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2009年3月31日 (火)

広域行政協議会

 足柄上地域1市5町には、極めて特色のある議論の場があります。広域行政協議会という組織があります。6つの市町の首長と、各議会の議長、副議長が一堂に会して広域行政について話し合います。地方自治における二つの代表、行政に執行機関の長と、議会の代表が一緒に議論するのは、全国的に見ても稀ではないでしょうか。一般的には、首長は、首長、議会は、議会です。

 昭和38年に設立されました。底流には、将来は、足柄上地域の1市5町は、合併して一緒になる時代が来るだろうという考えがありました。それから45年、合併は、依然として将来の課題です。見通しとは、違った展開になっています。それどころか、合併を検討する範囲は、更に拡大して県西部地域2市8町での論議に舞台が移りました。

 そうなりますと足柄上地域の広域行政協議会の存在意義が問われてきます。30日に行われた協議会でも、もはや意味がなくなったのではないかとの意見も出されました。1市5町では、広域行政の範囲が小さすぎるからです。私は、必ずしも、そうではないとの意見を述べました。首長と議会の代表が一緒に議論する場を持っていること自体が貴重であると思うからです。

 神奈川県の施策に対し、足柄上地域として見解を表明する時、首長と議会が一定の共通理解を持つことは大切です。広域行政協議会は、そうした場として大いに活用できます。県立病院の医師不足への対応といった問題には、今すぐ対応できます。あるいは、今後、県の行政改革として出先機関の統廃合が浮上してきた場合は、その対応を協議する場にもなります。存続させて活用することを考えるべきではないかと思います。

2009年3月30日 (月)

お花見

 292 29日、河原町自治会の総会がありました。会場いっぱいでした。これで、古くからある自治会の総会は全て終了、残りは、新しく駅前にできたマンションの自治会です。河原町自治会の新しい会長さんは、2年前まで町の収入役さん。町行政を熟知されています。「様々な人材がいられます。力を合わせれば相当のことができる。」とあいさつされていました。期待しています。

 町役場や小学校がある町の真ん中の自治会、下延沢(しものぶさわ)自治会でお花見会がありました。このところ冬のような天気で、花が咲きません。気象庁は、確か、桜前線、早めに上昇と予想していたはずですが…。毎年、個人のお庭を借りて開催していますが、寒いので、自治会館で行いました。

 293 自治会の福祉部の皆さんが中心となって高齢者をお招きします。中学生もお手伝いします。自治会活動の柱は、こうした身近な福祉活動です。各自治会の特色を出してもらえば良いと思います。ゲームも工夫されていて、あっという間に時間が過ぎました。主催者の温かさと意気込みを感じました。

 下延沢自治会といえば、小さな交差点に正式な信号機がついたばかりです。慣れていないからでしょう、一昨日、乗用車とバイクの小さな事故が起きました。変更があったばかりの時は危険です。通行者も思い込みがありますので。広報を徹底しないといけないと思いました。すぐに取り組みます。

2009年3月29日 (日)

おやじの背中

068  28日、町の北部、あじさいの里に隣接している自治会、岡野と金井島自治会の青少年健全育成会から招かれました。何かお話しをということでした。子どもの教育について語れる資格は私にはありません。一人息子です。子育て真っ最中の頃は、テレビ記者家業が忙しくて妻に任せ切りでした。

 その後、会社を突如辞めて、政治に世界に飛び出しました。自分の道を切り開くのに精一杯で、子どもの面倒を見ることが出来ませんでした。そんな私が何を話したら良いか迷いました。私の父親も20年間町長を務めました。しかも、遅く出来た子どもでしたので、怖くて遠い存在でした。その父から何を学んだかを話すことにしました。

 家を出たくて、外を飛び回りたくて記者になりました。しかし、再び故郷に戻り、父と同じ町長を務めさせていただいています。26年前に父は、死んでいますが、最近、ようやく父と話せるようになった感じがします。父ならばどう考えたのだろうとか、あの時はこんな心境だったのだろうとかあれこれ推測することができるようになりました。

 今日の開成町は、父の世代の皆さまが、踏ん張って計画的な町づくりに舵を切って下さった結果です。当初は、色々と反対がありました。ですから計画の実施には時間がかかりました。父も踏ん張っていた時期が長かったです。あまり会話のなかった親子ですが、その姿勢は、記憶に残っています。

 夢に向かって踏ん張る姿が息子への最高の贈り物だったように思います。俗に言う「おやじの背中」です。今度は、私の番です。先輩の皆さまの計画的町づくりで、子どもの数が増え、小学校を建てることができます。この幸運を活かして、町を挙げて教育の町づくりにまい進したいです。息子は、川崎市で小学校の先生をやらせてもらっています。父の姿が、ずっと後になってどのように映りますか…。頑張ります。

2009年3月28日 (土)

個性

 20日から21日にかけて葉山町の湘南国際村でシンポジウムがありました。開成町の町づくりについて発表したこと、ティータイムでもお伝えしました。参加者から質問がありました。「21世紀の町づくりのイメージが湧かない。どんな姿であるかを思い描くヒントが欲しい。」という趣旨の質問でした。

 私は、「あじさいのような町づくりが21世紀の町づくりだ。」と答えました。「あじさいの花は、花びら一片一片が微妙に異なります。しかし、全体として調和が取れています。町づくりも特色を活かして個性的な町づくりを目指す一方で、周辺地域全体としては調和が取れた姿が目指す方向だ。」、もちろん、開成町の花は、あじさいであることを付け加え、宣伝させてもらいました。

 まず、それぞれの町は、個性溢れる町づくりをすることが先決です。個性がなく、広域化なり、合併が進めば、一挙に埋没します。開成町は、少子化が叫ばれているこの時期に新しい小学校を建てる訳ですから、教育を町の個性として位置づけるべきだと思います。間もなく新年度が始ります。学校建設と同時進行で考えていかなくてはいけません。

 真鶴町、神奈川県で開成町に次いで面積の小さな町です。湯河原町との合併が実現一歩手前まで進みましたが、できませんでした。そこからの真鶴町、財政のやりくり算段をしながらキラリと光る町づくりを展開されています。先日、真鶴町職員がボランティアで運行している循環バスを見せてもらいました。職員に感想を聞いてみました。「町民に喜んでもらえて楽しい。」と答えていました。まぶしく感じました。

 個性のある町づくりをするためには、職員が意識改革も進めなくてはなりません。町民と一緒になって個性ある素晴らしい町を創っていこうという意識が何より大切です。理屈ではありません。真鶴町の職員の答えを伺っていて、行動しながら意識を高めていくことが大切であると痛感しました。さて、わが開成町です。開成町は、自治会活動が活発です。職員がもっと自治会活動に入って行き、自治会と一緒に教育の町づくり、こんな姿を描きたいです。

2009年3月27日 (金)

分権改革報告80

291  26日、狭い交差点に正式の信号がつきました。何年、要望し続けてきたでしょうか。長かったです。昨年の3月退職された警察署の交通課長さんが最後の仕事として取り組み、引き継いで下さったおかげです。地元の自治会長さんや子ども達も参加して渡り初めをしました。これまで点滅式でしたので乗用車が戸惑っていました。事故が起きないよう注意喚起しないといけません。

