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2008年4月30日 (水)

グローバル

 29日、個人的な会合があり、あいさつする機会がありました。グローバル時代について話しました。グローバルなどというと大げさに聞こえますが、私たちの地域の様子や暮らしを大きく変えています。おととい、箱根湯本から小田急線に乗りました。隣に若いカップルが座りました。顔立ちから日本人だと思いました。話している言葉は、中国語でした。こうした体験は、もはや日常茶飯事です。

 富士フイルムが開成町に先進研究所を開設しました。世界中を相手に企業として生き抜くためには、研究開発に力を集中するしかないという判断です。通常の製品作りは、土地や人件費の安い地域で作った方が有利です。台湾や中国、最近ではインドが世界の工場となっています。

 世界中を視野に入れて経済活動が行われますと、研究開発は、残るでしょうが、通常の仕事が少なくなります。働く場が失われていきます。ワーキングプアが生まれます。少数の勝ち組と多くの負け組が出てきます。どうしたって政情不安になります。社会保障のあり方が焦点となります。もう一つ、安い農産物の輸入によって、農業が揺さぶられます。

 極めて困難な時代に直面しています。昨年の参議院選挙以来の政治は、この困難さに対してどう対応すべきかが見出せないことを示しています。私たち地方自治体もこの渦に飲み込まれそうです。すぐに、できることは、少なくとも近隣市町、根本から連携の仕方を改めることです。究極の姿は合併です。地域の個性を活かしつつというのならば、強固な広域連合です。

2008年4月29日 (火)

意見交換

 28日、神奈川県教育委員会に出向き、教育長さんらと、ざっくばらんに意見交換しました。先の地方分権改革推進委員会で、公立の小中学校の先生の人事権や財源を市町村に移したらどうかという議論をしました。神奈川県としては、どのような考えを持っているのか伺いました。

 神奈川県は、いささか特別な仕組みになっています。横浜、川崎という巨大都市があります。人事権を持っていますが、財政は、国と神奈川県が負担しています。その他の市町村は、人事権は、神奈川県、財政は、国と神奈川県となっています。人事権があるところが財源を持っているのが望ましいことは間違いありません。独自の人事の仕組みを作れば、給与にも反映するからです。財源がなければ自由に出来ません。

 ただ、困った問題も生じます。仮に全ての市町村に財源を移し、人事も行うとなりますと、小さな町や市では事務をやり切れませんし、大都市に先生が流れ、先生の採用が難しくなります。もし、採用を含めて人事権を移すとなりますと、市町村の枠を超えて一定の範囲で共同で行う必要が出てきます。

 神奈川県の場合、横浜市と川崎市は、既に先生の採用とその後の人事を行っているのですから、まず、きちんと財源を移していくことから始める必要があります。それと、もう一つ、もし可能ならば、モデル的に、一定の広域の範囲に、先生の採用を含めて人事権を移してみて、特色ある人材確保に挑戦する地域を募ってみるという案も考えられます。

 時代の価値観は変わってきています。横浜や鎌倉といった名前が通った都市ではなく、足柄地域のような自然環境が豊かな地域で教師をやってみたいという人材もいるはずです。もし、採用予定数を確保できない場合、県が手当てを考えてくれるなどの後押しがあれば挑戦する価値があるのではないかと思いました。

2008年4月28日 (月)

袋小路

 27日の衆議院山口2区の補欠選挙で民主党が勝ちました。昨年夏の参議院選挙で示された民意が依然として根強いことがはっきり示されました。昨年夏は、年金問題、都市と地方の格差でした。今度は、道路と高齢者医療制度が加わりました。安倍前総理のお膝元、保守王国と言われる山口での敗戦です。影響は、無視できる訳がありません。

 局地戦は、一般的には、大きな方が有利です。勢力を集中できるからです。しかし、今回の選挙結果は、そうした一般論を跳ね返してしまいました。政局の先行きが見えなくなりました。道路の暫定税率は、既定方針に沿って復活させるということです。しかし、選挙で示された民意とは逆の苦しい選択です。後期高齢者医療の方は、2年かけて準備してきた制度だけに一朝一夕に変更できません。批判は止みません。

 小泉元総理が推し進めてきた構造改革路線の軌道修正を抜本的に図るかどうか。これが焦点となったと思います。国も地方も台所は火の車です。財政をこれ以上悪化させることは難しいです。借金をして将来につけを回すことも避けなくてはなりません。でも、民意は、今の生活の苦境への手当てを強く求めています。袋小路に入り込んでしまいました。

 私たち、地方自治体も国の政治の動きに振り回されています。予定していた道路財源が当てにならなくなったかと思ったら、復活しそうです。懸命に説明を積み重ねていた後期高齢者医療制度は、導入したとたんに見直し論です。こうなりますと、開き直って、事態に対処するしかありません。ただし、国の政治の混乱のつけを支払わされるのは断固として避けるよう主張します。

2008年4月27日 (日)

連休

 ゴールデンウィークが始まりました。連休の谷間に休みを取れば、最大で11連休となります。開成町役場でも、できる限り、この時期に連続して休みを取るよう進めています。私は、30日、お休みにしました。

 Photo 小田原城を取り囲む木立、新緑です。26日、広場で、メーデーがありました。このところ毎年、連休の間の5月1日ではなく連休の最初の日に行われています。これも、連続して休みを取りやすいよう配慮だと思います。

