4人が、それぞれ、私の父の思い出を話されました。町役場に入ったばかりの頃の町長が、私の父です。みなさん、かなり強烈な印象を持っているようでした。幹部の職員に対しては極めて厳しい態度で接していたようですが、一般の職員の皆さんには、ざっくばらんに親しく接していたことが良くわかりました。特に、女性の職員には優しかったみたいです。

 父の職員への接し方は、恐らく、軍隊時代に身につけたのだと思います。幹部職員には、厳しく接する一方で、一般の職員には大らかに接することで組織全体のバランスを取っていたのだと思います。軍隊といえども、全体がいつも緊張状態では、参ってしまいます。メリハリをつけて日々過ごしていたかつての体験を、役場の運営にも応用していたのだと思います。学ぶべき点です。

 日本最大の市、横浜市と初めて職員交流をしました。一年間でした。横浜市に戻る職員に「小さな町は、職員一人で何役もこなしながら頑張っていることを伝えて欲しい。」と言いました。この点は、横浜市の職員も驚いていたようで、「横浜市ですと、ぜいぜい二つほどの業務に専念するのですが、小さな町は、違います。」と話していました。小さな町の方が幅広く業務に当たれる利点はありますが、専門的な深い知識を学ぶことができません。専門的な能力をいかに身につけるかが小さな町の大きな課題です。

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