 午後、地方分権改革推進委員会がありました。二日連続です。大阪府の橋下徹知事が登場しました。橋下知事は、国が直接行う公共工事に対し地方が支払う負担金が余りに多額で、財政難で支払えないと公然と引き下げを求めています。「ぶったくりバーでもこんなやり方はしない。」と言われていました。支払いの根拠が極めて不明確であることに対する不満です。

 国から言われますと、内心、首を傾げざるを得ない内容でも、これまでの長い間の慣例だということで押し切られてしまいます。反発して結果として、補助金を削られたりしますと大変なことになってしまいます。泣き寝入りせざるを得なかったのが実態です。この状況を打破する動きの突破口になったのが橋下知事です。しがらみのない新鮮な発想のなせる業です。

 橋下知事は、地方側にも責任があると主張されました。地方側が、もっと国の出先機関が行っている仕事を直接行って見せるという姿勢を示すことが大切だと強調されていました。一つの府県で出来ないのならば広域で受け皿となれば良いとも言われていました。私が、「暴力バーを直接経営して見せるということですね。」と問いかけますと「健全経営にするということです。」と返されました。

 はつらつとした非常にわかり易い物言い。極めて新鮮でした。それと庶民の視線を強く感じました。時折、混じる大阪弁。人気が沸騰するのも当然という感じでした。日本におけるオバマ現象という感想を持ちました。当面の障害は、官僚機構にあるのではないでしょうか。中央官僚のしたたかさは、いうまでもありませんが、大阪府の官僚も、それなりに手強いはずです。硬軟両用、使いこなせる巧みの技を持たれたら、すごいことをされる予感がしました。

2009年3月26日 (木)

分権改革報告79

 25日、地方分権改革推進委員会がありました。4日以来です。国と地方の間で大きな課題として浮上している国の直轄工事に対する地方の負担金について議論しました。この問題の火付け役となった新潟県の泉田知事から意見を聞きました。国から求められる負担金は、負担額も明細が不明であるのに加え、支払いは、最優先としなくてはならないので、おカネのやりくりに非常な苦労を強いられると言われました。

 神奈川県の場合も同様です。神奈川県の中央部を縦に走る高速道路、圏央道の建設に対する地方側の負担金のため、他の道路建設に回せる予算が少なくなります。結果として、より地域に密着した道路の建設が遅れます。泉田知事は、国が広域的な観点から建設を進まなくてはならないと判断した工事は、全て国が責任を持って実施し、地方の負担金は、なくすべきだと提案されました。

 この場合、国が行う工事をどの範囲に定めるかが焦点となります。国は、国土全体のネットワークを形成する上で重要な高速道路のみとするなど絞り込みませんと地方側が、国会議員を巻き込んで陳情合戦となる恐れがあります。可能な限り財源を地方側に渡し、地方の判断で道路の建設が進められるようにするのが本筋です。そのためには、地方側が、国が現在行っている工事を自ら実施するという姿勢をどこまで示せるかが問題です。

 24日、政府の地方分権改革推進本部で国の出先機関改革の工程表が決まりました。麻生総理大臣をはじめ関係閣僚が全て入っている重要な会議です。地方分権改革推進委員会が求めていた内容は、先送りされました。削減の数値目標35000人が無くなったのが典型です。猪瀬直樹委員が、地方分権改革推進委員会として極めて不十分な内容だと言うべきだと主張されました。

 私は、昨年11月6日、麻生総理大臣が丹羽委員長を総理大臣官邸に呼んで、国の出先機関のうち、国土交通省と農林水産省の出先機関を原則廃止と主張されていたことを指摘しました。「それがいつの間にか抜本的統廃合に変り、そして、今度は、先送りとなった。これで総理が務まるのであろうか。本来なら委員長が辞表を出すべきことがらだ。」と怒りをぶつけました。丹羽委員長は、「中学生や高校生ではないのだから、反対すれば良いというものではない。」と反論されました。

 霞ヶ関の中央官僚の頑なな態度は、通常のやり方では壊せません。時には、青臭くても書生論で責めるべきです。仮に丹羽委員長をはじめ私たち委員が開き直って辞表を出したとしたら麻生総理大臣をはじめ政府に対し大変なインパクトを与えます。そのくらいの気概を持って対応しませんと官僚機構は微動だにしません。チャンスを逸したと思います。政府は、年内に改革案を取りまとめるということです。麻生政権ではない可能性も十二分にあります。私たちが、これまで提出した勧告は、どこへ行ってしまうのでしょうか。

 政府、自民党、あるいは民主党といった与野党の政治の対立とは一歩距離を置いて、あるべき地方分権改革の姿を描くことに専念すべきだと思いました。現在のねじれ国会という政治情勢で総理大臣をはじめ政治の指導力に期待するのは無理です。自民党も民主党も無視することができないような理想的な地方分権改革案をまとめるべきです。私たちの任期は来年3月までです。時間を目いっぱい使って、徹底的に理想にこだわった勧告を出すべきだと思いました。

2009年3月25日 (水)

焼失と消失

026 ちょうど一年前の3月24日、神奈川県町村会の総会が大磯町でありました。吉田茂元総理の邸宅を初めて見学することができました。翌日のティータイムでも紹介しました。大平元総理とアメリカのカーター大統領との首脳会談も行われた政治史の舞台です。中国から贈られた調度品も素晴らしかったです。その吉田邸が全焼しました。

 神奈川県が国の援助を受けて土地と建物を購入し、大磯町が、活用する運びとなっていました。三好町長さんも吉田邸を町おこしの拠点として位置づけられていました。お見舞いの電話を翌朝入れました。ショックを受けられている様子が感じ取れました。こんな時こそ町長が先頭に立って関係者の皆さんの気持ちを奮い起こし、踏ん張っていただきたいとお願いしました。

 見学させていただいた時、吉田元総理大臣が書かれた「呑舟之魚(どんしゅうのうお)」という書が印象に残っています。直接は、船を飲み込むような大きな魚は、小さな河には入らないという意味です。大人物は小事にこだわらず大局を見て堂々と行動するとの例えになっています。この書も灰になってしまったことでしょう。

 吉田茂元総理のお孫さんである麻生総理大臣。「呑舟之魚」の気構えで日々過ごされているのでしょうか…。政権の重大な課題と位置づけていた地方分権改革や行政改革、霞ヶ関の中央官僚の抵抗にあってどんどん後退しています。本来ならば大局を見て総理大臣が思い切った決断をする時です。現状は、逆です。麻生総理の志も焼けてしまった吉田邸と同じように、消え失せてしまったとしたら残念でなりません。

2009年3月24日 (火)

補助金ゼロ

 23日、新年度採用する職員に町の取り組みなどを説明しました。一人だけです。財政が厳しいことを見込み、採用を控えました。東京出身の女性です。開成町は、現在、直面している課題が二つあると述べました。一つは、企業からの税収が激減していること。もう一つは、子どもの数が増え、新しい小学校を建設することです。