 町の体育協会の総会がありました。陸上、野球、バレーボール。様々なスポーツ種目を近隣の1市5町で競っています。一年のスポーツの始まりは、1月3日に行われる1市5町を回る駅伝です。もう一歩、成績を上げて下さいとお願いしました。

0005_2  足柄の歴史再発見クラブの集まりがありました。既にお伝えしたように、文命堤を造り富士山の大噴火後の水害を克服した物語、演劇となります。来年の2月の公演に向けて、動き出します。まずは、参加者を募るようです。クラブも全面協力です。

 続いて次の活動目標も決まりました。明治時代の初期に全国の各地域の地理を記述した「皇国地誌」に挑戦します。足柄地域の部分を一般の方にも読みやすいように解説を付けて出版を目指します。足元の地域を見つめ直す、素材を提供したいとのことでした。素晴らしいとしか言いようがありません。

2008年4月26日 (土)

分権改革報告45

039  25日、女優の藤田弓子さんが役場に来られました。足柄の歴史再発見クラブの皆さんが始められた、富士山の宝永大噴火とその後の洪水を克服した歴史の検証、ついに演劇となります。藤田弓子さんの劇団が演じてくださいます。来年2月の予定です。

 Dsc_7128 残念ながら藤田さんは、別の日程が入ってしまっていて出演できません。ただ、演劇指導は、しますとのことでした。南足柄市や開成町の大人や子ども達に参加を呼びかけるとの事です。楽しみです。この企画の立役者は、足柄の歴史再発見クラブの前の会長の大脇良夫さん。それと文化庁の全面的な後援を取り付けてくれた開成町教育長の松浦晃幸さん。ところで、2人とも島根県のご出身です。

 老人クラブ連合会の総会がありました。通常の総会の後、「第二の成人式」が行われました。65歳からが、人生充実の時と位置づけて、節目の式典を行いました。私は、地方分権改革推進委員会があったため、冒頭、あいさつを済まし、失礼させていただきました。厚生労働省の発表によりますと開成町の女性の寿命は87.7歳で全国ランキングで10位でした。

 環境省と文部科学省との意見交換でした。環境省からは、前向きの回答がありました。大気汚染の関連の規制権限の一部を人口20万人以上の都市に移すようにしたいとのことでした。廃棄物の処理施設を建設する際の交付金の手続きの簡素化も図ると明言されました。地方に出来ることは地方に任せて、地球温暖化問題を始め、成果レベルの課題に力を集中していただきたいです。

 文部科学省は、これまでの考え方を変えませんでした。市町村立小中学校の教職員の人事と人件費負担は、都道府県です。横浜や川崎といった巨大都市は、人事権だけあります。実際に教育を実施している市町村が人事も財政も担うのが筋だと思います。いきなり全て改革はできませんので、既に人事権のある巨大都市に財源も移すのは自然の流れです。芳しい答えは返ってきませんでした。

2008年4月25日 (金)

権限移譲(けんげんいじょう)

 24日、東京・永田町にある全国町村会にでかけ、事務方のトップの総長と意見交換しました。平成11年には、2562あった町村は、現在は、1001。激減です。平成の大合併と言われる通りです。

 地方分権改革推進委員会では、都道府県の持っている権限を、市町村に移すことを進める方針です。住民生活に身近な行政を担っている市町村が力を発揮しやすくしようという考え方です。方向としては、正しいと思います。ただ、権限を移されても、遂行できる能力がないというのでは困りますので、ある程度ラインを引かなくてはなりません。

 地方分権改革推進委員会のたたき台では、「市」か「町村」かで分けることになっています。「町村」は、一人前ではないという評価とも受け取れます。昨日の意見交換でも、町村から不満が出る恐れがあるということでした。それに、かなり大きな「町村」もありますし、小さな「市」もあります。「市」か「町村」かだけでラインを引くのは課題も残ります。

 悩ましい問題です。本音と建前が入り乱れます。一人前ではないと言われるのはしゃくに障りますが、かといっても、出来もしない仕事を引き受けるのには無理があります。解決の方向は、「町村」も、枠組みを拡大して、権限を担えるようにするしかないと思います。市町村合併だけではありません。広域行政を強化する道だってあります。直面する大きな問題に浮上しました。

2008年4月24日 (木)

分権改革報告44

 23日、地方分権改革推進委員会がありました。まず、農林水産省との意見交換でした。いささかうんざりしてきました。議論は、全く平行線。農林水産省は、農地や農業委員会に関する全ての仕組みを堅持することを主張しています。議論の余地がありません。

 2ヘクタール以上の農地の転用は、国が関与しなくては、荒れる一方だとのかたくなな姿勢です。地域によって実情に差があります。農業委員だって地域によって、重要度は差があるはずです。もう少し柔軟な対応が取れないものでしょうか。

 都道府県から市町村への権限委譲を推進する方針案が示されました。静岡県、広島県が進んでいます。農地も含めて土地の利用関係の権限をどうするかが論議のポイントの一つです。論点を整理した西尾勝委員は、一番身近な市町村で開発と保全両方の権限を持つのが原則であると述べています。