 全く矛盾するような課題ですが、頑張るしかありません。挑戦する気持ちを持って取り組んで欲しいと要請しました。またまた、オバマ大統領の言葉をお借りしました。「イエス、ウィ キャン(Yes,We can)!」、「やればできる!」。オバマ大統領の言葉、どこでも、誰にでも活用できる力があります。

 午後、社会福祉協議会の新年度の予算を審議する評議員会がありました。冒頭、会長さんがあいさつされました。「社会福祉協議会が設立されて以来初めて町からの補助金がなくなりました。基金を活用できるようにしました。事業を見直しも進めました。」。続いて私が、あいさつしました。

 「毎年4000万円近く補助をしてきたことは判っています。しかし、税収激減の中、小学校を建てなければなりません。これまでの貯金を活用して、しのいで欲しい。」と要請しました。この後、次の日程が迫っていましたので、退席しました。「補助金をカットしたので、逃げるのではありません。」と念押ししました。皆さん、笑みがこぼれました。厳しい話のときは、多少、ユーモアを入れませんと硬くなる一方です。

 H20_007 向かった先は、落書き消しのキャンペーンです。中学生も30人ほど参加してくれました。ガードレールなどにスプレーを使って落書きがされています。本当に見苦しいです。オレンジのかおりのする油を使ってタオルでごしごしこすって消します。なかなか消えません。落書きした犯人に罰でやってもらいたいです。

 H20_018 中学生達との会話、面白いです。「頑張ってやろうよ。」と語りかけると、答えが振るっています。「たまには弱音を吐くことも大切だと先生が言っていました。」。先生がぶらぶらしていると「町長さん、先生サボっています。教育上、問題があるのではないでしょうか。」。会話を楽しみながら落書き消しが出来ました。年に一度ではなく回数を増やした方が良いと思いました。

2009年3月23日 (月)

行脚

 22日は、自治会の総会が集中しました。11ヶ所。ほとんど開始時間が一緒ですので一人では回りきれません。副町長と手分けしました。私が6ヶ所、副町長は5ヶ所。開成町は、自治基本条例でも自治会をきちんと位置づけ、自治会と協働で町づくりを進めることを柱としています。

 その大切な自治会への補助金を大幅に削減しました。平均して30パーセントカットです。緊急避難の措置としてお願いしました。法人からの税金がほとんど見込めない中で新しい小学校の建設を行うからです。これまでの基金などでしのいで欲しいと改めて頭を下げました。

 同時にこれからの町の目標についても述べました。少子化が大きな社会問題となっている中で、開成町は、逆に子どもの数が増え、新設の小学校を建てます。これは、歴代の町長さんを中心に一貫して計画的な町づくりを積み重ねてきた成果です。この先輩達の熱い思いに応えなくてはなりません。

 教育の町かいせいを創ることが、町民挙げての大きな目標になると呼びかけました。教育の町づくりを進めるにあたって、自治会は、中心の一つです。子どもの数の多い地域も少ない地域もそれぞれの自治会の特色を活かして子ども達との関わりを深めて行っていただきたいです。特に子ども達のボランティア活動など社会参加の母体となって欲しいです。

2009年3月22日 (日)

一泊二日

289  20日、21日と泊りがけで葉山町にある湘南国際村に行きました。「都市と地域の未来を拓く」というシンポジウムにパネラーとして参加させてもらいました。湘南国際村のホテルのベランダから相模湾を隔てて富士山が見えます。山の上から顔を出す見慣れた富士山とは、一味違います。

 今回のシンポジウムは、「文化」が切り口の一つでした。100年に一度の経済危機、どうしたらこの危機を乗り越えることが出来るのでしょうか。地域の個性を発揮することで地域を活性化することが出来るのではないかという考え方です。地域の個性は、地域の文化です。これまで、経済発展とは無縁の存在であるかのように考えられてきた文化が、逆に発展の基礎となるという問題関心です。

290  文化力を県政運営の柱としている三重県の野呂昭彦知事が「地域を拓く文化力」という題名で発表されました。発想の転換を訴えられていました。九つのヒントが面白く参考になります。『亀の甲より年の功』『三本の矢』『十人十色』『玉みがかざれば光なし』『井の中の蛙』『急がば回れ』『温故知新』『三人寄れば文殊の知恵』『資源は、有限、知恵は無限』

 世界遺産として注目を集めている「熊野古道」、住民参加で作る県立博物館、全国高校文化祭や新体操の世界選手権の誘致も紹介されていました。私は、教育を切り口にして21世紀の町づくりを考えたいと発表しました。少子化が全国的に叫ばれている中で開成町は子どもの数が増えています。新しい小学校を作ります。このチャンスに町を挙げて学校教育に関わっていって、教育の町を創ることを目指したいと強調しました。

 シンポジウムの締めくくりのあいさつがありました。シンポジウムの運営委員のお一人で著名な西洋史学者の樺山紘一東大名誉教授が、「私は、東京文京区の教育委員を務めています。学校の統廃合で大変です。こんな時期に、新しい小学校を作る町があることに驚きました。」と述べられました。突然でしたので私の方こそ驚きました。と同時に、開成町は、全国まれに見る機会に恵まれていると再認識しました。教育の町として日本中に発信することでチャンスを活かすべきだと思いました。

2009年3月20日 (金)

目に見えないもの

 19日、開成小学校の卒業式がありました。176人。入場と卒業証書授与でおよそ一時間。人数の多さを感じました。校長先生が、体育大会の応援の様子を見せて欲しいと卒業生に言いました。応援のエールと手拍子が体育館に響きました。

 校長先生はあいさつで、サンテグジュペリの「星の王子様」を引用しました。「本当に大切なものは目に見えない。」という一節でした。私にも印象に残っている箇所です。愛、勇気、友情、気概…。どれも目で見ることは出来ません。でも、とても大切です。

 式が終わった後、校長先生に「『星の王子様』のあの箇所、私も大切にしています。」と話しかけました。校長先生は、「実は、あの後に、もう一つ重要な箇所があります。『いったん関わったら最後まで責任を取らなくてはならない。』というところです。こちらの方は先生たちにこれから伝えます。」と言いました。さすがだと思いました。

 私は、アメリカのオバマ大統領の話しをしました。お父さんはアフリカのケニアの人、黒人です。お母さんはアメリカの白人です。肌の色は黒くなりました。オバマ大統領の育った時代のアメリカは人種差別がひどかった時代です。白人は、有色の人種とは、プールに一緒に入らないなんてことが当たり前だったと話しました。

 そのアメリカで黒人の血が入った大統領が誕生しました。ものすごい変化ですね。私も最初は、アメリカは、オバマ大統領の誕生で目先を変え、アメリカの変化を演出しようとしているのではと思っていました。しかし、歴史的に見ると、そんな表面的なことでは捉えきれません。

 卒業生と在校生、お父さん、お母さん、先生、来賓の方々、みんなにオバマ大統領が全世界の人々に呼びかけている言葉で締めくくりました。「イエス、ウィ、キャン!(YES,WE CAN)やればできるんだ。」、オバマ大統領の呼びかけに開成町も応えようという気持ちでした。オバマ大統領は、目に見えない大切なもの、勇気を与えてくれています。

2009年3月19日 (木)

議会6

 18日、3月議会が終わりました。議会改革によっていつでも議会が開けるよう会期を長く取っています。9月30日までです。ひとまず終了ということになります。最後に、議会の各委員会の代表の方より事務調査の報告がありました。このうち、総務・教育常任委員会の報告で、新しい小学校建設に言及がありました。今度の議会で23億8千万円の建設予算が決まったばかりです。

 「低学年と高学年に分離するとした『低高分離問題』で物議を醸したことに加え、絶対の自信を持って臨んだPFI方式による建設も応募がないために断念するという苦い経験をしたことは、今後の教訓とすべきであります。」とありました。これまでの小学校を低学年専門の校舎にして、新しい小学校を高学年小学校とする分離案を提案しました。かつてない方式であるのに加え、通学距離が伸びてしまうことに反対が出ました。検討委員会を設けましたが、最終的に提案を撤回しました。検討委員会の委員長さんには大変なご苦労をおかけしてしまいました。

 しかし、この発想は、今後に活かせます。全国的に小学校から中学校まで一貫したカリキュラムを考えた場合、6年、3年という区分けを見直すところが出ています。校舎を低学年と高学年に分けるまで大胆に見直さなくても、カリキュラムを、4年、2年、3年とか、4年、3年、2年に分けて考えるとか色々な考え方があると思います。今後、開成町らしい教育を考える上で議論になってくると思います。

 PFI方式の建設は、時期が悪かったです。大きな談合事件の摘発が相次ぎ、大手建設事業者の指名自粛が相次ぎました。更に、現在と違って資材の高騰があり、受注しても利潤が得られるか二の足を踏む業者が多かったと見られます。民間業者を活用したPFI方式ですと民間業者が、資金を調達します。町は、毎年決まった額を業者に返していけば良いので、資金計画を立てやすいです。直接、工事を町が発注しますと、最初に大きな資金が必要となります。資金繰りが苦しかったこともあってPFI方式に期待したのですが、結果的には見通しを誤りました。

 色々なことがありました。調査報告書にあるように、教訓を汲み取らなくてはなりません。「低高分離」の発想は、今後、開成町らしい教育内容を検討する中で活かして行くことが出来ます。PFI方式については、新しいやり方に挑んだ職員の体験は、貴重です。一生懸命、取り組んでも上手く行かない時もあります。トップは、最終的な結果責任を負う責務があります。新しい小学校を当初の予定通り、来年4月開校することが責任を果たすことだと思っています。

2009年3月18日 (水)

ケーキ屋さん

 287_2 17日、開成幼稚園の卒園式でした。ビデオやカメラを手にしたお父さんやお母さんでいっぱい。会場に入りきれませんでした。今年の卒園児は、121人。全員が出席できました。事前に卒園アルバムを見せてもらいました。将来なりたい職業、ケーキ屋さん21人。一番多かったです。

 卒園式で聞いてみました。「なんで、みんなケーキ屋さんになりたいの?」、答えは、「美味しいお菓子食べれるから…。」、余りはっきりしません。社会学のテーマになりそうな気がします。先週行われた酒田保育園でもケーキ屋さんが一番多かったです。開成町だけの現象でしょうか。子ども達向けのテレビか何かの影響かな…。

 午後、今年度最後の課長会議がありました。新年度の予算が議会で認められました。大変厳しい財政状況の中で、やりくり算段をして予算をまとめたことに敬意を表しました。とにかく、新しい小学校の建設をやり遂げることが最大の目標。そして、教育の町開成を創っていくことです。

 南足柄市の沢市長さんと一緒に小田原市の加藤市長さんを訪ねました。私は、現在、足柄消防組合の組合長です。5月からは沢市長さんが組合長になります。課題となっている県西部地域2市8町の消防の広域化のお願いに上がりました。積極的に対応することで意見が一致しました。

 2市8町で広域化が進めば、箱根、湯河原、真鶴といった著名な観光地を抱える消防と一緒になります。観光の振興は、いざという時の備えがあってこそです。広域化によって消防力を上げることで観光地の安全を高めるようにする必要があります。また、熱海や御殿場、秦野といった周辺の中心都市とも連携を深めるチャンスでもあります。

2009年3月17日 (火)

議会5

 16日、通学時の子どもの安全を見守る交通安全の日。三学期最後です。小学校に出かけた見たら、中学生が校庭で並んで大きな声で小学生に呼びかけていました。「あいさつをしましょう!」。中学校の生徒会のキャンペーンでした。これまでは、開成駅前で行っていたようですが、小学校にやってきたということでした。素晴らしいですね。

 議会でした。平成21年度、一般会計予算案の審議でした。認めていただきました。何度もティータイムでお伝えしていますが、来年度の予算は、新しい小学校の建設、一本といって良い内容です。新小学校建設の一点突破、全面展開です。40数億の規模が普通の町で、23億8千万円で小学校を建てるのですから。やり遂げなくてはなりません。

 開成町の由来からしても、新しい小学校が出来ることをきっかけに教育の町づくりを展開することが責務だと思います。中国の古典、「易経」の一節、「物を開いて務めを為す。」。知識を開いて、世のために有為の人材を輩出することです。開成町で育った子ども達が、21世紀、大きく羽ばたくよう、環境を整えることが大切です。

 開成町らしさを存分に活かしたいものです。開成町の良さは、町民の皆さんの参加意欲の高さです。町民がこぞって教育に関わるよう呼びかけたいものです。それと、小さな町です。保育園、幼稚園から高校まで、連携が取りやすいです。ちょうど、町内にある県立高校が、農業専門高校から総合高校へと一新されます。新たな結びつきを展開するまたとない機会です。

 ところで、開成町の名前と同じ由来の受験名門校があります。東京の開成中学、開成高校です。日銀の前副総裁の武藤敏郎氏が母校だということで、学校を運営する開成学園の理事長に就任されるといいう記事が新聞に載っていました。武藤氏といえば、財務省の事務方のトップを務め、日銀総裁の最有力候補といわれていました。国会で人事案が否決されてしまいました。

 エリート中のエリートの武藤氏が、挫折の後、どんな学校づくりを進めるのか興味があります。いわゆる学力では、開成中学に入る子ども達にはとてもかないません。でも、人は、学力だけではありません。開成町で教育を受けた子ども達は、優しい、好奇心旺盛だ、などなど。人間力がたっぷり詰まった人材が次から次に出るような教育の町。町民全体の大いなる目標として掲げる価値があります。

2009年3月16日 (月)

講演会

 15日、知人の紹介で箱根町で開かれた講演会に出かけました。人間の命を支える食料、農業に関する発表がありました。熱量に換算して自給率40パーセント、先進国で最低レベルです。食べ物を外国に依存しすぎる事は、安全保障面から考えてみて、危ういことはいうまでもありません。

 全国で、理想に燃えて、安全なコメや野菜の生産に取り組んでいられる農家もたくさんいられます。町ぐるみで、家庭から出される生ゴミを堆肥として再活用するシステムを実践されているところもあります。報告がありました。それでも、農家の高齢化は進み、日本の農業は、追い詰められています。