 猪瀬直樹委員より、政治の焦点の一つとなっている道路特定財源のあり方に関連して、地方への税源移譲を進めるべきだとの視点から論議を進めたらどうかと意見が出されました。大賛成だと述べました。地方が財源確保に四苦八苦しているのに特定財源を使って無駄遣いが明るみに出ました。許せません。

2008年4月23日 (水)

報告書

  「思わずこみ上げてくるものがあった。」、報告書の冒頭の言葉です。南足柄市の課長0004_2さんの文章です。お役所言葉とは全く違って実感がこもっていました。昨年10月、神奈川県の保健福祉事務所と1市5町がボランティアの皆さんと一緒になって、認知症の高齢者をキャンプに招待しました。「あしがらシニアキャンプ」と名づけられました。

 認知症の高齢者の参加は、17人。家族が3人。支えるスタッフとボランティアが130人。一泊二日。事前に5日間、ボランティアのための講座を開催しました。認知症の高齢者の方をキャンプに招くことの大変さがわかります。どうしても徘徊してしまう方がいるので、交代で当番をしました。もちろん徹夜です。取り組みの中に「お化粧」とありました。美しくなることは、人を元気にするようです。資生堂の名誉会長の福原義春さんが自伝の中で化粧品会社は、美しく年をとることに貢献できると書かれていたのを思い出しました。お化粧力ですね。

 充実した内容の報告書に感服しました。参加した認知症の高齢者にとっても貴重な体験でしたが、支えた側の皆さんも、強い印象を心に刻み込みました。恥ずかしいことですが、私は、開成町の担当者から報告書を見せてもらうまで、このようなキャンプがあったことを知りませんでした。今年は、社会福祉協議会とも連携を取って日帰りで実施することを検討しているとのことでした。応援します。

 

2008年4月22日 (火)

会議・総会・懇親会

 21日、平成20年度最初の課長会議がありました。開催場所が変わりました。4月の人事異動で車椅子の課長が誕生しました。役場の本庁舎は、残念なことにエレベーターがありません。隣接する町民センターには、ありますので、そちらの方にしました。障害があっても社会参加できるようにするためには設備が大切なことを痛感しました。

 75歳以上の後期高齢者の新たな保険制度について担当課長より報告がありました。一日5件ほど電話相談はあるものの平穏に推移しているということでした。今年になって個別の相談会を実施し、100人ほどが見えられたとのことでした。きめ細かに対応したことで理解が深まったと思います。ただ、国の方の動きがどうなるのでしょうか。混乱は、避けて欲しいと願っています。

 様々な文化サークルで作っている文化団体連絡協議会の総会がありました。団体数は増えています。自由な時間を持てる世代の人の人数が増えているせいだと思います。趣味と言ってしまえばそれまでですが、このような活動の場は、人生を豊かにするためには欠かせません。それぞれのサークルで、町の花、あじさいにこだわったら、どんな作品ができるか考えて欲しいとお願いしました。

 夜、学校の先生や教育委員会の歓送迎会がありました。町では二つの大きな課題があるとあいさつしました。もちろん、一つは、新しい小学校の建設です。大変な課題ですけれどもこの時期に学校を建てられることは幸せなことなので、頑張りたいと述べました。もう一つは、お願いでした。文部科学省から派遣された課長は、31歳で独身。お嫁さん募集中とPRしました。笑いは起きましたが、具体的な提案は、ありませんでした。

2008年4月21日 (月)

パレット

 038  花が咲き誇り、木立には新緑。色彩豊かな季節となりました。20日、開成駅前のマンションの自治会で総会がありました。パレットガーデンという名前の自治会です。パレットは色彩という意味ですので、今の季節にぴったりです。昨年は結成総会でしたので、通常の総会としては最初です。

 自治会は、イザという時に助け合うことが一番大切です。防災が根っこになります。前足柄消防組合の消防長さんが開成町に危機管理担当参事として派遣されています。大いに活用して欲しいとお願いしました。

0003 あいさつの後、直ぐに失礼させてもらいました。祖父の33回忌のためです。出席された皆さんに一枚の写真を紹介しました。1936年(昭和11年)7月の古い写真です。足柄平野の水田に水をもたらしている文命用水の完成記念式典の写真です。その中に私の祖父が写っているのを発見しました。50歳ぐらいの時です。

 足柄の歴史再発見クラブの皆さんが小学生向けの副読本「富士山と酒匂川」を作成している時のことでした。偶然、写真が見つかりました。1923年(大正12年)の関東大震災で農業用水がめちゃめちゃになりました。小さな発電所と合わせて農業用水路を新たに造ることになりました。文命用水と名づけられました。災害を乗り越えた労苦に思いを馳せました。

2008年4月20日 (日)

連協会

004  19日、阿波踊りの連協会の総会がありました。阿波踊りでは、踊りを踊るひとかたまりのことを連と言います。自治会単位の連が中心です。これが開成町の最大の特色です。21年前に始まりました。自治会活動の一環として、後押ししたことにより自治会単位の連が育ちました。

005  9月のお祭りとして徐々に知られるようになってきました。技量が上がってきたのは間違いありません。問題は、踊り手がなかなか確保できないことです。自治会単位の連ですので、自治会の大小の影響があります。特に子供の数の差はかなりあります。リーダーの皆さん、若い世代を育てていかないと先行きが心配だと危機感を持っています。

 006 小学校で阿波踊りをもっと取り入れてもらおうと動き出しました。阿波踊りは、かっこいい、楽しいと思ってもらえる体験の機会を増やしたいと連協会では考えています。本場、徳島では、子供の時から、阿波踊りのリズムが身体に染み付いているとのことです。そこまで行かなくても、若い時代に阿波踊りに慣れ親しむのは、祭りを盛んにするための長期戦略として、極めて大切です。

 

2008年4月19日 (土)

長寿医療

 0002_2 18日、民生委員の皆さんが、一人暮らしのお年寄りに手づくりの「ほほえみ弁当」を届ける日です。私も一緒にいただきました。民生委員の方から「75歳以上のお年寄りの保険制度、開成町でも問い合わせが相次いでいるのですか。」と聞かれました。「多少は、相談に来られる方はいられますが、平穏です。」と答えました。

 開成町にお住まいの75歳以上の方は、およそ1100人。新しい医療保険制度を担当する課が中心となって昨年から今年2月まで25回、説明会を積み重ねました。延べ人数で588人が参加されました。対象者全てにパンフレットを郵送したり、個人向けの相談日を設けたりして対応しました。

 舛添厚生労働大臣、「国の説明不足だった。」とあっさり言われます。確かに、国の対応は、遅れ気味でした。それでも、市町村の現場は、高齢者に理解をしてもらわなくてはならないと努力してきました。この事実をもっと知っていただきたいです。批判が高まってくると慌てて、制度の通称を「長寿医療制度」に変えました。看板を変えても中身は一緒です。

 どうしても医療費が増えてこざるを得ない75歳以上の高齢者の皆さまを分離したことが高齢者いじめであると言われるむきがあります。もし仮に高齢者の皆さんの医療費を無料にした場合は、その他の世代の皆さんが結果として負担することになります。これでは、不公平です。世代間のバランスをとったものです。しかも、これから高齢者の数は増えてきます。改革の方向は止む得ないと思います。

 制度の導入は、2年前に決まっていました。都道府県単位で市町村全てが加入する連合体を作って保険の運営をしています。コンピュータシステムを作るのに莫大な経費がかかっています。ここにきて批判が高まったので、制度を白紙に戻すなどの意見が出ています。市町村の現場を全く無視しているとあ然とします。今、この国の政治は、おかしくなっています。

2008年4月18日 (金)

分権改革報告43

 17日、地方分権改革推進委員会がありました。保育や生活保護などがテーマでした。中央省庁の局長級の方が説明者となりました。保育関連について説明に当たったのは、この分野では著名な厚生労働省の女性の方でした。国が保育の充実を図らなくてはならないとの気持ちを控えめに示しながら、説明が続きました。長すぎます。「聞いてられない。」とはっきり苦言を呈しました。どう受け止められたかはわかりませんが、一瞬、場の雰囲気が変わりました。

 保育所の設置基準は、昭和23年以来見直しがされてきませんでした。地域によって社会経済環境が余りに違いすぎます。全国一律の基準を改めて地方の実情に沿った形に直したらどうかというのが委員会からの提案です。国の方は、あくまでも最低基準を示しているということで話しが平行線です。ただ、最低基準のあり方について検討する委員会が設けられました。その動きを参考にしつつ勧告案がまとめられると思います。

 生活保護をめぐっては国と地方が立場を逆転させます。国の方が、生活保護は、地域によって差があるのだから地方が福祉政策と連携して実施すべきだと主張します。地方は、生活保護こそ国が守らなくてはならない最低限の施策であり、実施の主体は、国にあると反論してきました。生活保護をめぐる法制度も、60年近く見直されていません。取り巻く環境は激変しています。根本改革の時期であることは間違いありません。

 国と地方、どちらが責任を負うのかです。財政負担とも密接に絡みます。委員会では、内容によって国と地方の責任分野を明確に分けて根本改革の論議の場を設けようと主張しています。昨日、出席された厚生労働省の担当局長の説明では、議論はやぶさかではないが、国が高い割合で財政補助している仕組みをかたくなに変えないというのでは困ると述べました。微妙なところです。仕事も財政負担も増すというのでは上手く行きません。私は、議論の場を設ける前に、地方としての明確な意思統一が必要だと思います。

 生活保護の担当局長さんは、言葉の端々から精通しているのはこちらの方だという自負が感じ取れました。時折、「賢明な首長様方」などといういやみに聞こえる表現を織り交ぜながらの説明でした。途中、町村は、生活保護事務を担当していないことに関連して、他の福祉は、担当範囲を広げてきたのだから、生活保護も検討すべきだと受け取れる発言をされました。私には、町村の現状を批判したと感じ取りました。「国に言われる筋合いはない。」と反発しました。「町村が、福祉を担うようになってきたという事実を述べたまでだ。」と官僚らしい返答が返ってきました。

2008年4月17日 (木)

台本

0001  16日、消費者の会の総会がありました。59人の会員。「ティータイム」でも紹介しましたが、2月に行われた環境講演会で会長さんが、活動の中身を発表されました。買い物袋の持参運動、残った食用油の回収、悪徳商法への啓発。多彩な活動を行っていられます。