 食料の問題は、子どもの教育問題へも波及して、きちんと朝食を食べないことが、子ども達の非行につながっているのではないかという見方もあります。長野県上田市真田町では、完全米飯給食を実現させました。この結果、非行も減り、学力も向上したと報告されました。ご飯の給食が増えれば、おコメは日本で供給できますので自給率は上がります。

 この後、昨日の講演会の中で最も印象に残った発表がありました。熊本県の著名な福祉施設の運営をされている方です。「子ども達は、愛を食べて生きています。その愛が不足しています。」とのことでした。衝撃を受けました。単に物質としての食べ物の問題より深い問題がありました。お互いを思いやる愛がどんどん無くなっています。これが根本問題です。考えさせられました。

 

2009年3月15日 (日)

卒園

 14日、町内に二つある保育園の一つ、酒田保育園の卒園式がありました。園長先生が中学校の卒業式のことを話題にされました。卒業生の代表を務めた男子生徒が、あいさつの途中で感激の余り言葉に詰まってしまいました。歌の指揮をするために壇上に上がっていた男子生徒がいました。その生徒が言葉が出ない仲間を助けようと盛んに壇上から声をかけていました。

 実は、2人とも酒田保育園の卒園児でした。園長先生も卒業式に来賓として招かれていました。二人の様子を見て、2人の間の以心伝心を感じ取られました。私も2人の間で何かやり取りしていることは判りましたが、深いところまでは読み取れませんでした。さすが、園長先生は違いますね。それにしても保育園の卒園式で中学校の卒業式の話しができるのは、小さな町だからですね。

 卒園児の文集を見せてもらいました。将来なりたいのは、ケーキ屋さんなどお菓子屋さんが増えました35人中、13人です。野球やサッカーなどのスポーツ系と並びました。この外にもおもちゃ屋さんなどもありますので、お店を持ちたい園児が増えているのですね。なぜでしょう。

 小学校に行って頑張りたいことは、圧倒的に勉強です。27人がそうでした。低学年の内は、もっと遊んで、色々な体験をして、それから高学年になって勉強に力を注ぐ方が私は良いように思います。どうも現在の教育の流れは、最初から知識みたいです。ですから親も子ども達、せきたてられてしまっているのではないか配です。

 やはり小学生になって頑張ってもらいたいのは、友達をたくさん作ることですね。卒園式で友情を表す手話を教えてもらいました。握手するように両手をからだの前で握り、ぐるりと大きく回すことが友情だということでした。一緒に力を合わせるという感じです。手話をしながら園児達に友達をたくさん作ってくださいと呼びかけました。

2009年3月14日 (土)

子孫

 今週10日、文命中学校の卒業式のあった日の午後、若い女性研究者の方が私を訪ねて京都から来られました。門川京都市長さんからのご紹介でした。女性の名前は中桐万里子さんと言われます。高校までは小田原に住んでいられました。中桐さん、実は、郷土の偉人、二宮尊徳さんの子孫です。母方の祖母が二宮家の直系だということでした。中桐さんは、7代目に当たります。

 中桐さん、京都大学の大学院で臨床教育学を勉強されました。臨床心理学という学問の分野は知っていますが、臨床教育学という学問分野は聞いたことがありません。伺ったところ、日本で始った全く新しい分野だということでした。どうしたら親子のコミュニケーションが可能になるかなどを研究対象としているということでした。

 中桐さんがこの分野に進むきっかけとなったのは、偉大なる祖先の二宮尊徳さんと深い関係があります。二宮尊徳さんは、農産物の増産に向けてどうしたら農民達を喚起できるかをひたすら考えました。農民達が、自分の問題であることに気づいてくれませんと増産は出来ません。二宮尊徳さんは、農民達に自発性を植え付け、実践しました。

 この話を伺っていて、一つ提案を思いつきました。二宮尊徳さんは、酒匂川の治水とも深い関係があります。農民達に水防意識をどのように教えようとしたのか、焦点を絞って研究したら面白いのではないかと話しました。酒匂川の土手が築かれ水の流れが今の形になって、今年が400年の節目です。小田原市を中心にこの歴史に光を当てようとされています。

 二宮尊徳さんの子孫の方が、尊徳さんが深く関わった酒匂川の治水と農民達との関係を調べて発表されれば、関心も集めます。足柄の歴史再発見クラブの取り組まれた卒論に学ぶに似ています。若い研究者のみずみずしい感性で酒匂川の水防の歴史を見つめ直し、史実を再発見していただきたいと期待します。

2009年3月13日 (金)

目標

 12日、老人クラブの役員研修会がありました。冒頭30分ほどでしたが参加しました。考えさせられる意見が相次いで出されました。高齢者の数は、増えています。長寿社会ですので当然です。でも老人クラブへの参加者がなかなか増えないのはどうしてなのか。自分の時間を他人のため、社会のために使うことへ踏ん切りがつかないとの意見が出ました。

 わかりやすく言わせてもらえば、老人クラブへ入って役員にでもなると忙しく、しかも、俗に言うただ働きだということです。確かにこうした側面はあると思います。しかし、ボランティア活動だからこそ得られる充実感もあります。両立を考えるのが現実的な方法です。イベントなどの際に老人クラブならではの手作り品を販売して自主財源を獲得し、その一方で、子ども達の登校時の見守り活動などを活発に展開するという方法はどうなのでしょうか。

 老人クラブだけでなく、婦人会、子ども会といった、かつては、地域に住む人が当然のように参加していた団体の人数が少なくなっている傾向があります。こうした団体の今後のあり方全体を見渡して、老人クラブの今後を考えるべきだとの意見も出されました。これも、指摘の通りです。こうした団体は、人々の社会的な関係を安定的に維持する装置です。

 しかし、人々の生活様式も変化し、子どもの生活も大きく変化しました。それぞれの家庭の事情で団体への参加を決めたいという意識が強まっています。参加を促すことはできても、強制は無理です。では、どのようにしてまとめていくかです。私は自治会が鍵だと思います。社会的な絆を維持するために必要な様々な団体を緩やかにまとめていく場としては、自治会が最も適当だと思います。

 小さな町といえども、自治会によって、住民の年齢構成は大きく異なります。それぞれの自治会の実情に合わせ活性化に取り組んでいただければ、町全体の活力が上がります。現在、町は、景気低迷の余波をまともに受けて財政が厳しくなっています。自治会や各種団体への補助金の削減をお願いしています。こうした時期に、今後の自治会を始めとする各種の団体のあり方を根本から考えていただきたいです。逆境を越えていかに活力を増すか。町も、自治会も、各種団体も目標は一緒です。

2009年3月12日 (木)

慰霊祭前

 「世間は広いようで、意外に狭い。」と実感することがままあります。先日、足柄の歴史再発見クラブ会長の佐久間俊治さんとお会いしました。佐久間さんは、ジョギングの帰り道でした。佐久間さんから大学時代の友人と久しぶりに会った話を伺いました。東京都町田市にお住まいです。その方は、なんと、私の父親の軍人時代の上官のご長男でした。

 私の父は、軍人で終戦の時、当時の旧満州で侵入してきたソビエト軍と戦い、戦後、シベリアで抑留生活を送りました。父の上官が佐久間さんの友人の父上です。父は、ソビエトとの戦いで部下をたくさん亡くしたことを悔やんでいました。昭和59年、父が亡くなった後、父の思いを形にしようと慰霊のための石碑を菩提寺に建てました。石碑の題字を書いていただいたのが佐久間さんの友人の父上です。

 南足柄市にお住まいの大先輩から郵便が届きました。この方は、思いを絵手紙で託していつも送ってこられます。絵手紙の作品の中から気に入ったものを選んで、一か月分31枚の日めくりにされました。私にも一部届けられたのです。「一生青春、一生勉強」、この大先輩のモットーも入っていました。

 実は、この大先輩とも、父の関係でお付き合いさせていただいています。やはりシベリア抑留の体験者です。一緒に入隊した14人の内、3人が抑留され、旧満州からフィリピンに転進させられた11人は、みな戦死されました。25日は、町の戦没者慰霊祭。その直前、ほんの数日の間に、父の軍人時代に結ばれた縁を強く感じさせる出来事が相次ぎました。

2009年3月11日 (水)

偉人伝

   10日、文命中学校の卒業式がありました。校長先生が、江戸時代、郷土の先人達が、富士山の大噴火とその後に発生した洪水に打ち勝った話をされました。先月、演劇が上演されたからです。この時の治水工事で出来た堤防に付けられた名前が「文命」です。中国の治水の神様の名前です。その由緒ある名前が中学校の名前になっているのですから中学生達は胸に刻み込んでもらいたいです。

 私は、偉い人は身近にいる話をしました。2年前の卒業式で、家族に重い病人がいても、障害のある子どもさんと一緒でも、いつでも、笑顔を忘れなかった開成町の方の話をしました。とてつもない精神力の持ち主だと紹介させて頂きました。昨日は、もう一人、偉人を紹介しました。再三に渡ってこのティータイムでも紹介した吉田島駐在所の福井幸二さんのことです。

 8年間、毎日、誠実に町民の安全のために尽くされました。日々一生懸命でした。お別れの時が来ました。町挙げて送別会の連続です。子ども達の送別会もありました。こつこつと一生懸命取り組めば必ず響くものがあるという証しです。福井さんが得たものは最高の充実感だと思います。これこそ「生きる!」ということではないでしょうか。中学生に問いかけました。

 卒業式が終わった後、卒業生は各クラスに戻り最後のお別れです。4クラスありますが、お別れの仕方はそれぞれでした。校長先生に伺ったところ、担任の先生の個性だということでした。体育会系のノリで、エールを披露する先生、楽器を演奏してお別れのメッセージを伝える先生、一緒に楽しく写真を撮って思い出とする先生、しんみりと今の気持ちを生徒達に伝える先生。みんなとても良かったです。

284_2  卒業生達は、下級生達に見送られて校舎を後にします。その前、式典の最後の時も、保護者の皆さんの合唱で会場を出て行きました。私にとって、中学校の卒業式は、40年近く前の出来事です。こんな感動的な別れだったか…。いや、違っていました。自分自身、ちょっと斜に構えていた頃でした。素直にお別れが言える方が良いに決まっています。素晴らしい卒業式でした。

2009年3月10日 (火)

議会4

 9日の町議会は、平成21年度の一般会計予算の説明でした。最初に町長が、予算提案にあたって趣旨説明を行います。世界経済の急激な悪化によって法人からの税収が急激に減ります。「このような経済状況下でも開成南小学校建設はなんとしてもやり遂げる決意で、平成22年4月開校を目指して着実な取り組みを展開して行きます。」

 40数億円が通常の予算規模です。新しい小学校建設は、23億円。この事業にすべてを集中する予算だといっても言いすぎではありません。今の小学校は、1061人です。パンク寸前です。それに、先輩の皆さんがいつの時期か新しい小学校を建設する時が来ると確信して建設用地を確保しておいて下さったのですから、この思いに応えないとなりません。

 小学校建設の予算を確保するためには、他の事業を先送りしたり、圧縮したりしなくてはなりません。社会福祉分野にかかる費用は増えていますので、その中で、縮小するのですから容易なことではありません。副町長が、法人税の激減が明確になった昨年秋の段階から緊急財政対策本部を設置して対応してきたと説明しました。3億円程度費用を削り、一方で、これまでの貯金を下ろして歳出に充てました。

 提案趣旨説明を行う際、事前に文章に手を入れることが多かったのですが、今回は、事務当局が作ってくれた文章をそのまま読みました。私の言いたいことを的確に表現してくれていたので直す必要がありませんでした。更に副町長が、緊急財政対策本部での議論と実践を簡潔に説明してくれました。この面でも口をさしはさむ余地はありませんでした。開成町は、スタッフがしっかりしています。

 

2009年3月 9日 (月)

閉幕

001  自宅の庭に出たところ、「ホーホケキョ」の声。春ですね。8日、瀬戸屋敷のひな祭りが終わりました。17日から20日間でした。昨年、38000人もの来場者があったので、今年は、思い切って、有料に踏み切りました。入場料300円。昨年の3割から4割の来場は、見込めると見て計画を立てました。目標は、ほぼ達成したようです。

 担当者は、内心、もう少し多くの有料来場者があるのではと期待していたようです。しかし、今年は、天気が悪かったです。雨ばかりでした。それと、この時期、足柄地域に人を呼び寄せる一大イベント、お隣松田町の桜祭り、花の咲きが早く早めにピークを迎えたことも響いたかもしれません。

 婦人会長さんが実行委員長になって婦人会が大車輪の活躍。地場産品の店も出て、まずまずの賑わい。担当課長や担当職員が瀬戸屋敷のひな祭りの名前を売り込もうとDVDを作成し、交通機関や旅行会社、マスコミにPR。このような挑戦する姿を見ることが出来ただけで大満足です。来年も頑張りましょう。

299  最終日、一橋大学の大学院で学んでいる留学生8人が瀬戸屋敷を訪問しました。中国やフィリピン、インドネシアから来られていました。皆さん、既に政府の財務省や中央銀行で活躍されている社会人です。婦人会の協力で特別に和服を着せていただきました。男性も女性も大喜びでした。開成町のおもてなしパワー。十二分に世界に通用します。

2009年3月 8日 (日)

出生と死亡

 保健衛生分野の行政の動きを追いかけている「保健衛生ニュース」という専門紙があります。週刊です。先週、担当の部長から興味深いデータが載っていると教えてくれました。一つは、合計特殊出生率。一人の女性の方が一生に生む赤ちゃんの数です。上位10位には、鹿児島県、沖縄県、長崎県など九州、しかも離島がずらりと並びます。鹿児島県大島郡伊仙町が、2.42で一番です。若い人の移住が多いのでしょうか。

 下位は、東京、大阪、京都、福岡。全て大都会です。0.74が、東京都目黒区で最下位。続いて、京都市東山区、東京都中野区、渋谷区、福岡市の0.75です。大都会では、赤ちゃんを生む人が少ないことが数字で現れています。ちなみに開成町は、1.64で神奈川県では一番ですが、九州の離島の地域には遠く及びません。