 会員の皆さんの寸劇が好評です。食べ物の安全に注意したり、過剰包装を防いだり、悪徳商法に引っかからないようキャンペーンを行っています。ちょっとした劇団です。神奈川県と農林水産省の主催で先月行われた講演会では、食品の安全を寸劇を通じて呼びかけました。

 私も何本か台本を提供しています。昨日の総会で新作を会長さんに渡しました。「振り込め詐欺」に合わないよう、注意を促す内容です。北海道の銘菓「白い恋人」。美味しいですが、賞味期限で問題になりました。お菓子を食べ過ぎるとこうなるという女性漫才コンビ、「メタボな恋人」が登場。かけあいで、詐欺に合わないよう、導いていきます。上演が待ち遠しいです。

 福田総理も消費者の立場に立った行政が立ち遅れていると言っています。厚生労働省、農林水産省、経済産業省。タテ割りです。一元化していく方向を打ち出しました。こうした大きな国の改革も重要です。一方で、開成町の消費者の会のように小さいけれども着実な活動を続けていくことも負けずと大切です。

2008年4月16日 (水)

里親

 15日、あじさい祭り実行委員会がありました。期間は、6月7日から15日と決まっています。事前の最後の委員会です。21回目、来園者を迎えるアーチを新しくします。町民からのご寄付で実施します。ありがとうございました。

 商工振興会の工業部会のご協力で、人工の虹を作ります。ポンプで散水し、太陽の光が当たると虹が出ます。既に実験をしました。晴れれば美しい虹が見られます。近隣の高校生による音楽やダンス。昨年特別イベントとして行い好評でした。今年も実施します。

 新たな住民参加の仕組みを作りました。あじさいの里親制度です。賑わう通りのあじさいの管理を住民に任せる取り組みです。既に、保育園、幼稚園、小学校、中学校、それと地元の農林高校から参加の申し出があります。

 企業や団体、個人からも来ています。プレートを設置して自分達が管理していることを示してもらいます。せん定ばさみなど管理に必要な備品は町で用意します。初年度の目標は、200メートル。160メートルほどになっているとのことでした。参加者募集中です。

 

2008年4月15日 (火)

枠組み

 14日、小田原市と足柄上地域1市5町による広域連携の会議が小田原市でありました。ほぼ、酒匂川の流域のエリアです。各地域の花の名所を回るツアー、酒匂川の河川沿いを小学生が走る駅伝大会を実施しています。いずれも好評です。更に参加者を広げることにしています。

 広域連携の枠組みは、多種多様です。開成町の場合、ごみ処理は、山北町と2町。介護保険の審査、特別養護老人ホームの運営は、足柄上郡5町。消防とし尿の処理は、1市5町。現在計画中の斎場は、2市5町。そして、一番大きな広域圏は2市8町です。

 広域行政を効率的に展開する必要があります。統合を図っていくべきです。試金石は、消防を2市8町に拡大していく課題だと思います。限られた財政資金を有効に活用し、消防力を上げるためには、広域化は避けて通れないと思います。

037  町民の方からご寄付をいただきました。このところ毎年100万円の寄付をして下さっています。教育関連に充てて欲しいとのことでした。教育長さんの話ですと、図書室の改修に使わせていただく予定とのことでした。助かります。ありがとうございました。

2008年4月14日 (月)

消防団

 13日、新しく消防団に入った団員に対して敬礼などの礼式を指導する消防大会がありました。開成町の消防団員の定数は、108人。現状は、団員が定数に達していません。加入を呼びかけているところです。

032  サラリーマンが多く、勤務地も遠くなって、確保が年々難しくなっているのが実情です。そうした中、消防団員の確保に協力して下さっている企業に対して「協力事業者章」を渡すことになりました。明治ゴム化成と、日本製紙クレシアの2社です。

 033 いずれも開成町が1950年代の後半高度成長時代の直前、企業誘致を進めた時期に進出してきた企業です。協力章を渡す仕組みは、国の方で昨年創設したものです。開成町として、早速、活用しました。

 午後、国鉄とJR東日本のOB会の開成支部大会があり、招かれました。あいさつで「民間企業となって20年以上が過ぎ、国鉄という名前を知らない人が増えています。国鉄時代の様子はどうだったのか歴史をまとめる取り組みを期待したいです。」と述べました。

 1889年(明治22年)、旧東海道本線が、国府津から御殿場経由の箱根山を避ける迂回ルートで開通しました。松田や山北は一挙に発展しました。昭和になり、箱根山を抜くトンネルが出来て、ルートが変わりました。かつての繁栄はなくなったとはいえ、鉄道と縁が深い地域であることには変わりありません。往時を知る皆さんの声をまとめていただきたいものです。

2008年4月13日 (日)

校名

 新しい方学校の名前を考える時期になりました。教育委員会では、公募を募る準備を進めています。「開成」という素晴らしい名前があります。この名前を超える案が出てくるかどうかわくわくします。

 開成の名前が登場するのは、1882年(明治15年)のことです。現在の小学校の走りの学校として生まれました。開成小学校となったのは、小学校令が交付された後、1892年(明治25年)のことです。正式には、尋常高等開成小学校と呼ばれました。