 「標準化死亡比」というデータがあることを初めて知りました。解説によりますと「人口の年齢構成の影響を除外して死亡状況の高低を見るための指標」だということです。年齢の高い人ばかり住んでいれば死亡率はどうしても高くなってしまいます。こうした年齢構成の影響を除くと、死亡者が多いかどうか他地域との比較ができます。

 開成町が、男女とも、標準化死亡比の上位市区町村のベスト10位に入っていました。全国平均より大幅に死亡が少ないことを示しています。男性は、全国8位です。一番は、横浜市青葉区です。二番川崎市麻生区。東京、大阪などが並びます。大都会の方が医療体制が行き届いているからでしょうか。開成町の8位は、どう分析したらよいのでしょうか。

 女性の方は、開成町、全国3位です。こちらは、沖縄県がずらりと並びます。男性とずい分様相が異なっています。理由が、よく判りません。ちなみに、死亡が多いのは、男性では、大阪市西成区、東京都奥多摩町、大阪市港区です。女性は、東京都奥多摩町、日の出町、大阪市西成区です。医療にかかる環境や食生活などが関係していると思います。

2009年3月 7日 (土)

議会3

 6日も一日中議会でした。4月から介護保険の保険料が改定になります。新しい介護保険条例について審議がありました。3年間が一つの計画期間です。平成12年に始った介護保険も第4期目に入ります。介護保険は、国と県と市町村からの助成、それと40歳以上の方の保険料、更にサービスを利用する際の10パーセントの自己負担分で成り立っています。

 サービスを充実させようと思うと、公費の負担を増やさない限り保険料が上がります。また、高齢者の数が増えて介護サービスの利用者が増えますと、必要な資金の量が増えますので、保険料に反映します。全ての地域で供給しなくてはならないサービスの量が増えています。質の向上も求められています。それなのに低賃金に抑えられていて人材が集まらないという問題が浮上しています。

 開成町では、65歳以上の高齢者の被保険者からいただく保険料の率を11段階に細かく区分して所得に応じていただくよう改めました。これまで6段階ですので大きく変えました。基準となる保険料は、月に3500円となりました。これまでより200円のアップです。神奈川県内で相当に低い水準です。65歳以上の高齢者の内で介護保険の対象となる方の割合が10パーセント程度と低いこと、逆に言えば元気な高齢者の方が多いことが影響していると思います。この傾向を続けることが目標です。

 昼休み、東京からお客さんが見えました。大学の先生ご夫妻です。ひな祭りを見に来られました。ご主人は、農業に関する鋭い意見で定評のある気鋭の学者です。雇用情勢が悪化している時こそチャンスとばかり、場当たり的に農業への就職が唱えられている現状が心配でならないようです。農業を営むことはそんな簡単ではないということです。学者であっても現場を熟知している方ならではの意見だと思います。

2009年3月 6日 (金)

議会2

 5日は、終日議会でした。条例の審議でした。神奈川県で一番小さな面積の町。都市計画をしっかりして、公園のような町を創ることを目指したいと初日答弁しました。具体的にシンガポールのようにしたいとも言いました。シンガポールは、淡路島ほどの面積の国です。リー・クアンユー前首相が強烈な指導力で国づくりを進め、アジアの経済発展を象徴する国として躍進しています。

 厳格な都市計画で街並みを美しくしました。ゴミのポイ捨てに厳しい罰則を科していることで知られています。開成町は、今度の議会で遅ればせながら「きれいなまちをつくる条例」を提案しました。私の前任の町長さんが「安全・クリーンかいせい」運動を進め、住民参加で清掃活動をする取り組みが進んでいました。私が町長となり、もっと早い段階で、運動の成果を条例としてはっきりと明文化すればよかったのですが、ずい分遅れてしまいました。

 神奈川県内では、21の自治体がこの種の条例を制定しています。出遅れました。後追いですが頑張らないといけません。犬のふんの放置、落書き、歩きタバコの禁止などを盛り込みました。年に二回の水路の清掃活動であるかいせいクリーンデーへの参加も書き込みました。この種の条例を策定する時、いつも議論となるのは、罰則です。

 前科がつく刑事罰とするのか、それとも前科がつかない行政罰とするのかです。前者は、一万円以上が罰金、未満が科料、後者は、過料というように区別されています。議会でも、前科のつかない形で進めていくのが良いのではないかという意見が出ました。町の提案は、県内で15の自治体が刑事罰としていることを踏まえ、公共施設への落書きは5万円以下の罰金など、罰金を科すことを明記しました。

 町の提案が最終的には認められました。罰則がきついから町がきれいになるとも思いませんが、刑事罰が県内の標準になっている現状にならった形です。条例は、7月から施行されます。住民参加できれいな町をつくる活動を拡大することが不可欠です。まもなく水路の清掃活動もあります。落書きの防止キャンペーンもあります。率先垂範、私も含め役場の職員が頑張らないといけません。

 

2009年3月 5日 (木)

分権改革報告78

 4日、町議会の一般質問、2日目。午前中で、全て終わりました。あわせて11人の議員さんからの質問を受けました。論点が明快な質問が多く勉強になりました。町会議員は、一人ひとりがスタッフを抱えている訳ではありません。厳密な調査を行うことは難しいです。逆に、強みは、現場に近いことです。現場を知っている人の話しは、説得力があります。私は、現場の声をどう伝えるかに町会議員の存在の原点があると思います。

 しかし、地方分権改革が進みますと、町といえども独自の条例で町づくりを進める分野が多くなります。チェックするのは議会です。議会側から条例を提案することも増えると思います。こうなりますと法律的な知識や、国、県や他市町村の動向を把握することが不可欠です。この分野で議員活動を手助けするのは議会事務局となります。議会事務局の任務が、重くなることは確実です。

 午後、地方分権改革推進委員会がありました。会議の始めに猪瀬直樹委員が、大阪府の橋下知事や新潟県の泉田知事らが問題提起している国の直轄公共工事に対する地方の負担金の問題について意見を述べました。公共事業に一定の歯止めをかけるために地方側も一定割合の負担をすることは必要だという見解でした。この歯止めをなくし、全て国の負担で工事を行うようになると地方の陳情合戦になってしまう恐れがあると言われていました。

 私も意見を述べました。極めて苦しい財政事情の中で国の工事に負担金を支払わなくてはならない地方の事情は良くわかります。橋下知事らが国に対し臆せず問題提起されている姿勢は大いに評価いたします。しかし、国の直轄工事に対し地方の負担金を全てなくすことには、副作用があります。国の役割がどんどん大きくなり地方分権改革の流れに逆行するからです。

 台所が苦しいので、負担金を何とかして欲しいというのではなく、逆に国の直轄工事を丸ごと地方で実施できるような財源と人材を地方へ寄こせという動きをすることはできないのでしょうか。国土交通省の出先機関が行っている仕事であっても、財源と人材があれば、都道府県でも出来るはずです。丸ごと出先機関を飲み込んで見せるぐらいの迫力のある知事さんは、いないのでしょうか。この姿勢がありませんと国と地方の力関係を変えることは出来ません。今月、知事さんらから意見を伺う機会がありますので議論が楽しみです。

2009年3月 4日 (水)