 どこから「開成」という名前が出てきたのでしょうか。判っていません。語源は、明らかです。中国の儒教の古典、「易経」から取りました。物(人間の知識)を開いて、務めを成すという意味です。学ぶ場に相応しい名前です。

 私の全くの推測です。開成町の前身、酒田村の初代村長さんは、下山万之助さんという方で、福沢諭吉とも交流があった方です。西洋の学術文化を紹介する拠点として明治政府は、東京開成学校を造っています。後の東京大学です。

 下山さんは、このあたりの動きを福沢諭吉との交流を通じて知り、「開成」という名前を小学校の名前に付けようと思い立ったのではないでしょうか。真相は、謎です。小学校の名前は、1955年(昭和30年)に町の名前となりました。

 新小学校は、開成町の南部地域のシンボルとなる建物です。南部地域は、全く新しい街づくりがこれから進むところです。建物のデザインも気になりますが、どんな名前の小学校になるのかも街づくりにとっては、注目です。教育委員会から公募のお知らせが間もなく発表されます。どんどん応募して下さい。

2008年4月12日 (土)

地産地消

 029 11日、小田原市の郊外に大きな地場産の店ができました。事業費2億2千万円。敷地は、4367平方メートル。農協が建てました。神奈川県で寒川、秦野に続いて三件目の店です。324人の農家の皆さんが、採れたての農産物を販売します。小田原市の農家の方が234人と圧倒的ですが、開成町の方も8人参加しています。

030  来賓の方が、「天・地・人」の話しをされていました。今まさに天の時が来ています。農産物の安全性について関心が高まっています。地元の安全な農作物を提供するにはもってこいです。小田原は便利ですので地の利は十分です。後は、人の輪。農家の方がこれから拡大していくことが期待されます。

 こうした大規模な地場産の店も地元の農業の振興のためには大切ですが、一方でもっと地元に密着した小さな店も必要です。開成町では、名前が通ってきた瀬戸屋敷の隣にある倉庫を活用して地場産の店を整備します。オープンした農協の店とは比べ物になりませんが、小さな農家の販売場所として大きな役割があります。盛んにしたいです。

 031 中小の自営業者などが作っている納税団体、青色申告会の皆さんからAEDを寄付いただきました。心臓が止まってしまった時に電気ショックを与える装置です。音声に従って操作できるようになり普及し出しています。ちょうど配備しようと思っていたところで助かりました。瀬戸屋敷に置きます。

2008年4月11日 (金)

婦人会

028  10日、婦人会の総会がありました。あじさい祭りや文化祭。様々な町の行事に積極参加。大変に感謝しています。そして瀬戸屋敷でのひな祭りは、婦人会が中心となって切り盛りしました。3万8千人が来場され、大イベントに成長しました。

 私もあいさつで婦人会の勢いについて触れました。「会長さん、勢いが良すぎて瀬戸屋敷の池に落ちてけがをされました。瀬戸屋敷で池や川に落ちるのは大物ばかりです。会長さんの前には富士フィルムの社長さんが水路に落ちました。」会長さんを私が落としたという、うわさがあるということです。こちらの方は「持ち上げられません。」と否定しました。

0001_2  冗談は、さておき、婦人会は町づくりのパートナーとして欠かせない集団です。以前は、町のほうからお願いして行事をやっていただくという流れでした。しかし、ひ な祭りは、完全に立場が逆転しました。運営の中心として振舞える力量があることが、はっきりしました。

 これからは、婦人会として独自に販売できる物産を開発して、自主財源の確保に努めていただきたいと思います。婦人会として新しい事業へと結びつけて欲しいです。ひな祭りの盛況振りを見ていますと、十二分に可能だと思います。ニュー婦人会に期待します。

2008年4月10日 (木)

入園

027  9日、春らしい暖かな天気になりました。開成幼稚園の入園式が行われました。入園する幼児は、81人。前日の春の嵐で一日、延期になったためか、父兄の方の出席が少なかったです。お勤めの関係で、二日続けては、休みが取れなかったのではないかと思います。

 園長先生が、入園式が延びたことを詫びていました。私は、「園長先生が悪いのではなくて、町長の方から、是非とも安全を最優先に考えてくださいと教育委員会にお願いしました。」と述べました。天気が良くなったことで許してもらうしかありません。ごめんなさい。

 平成20年度最初の自治会長会議がありました。「自治基本条例、施行元年」と位置づけて町づくりに取り組みたいとあいさつしました。自治会の皆さんには、イザという時に助け合える地域を創ることに原点において欲しいと改めてお願いしました。

 足柄消防組合の前消防長が交流人事で開成町に派遣されています。自治会で防災研修を行う際には、是非、参事を招いて欲しいと要請しました。消防長の実体験を聞いて、自治会の防災力を高めて欲しいと思います。

2008年4月 9日 (水)

 8日早朝、雷がなっていました。強風、時折、横なぐりの雨。早めに家を出ました。午前7時43分に大雨洪水警報、発令。幹部職員は直ちに登庁し、警戒態勢に入ります。役場が始る前、8時25分に会議を開催しました。

 4月1日より防災担当参事として前の足柄消防組合の消防長を招いています。早速、活躍してもらいました。そこで、困ったのが、幼稚園の入園式をどうするかです。既に、会場に集まっているということでした。

 警報発令中は、厳戒態勢です。原則に沿って延期にしました。楽しみにしていたと思います。本当に忍びないのですが、安全のためということで、勘弁してもらうしかありません。今日、入園式となります。

 天候は、昼過ぎにはだいぶ収まりました。警報は、発令中でしたので、地方分権改革推進委員会への出席も取り止めました。中央省庁から地方への権限の委譲について解答が出されたようです。報道によりますとゼロ回答ということです。委員会の方も、これから荒れ模様になりそうです。

2008年4月 8日 (火)

入学

032  7日、小・中学校で入学式がありました。父兄の皆さんもたくさん参加されていました。最初に出かけた中学校では、式が始る前に新しい先生の紹介がありました。その中で、ある若い先生が「隣の南足柄市に住んでいますが、開成町のことは余り知りません。」と自己紹介していました。

 式が始り、私の挨拶の番になりました。「昭和22年、中学校が出来た時、南足柄市の子ども達も通っていたことをしっていますか?」と聞きました。返事はありませんでした。三つの村で中学校を設立することになりました。三つの村を流れる農業用水の名前「文命用水」から中学校の名前を付けました。その後、南足柄の子ども達は、学区の変更があって文命中学から転校していきました。新任の若い先生の一言から、ちょっとした歴史の話ができました。

 続いて、小学校です。186人の新入生。生徒数は、1064人。校長先生からは、来年度までは、対応できますが、次の年度は、教室が不足しますと言われています。平成22年度の新小学校の開設はどうしても実現しなくてはなりません。

 午後、小学校建設に向けて役場内の打ち合わせがありました。二つ大きな論点があります。新しい学校の名前をどうするか。まず、今月中旬から2ヶ月程度公募してアイデアを募ることから始めます。新しい学校のデザインです。新しい街をこれから創りだす区域の学校です。学校のデザインによって街の印象が変わります。

 2階建てとする方向です。既に広い用地を確保してもらっていました。だからこそ出来る設計です。安全上も望ましいことは言うまでもありません。教育長さんは「日本一と言われる学校を建てたい。」と決意を述べられています。どのような案が出てくるか楽しみです。

2008年4月 7日 (月)

続々・桜

028  6日、下延沢(しものぶさわ)自治会のお花見会に招かれました。個人の自宅の庭をお借りしています。桜は、そのお宅で長男が誕生したことを記念して植えました。その方も50歳を超えました。見事な花を毎年咲かせています。

 029 自治会の福祉部の皆さんが手作りの料理を作り、お年寄りを招待します。ゲームなどを楽しみます。笑顔が弾けます。文部科学省から招いた教育長さん、下延沢自治会に一人で住んでいられます。一緒に参加させてもらいました。

 030 「自宅のある東京では、このような催しは考えられない。」と話していられました。自治会が中心となって、お互い助け合うことができること。土地やお金のように、はっきりと目に見えませんが、かけがえのない財産です。町を支える原動力の一つです。

 南足柄市で消防の広域化の講演会がありました。長野県松本地域の事例を勉強しました。43万人で一つの区域とするよう拡大しました。3市1町5村です。私たちが目指しているのは、県西部の2市8町、36万人。参考になりました。

2008年4月 6日 (日)

続・桜

001  5日、山北町の桜祭りに出かけました。JR山北駅の線路の土手に薄いピンクのトンネルが出来ます。ソメイヨシノの名所です。桜は、還暦を迎えているということです。古木の仲間ですが、まだまだ美しさは衰えていません。

 003 線路が走っているところは、元々は川でした。宝永4年(1707年)の富士山大噴火のよって砂が降り注ぎました。川にも砂が流れ込みました。当時の山北の村人は、川の流れを変えることによって、村を復興させました。大変な苦難を克服されました。噴火から2年後のことでした。

 開成町で最も人口が増えている下島自治会でも花祭りが行われていました。今年が初めてということでした。駅近くに広々とした公園があります。出来上がって10年です。地元の自治会が主催でお祭りができるまで、木立が育ちました。駅の東口にはもう一つ公園があります。今度は、そちらの活用も知恵を絞っていただきたいです。

2008年4月 5日 (土)

診断

010  4日、農業関係に明るい中小企業診断士の方を東京から招きました。町の北部に広がる田園地帯の活性化にアドバイスをいただくためです。最初に、農業だけに限定して活性化を考えるのか、町づくり全体の中に農業を位置づけて、町全体の活性化を考えるのかと聞かれました。

 もちろん、後者です。具体的なイメージとしては、足柄平野の北部の広域的な拠点にしたいと述べました。ちょっとオーバーな表現ですが、シンガポールのように美しい環境を整え、人や情報が集まる町を目指したいと述べました。農業は、環境保全にも大変に寄与します。極めて重要です。

013  あじさいの里、瀬戸屋敷と回った後、町内で一軒だけ残っている造り酒屋に寄らせてもらいました。今は、製造していません。設備は、残っています。この酒屋さんを農業振興のひとつの核に出来ないと思えてならないと伝えました。診断士の方も大変に興味を持たれました。

 地場の酒米による地酒。ブランド化できれば人気を呼べます。料理店も併設もあり得ます。瀬戸屋敷の近くですので連携も取りやすいです。あとは、経済的に成り立つかどうかです。診断士の方は、可能性はあると述べられていました。田園の景観を守るためには、町北部の経済を盛んにする必要があります。町としても、体制を整え、構想を練って行きます。