議会開会

003  3日、夜から雪になりました。朝、瀬戸屋敷のかやぶき屋根に雪が積もりました。おひな様、寒そう。ひな祭りは、8日までです。

 町議会が始りました。いつもならば「3月定例議会」と書くところですが、今回は会期が9月30日までの212日間ですので、適当な言い方が見つかりません。開成町議会は、議会改革の一つとして一年中いつでも議会が開ける通年議会を目指しています。今年は、その試みとして3月から9月までの間を最初の議会開会期間としました。意欲的な取り組みだと思います。

 初日は、町政全般について質疑を行う一般質問です。初日は8人、二日目は3人が質問されます。ここでも開成町議会は、大きな改革に取り組みました。町長に対し逆質問をする権利を与えました。この話を聞いた時、正直ビックリしました。質問する議員に対し、疑問点を逆に問いただすことができるのですから、議員の皆さんにとっては、新たな重荷です。あえて、その方向を打ち出された姿勢に感服しました。

 初日は3人の方に逆質問をさせてもらいました。いずれも質問に引用した言葉の根拠を質問しました。ある議員さんが「町民の方から伺った話しです。」として河川の管理について質問をされました。これに対し私が「町民とはどのような人か?」と逆に聞きました。「支援者です。」と答えられました。更に私が、「本来ならばいつどこで誰から聞いた調査だという根拠を示すべきだ。」という趣旨の質問をしました。

 なぜこうした質問をしたかといいますと、自分の考えなのか、聞き取り調査の結果なのかが、ややあいまいだと感じ、明確にすべきだと思ったからです。このやり取りを傍聴していた新聞記者から、議員の質問を抑制してしまう懸念があると指摘を受けました。この記者は、私が「誰から聞いたのか。」と問いただしたことを具体的な人の名を明かせと受け取ったようです。それは違います。

 調査の相手が農家なのか市街地に住む町民なのか、男性なのか女性なのか、一人なのか複数なのか、調査の概要を知りたかったのが真意です。こうした根拠を聞くのは、私は、明確な答弁をする前提となると思います。しかし、妥当な逆質問かどうか判断するのは議会側です。逆質問は、議会の議論を活発にするための手段として取り入れたのだと思います。議員の自由な発言を制限することが無いよう最大限の配慮をするのは当然だと思います。

 

 

2009年3月 3日 (火)

変身

298  会議室の椅子。かなりくたびれてます。財政が厳しいことを象徴しているようです。1日、卒論に学ぶ会を主催した足柄の歴史再発見クラブの皆さんが、使用する会議室を椅子を見て、余りに哀れだと思われたようです。

297  メンバーの女性の方が、自宅でぼろを隠すカバーを作って来て下さいました。会員の奥様が更にお手伝いして下さいました。特急の座席みたいで高級感が出ました。ありがとうございます。真心がこもっていますので、座り心地も最高でした。

 2日、今年度最後の三役、部長会議がありました。平成21年度の大まかなスケジュールを話し合いました。私は、新年度は、新しい小学校の建設が全てといっても良いぐらいの年度だと強調しました。新たに小学校を建設するなどという機会は、もうありえません。広報やホームページを通じて可能な限り丁寧に途中経過を報告し町民全体で造るという雰囲気を盛り上げていくべきです。

 卒論を学ぶ会で、学校建設で、地面を掘る時は、地層を調査してもらいたいと要請されました。富士山の大噴火後の洪水によって上流から流された火山の砂の層がどうなっているか興味があるとのことでした。小学生達も一緒に調査すれば、理科の勉強にも歴史の勉強にもなります。新年度、是非、実施したいです。

2009年3月 2日 (月)

卒論に学ぶ

294  1日、大学生の卒業論文に学ぶ会がありました。足柄や小田原を題材に、仏教大学、日本大学、東京電機大学の学生と若手OBが、地理、地質、コンピューターの三つの分野から発表しました。新鮮でした。

  酒匂川は、かつて暴れ川。流れは今と違います。明治時代の地図、戦後アメリカ軍が撮影した空中写真などを丹念に読み取り、かつての川の道を探りました。すると、地図上に小さな池が残っているのを発見しました。酒匂川の氾らんで水が残り池が出来たのだと推測されます。現在は、開発されてなくなってしまっていますが、かつての地形を知ることは防災上も大切です。

 295おととし瀬戸屋敷の裏庭を掘りました。1707年の富士山の宝永大噴火の砂の層もありました。しかし、その層は、直接の噴火の砂ではなく、洪水によって上流から流されてきた砂の層であることがわかりました。その層の上に耕作に使ったと見られる土の層があります。屋敷内で耕していたとの推測も成り立ちます。しかし、花粉の量が少ないことから、よそから持ち込んだ土の可能性が高いとのことでした。

 コンピュータ技術を使いますと過去の歴史を写真として再現するのが容易になります。足柄の古道に関する地形や建物、土地の利用状況などの各種の情報をコンピューターに取り込みます。情報データの入力には、人工衛星を使った位置の測定システムであるGPSを活用します。ある地点をクリックしますとその場所の様々なデータが出てきます。観光や防災の情報に活用できると思いました。

296  更に一歩進めますと。氾濫の様子などをアニメーションとして再現することが可能です。氾濫のときの様子を示した古地図を現代地図に重ね合わせていきます。そして、現代の三次元の立体的な地図を重ねて行きます。更に、洪水のシミレーションを行いアニメーションとして再現します。映像が流れ出しますと、一同、画面に釘付けとなりました。終わった時、拍手でした。

 学生の皆さんのみずみずしい発想に、これまでの歴史的な知見が加わることで、新たな学問の可能性が広がるような感じを持ちました。理科系と文科系の学問が垣根を越えて協力し合って歴史を再現することも素晴らしいです。何よりもこうした催しを開催した「足柄の歴史再発見クラブ」の顧問の大脇良夫さんと井上三男さんの熱意に感服しました。

2009年3月 1日 (日)

写真日記

288 28日、瀬戸屋敷に出かけました。ひな祭り賑やかでした。駐車場で阿波踊りを踊っていました。食事をされている方やバスを待っていられるお客さんに楽しんでいただこうとのことでした。

289  足柄地域1市5町で行っているフィルムコミッションの催しが中井町でありました。「おくりびと」のアカデミー賞受賞。足柄を題材にした映画が世界的な賞を…。夢ですね。

290  開成町の遺族会の総会がありました。東南アジアで戦争を体験した88歳の方の講演がありました。実際の体験をうかがえる機会はどんどん減っています。貴重な取り組みだと敬服しました。

291  酒匂川流域の住民によるネットワーク会議の催しが小田原市でありました。小田原市の鳥は、渡り鳥のコアジサシ。最近、天敵が出現。保護が大変のようです。相手は、山の鳥です。

292  松田町の早咲き桜。全国ブランドになりました。県の幹部や近隣市町の首長さんらの観賞会がありました。今年は、花の咲きが早いです。既に葉が出ているところもありましたがきれいでした。

293_2  吉田島駐在所の福井幸二さんの送別会がありました。いくつも送別会が行われました。これが最後の会です。「開成町が第一のふるさとです!」。福井さんのお別れの言葉でした。

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