2008年4月 4日 (金)

027  3日、駅近くにある酒田みずのべ保育園の入園・進級式。天気が良いので自転車で出かけました。駅前の通りの桜並木、育ちました。マンションを背景に美しいコントラストです。6年前、建物は、ありませんでした。一変しました。

 保育園も6年前にできました。最初、一番年長のクラスは、10人にも満たなかったと思います。今は、21人。0歳児から全てあわせると、ちょうど100人になるということでした。こちらも一変しました。

 最近人口が増えている中家村自治会でお花見会がありました。自治会の福祉部でお年寄りをお招きしています。テーブルの上にこの3月に卒業した小学6年生たちから自治会の皆さんへお礼の文集が置いてありました。かなり分厚かったです。人数を聞いてみたところ6年生だけで33人いるということでした。ビックリしました。

2008年4月 3日 (木)

分権改革報告42

 地方分権改革推進委員会の一員にさせていただいてから、ちょうど丸一年。国と地方自治体との関係を見る視野が広がりました。2日、ハローワークなど労働関係、廃棄物や国立公園管理、空港管理、各分野の国の出先機関について意見交換しました。

 職業のあっ旋は、雇用保険の業務と一体となっています。専門職員も財源もないので、都道府県で実施するのは無理だと国側は主張します。では、地方へ人材と財源を移せば良いことになります。今度は、都道府県知事が、継続して実施してくれるかどうかわからないのでダメだと言われます。法律できちんと規制すれば済むことだと思うのですが、直接実施という考えが、がんとしてあり、議論が前に進みません。

 委員会終了後、都内にある猪瀬直樹さんの事務所に寄らせていただきました。地下一階、地上4階建ての小さなビルでした。あちこちに備え付けられた本棚に本が整理されて並んでいました。何万冊という感じでした。これまで手がけてきた作品の資料もぎっしり。大きな古本屋さんみたいです。猪瀬さんは、日本がなぜ戦争に敗れたかを問うた作品も発表されています。

 032 その際に参考にされたのでしょう。「帝国陸軍の最後」という5冊シリーズの古い本がありました。この中に私の父親のことが書かれていることを知っていました。その箇所を見つけ、猪瀬さんに見せました。ちょっとビックリされていました。話し込んで帰りが遅くなりました。小田急の新しい青いロマンスカーに初めて乗って帰りました。

2008年4月 2日 (水)

発令

029  1日、新しい人事を発令しました。文部科学省から31歳の若手職員を招きました。課長として、小学校建設は、もちろんのこと、新しい開成町の教育指針作りを進めてもらいます。2市8町の市町村合併を真剣に議論しなくてはなりません。担当する企画政策課長には、神奈川県から来ていただいた職員を充てました。県と情報交換を密にして対応していく考えです。

 住民の関心の高い防災やごみ問題。先月まで足柄消防組合の消防長を務めていた方を職員交流で開成町に招きました。危機管理担当参事というポストを設けました。豊富な体験を活かしていただくことにしています。ごみの減量化に力を入れている横浜市と初めて職員交流をしました。ごみの減量化の部署についてもらい、ノウハウを伝えてもらうことにしています。

 町職員の人事では小学校の建設と合わせて進める周辺の開発事業を担当する部長に40代の職員を抜てきしました。小学校を核に新しい街を創るという視点を期待しています。そのポイントの一つである上下水道の担当課長にも新しい課長を充てました。新鮮な視点から取り組んでもらいたいと考えました。介護保険の担当課長には、自分自身も障害を持つ車椅子の職員を登用しました。副町長らが能力も意欲も十分と強い推薦があり判断しました。

031  年度初めの講話で、住民と一緒に考えるという姿勢をお願いしました。考える前から、法律が、条例が、規則がといってできない理由ばかり並び立てていたのでは、住民の信頼は得られません。住民の目線で一緒に考えてみて、できるかできないかを判断し、きちんと伝えることが、職員の責務だと思います。

2008年4月 1日 (火)

送別

 31日。平成19年度の最終日。退職辞令を7人に渡しました。定年の方、早期退職の方、子育て、結婚。事情は様々です。人生の一つの区切りであることは間違いありません。これからの人生の充実に向けて進んで行っていただきたいと思います。

 3年前の11月1日。突然一人の部長が町長室で倒れました。前日まで新潟県中越地震の現地調査に出かけていました。夜、開成町に戻ってきました。元気でした。町長に報告するため、町長室に入ったところで倒れました。くも膜下出血と診断されました。

 一時は、命も危ぶまれる状態でした。奇跡的に回復しました。本人は、復帰を望んでリハビリに励んでいました。言語は、ほぼ問題ないところまで直りました。でも、車椅子は放せません。本人とご家族の決断で、定年前ですが、辞めることにされました。

 私も調査を命じた者として本当に気がかりでした。でも、本人も奥様もけじめをつけてすっきりされているように見受けられました。少しだけ、ほっとしました。ご家族力を合わせられて前向きに生活していただきたいと願っています。ご苦労様でした。

 028 今日から平成20年度が始ります。朝、玄関を出ると、自宅の桜は満開。気分を新たに、前進です。

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