« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月31日 (火)

トップセミナー

Photo_40  30日、午前、箱根の仙石原にある幼稚園と保育園が一体になった施設を見学させてもらいました。子どもの数が減り気味な地域では、幼稚園と保育園を別々に作るのは、非効率です。全国に先駆けて一緒の施設を作りました。ただ、補助金の出所が、幼稚園は、文部科学省、保育園は、厚生労働省と別々です。町の担当職員は、色々と苦労されたようです。子どもは子どもなのですが、馬鹿げていますね。

 箱根に向かう途中から雷とともに激しい雨が降り出しました。天気予報どおりでした。「上空に冷たい空気が入り込むと、地上との温度差が拡大し、上昇気流が盛んになります。このような状態を大気が不安定と言い、雲が発生します。」と地学の教科書に書かれていました。神奈川県各地に警報が出るほどでした。

 午後、横浜で町村長のトップセミナー、松沢県知事ら県の幹部との意見交換会が続いて開かれました。勉強会の講師は、前の鳥取県知事で慶応大学教授の片山善博さん。歯に衣着せぬ歯切れの良い話しを聞かせてもらいました。

 「改革に必要な条件は、情報公開。密室で進めようとするからうまく行かない。全てを公開すれば、おかしなことはできなくなる。」「議会との間で根回しをしたり、先に結論があるのに、まるでもっともらしい八百長のようなやり取りをしたり、シナリオどおりに原稿を読む学芸会みたいな議会は止めるべきだ。」

 議会や監査といったチェック機能の大切さを盛んに強調されていました。特に議会です。夕張の財政破綻、官製談合事件も議会がチェック機能を発揮すれば防げた可能性があると言われていました。レジュメには、「地方分権の行方は、議会の信頼度で決まる。」とまで書かれていました。

2007年7月30日 (月)

予感

 29日、参議院選挙の投票がありました。夜8時、開票速報が始まると同時に自民惨敗、民主大躍進を伝えていました。結果はその通り。自民・公明の与党は、46議席、民主党の60議席に遠く及びません。非改選の議席をあわせますと、過半数には、30議席以上足りません。

 先日、猪瀬直樹さんの衛星放送の番組に出演した時、1989年、社会党の土井たか子ブームの参議院選挙のことに触れました。自民党は大惨敗を喫しました。自民党の総理大臣が誰だったのか、ちょっと思い出せなくて、頭がさび付いているのを痛感させられました。あの時は、宇野総理大臣で大敗の責任を取って辞任したのでした。

 当時、私は、NHKの選挙担当でした。改めて、振り返って見ますと今回の選挙とそっくりなことがわかります。消費税の導入の問題。リクルート事件に関連する政治不信。農産物の輸入自由化を引き金とする農村部の自民党批判。更に宇野総理大臣のスキャンダル。今回は、年金、事務所経費をめぐる諸問題、都市と地方との格差への批判、それに閣僚の相次ぐ失言です。

 宇野総理の後の総理大臣は、海部俊樹さん。自民党の幹事長は、小沢一郎さんです。当時確か47歳でした。小沢幹事長は、自民党の危機といわれた1991年の衆議院選挙を乗り切り、実力者として君臨するようになりました。しかし、その後、自民党を飛び出し、細川政権を樹立しました。細川政権が倒れた後は、紆余曲折を経て、民主党の党首として、選挙に大勝しました。権力の座に接近するのは、3度目です。政治の変転は、本当にめまぐるしいです。

 衆議院は、与党の絶対多数。参議院は、野党が過半数。完全にねじれ現象です。与野党が対立する政策で合意点を見出すのは、至難の業です。双方とも、堂々と国民の前に自らの政策の正当性を論戦を通じて、とことん訴えるしかありません。小手先の策を弄しても通用しないと思います。

 最大の争点となった年金問題をはじめ、都市と地方の格差の是正といった内政問題だけでなく、北朝鮮の核問題や農業の自由化問題、地球温暖化問題など困難極まりない外交課題が山積しています。それに何といっても、日本は、大借金国家です。本当に本気で課題解決に向けて方向性を導きませんと国が滅びる気がします。中央の混迷が深まれば、私たち地方自治体への影響も当然出てきます。乱世、いや大乱世の時代に突入する予感がします

2007年7月29日 (日)

夏祭り

001_42  28日、開成町の東半分、吉田島地域の氏神様、吉田神社の夏祭りがありました。開成町の人口増のかなりの部分を占める地域だけに氏子の数がどんどん増えています。神殿の塗装がきれいになっていました。勢いがありますね。

 式典に参列していたところ、垂れ幕に亡くなられた山神元町長さんの名前があるのが目に留まりました。寄贈されたようで、日付は、平成元年7月28日となっていました。この5ヶ月余りのち、現職のまま突然、亡くなられました。

Photo_39  あいさつで、山神町長さんの名前も引用させていただきながら、中国の古い言葉「飲水思源(いんすいしげん)」を紹介しました。井戸を掘って下さった方々のご苦労を忘れてはならないという意味です。吉田島地域を始め、開成町の今日の発展は、基を造られた皆さんの努力なしではありえません。

003_32 005_12

 夕方、円中(えんちゅう)自治会の夏祭りがありました。数十軒しかない小さな集落だったのが現在は550世帯となった自治会です。新しく開成町に住まわれた皆さんが多いところです。古くからの方々と新しい皆さんとが触れ合うひとつの手段として夏祭りがあります。子どもからお年寄りまで楽しめる工夫がされていました。

002_42

004_14

 

2007年7月28日 (土)

国家官僚

 地方分権改革推進委員に就任して、中央省庁の官僚の皆さんと意見交換する機会が格段に増えました。国の最新の動きなども知ることが出来、役得といったところでしょうか。27日も文部科学省と財務省の方が開成町に見えられました。審議官や主計官といった中枢の皆さんです。開成町や足柄地域の紹介もしながら、ざっくばらんに話し合いました。

 中央省庁の官僚の皆さん、一般的に叩かれる事の方が圧倒的に多いです。地方分権改革においても、官僚の抵抗とか壁とか言われて、悪者役を一手に引き受けている感じがします。確かに、そういった側面があります。先日行われた農林水産省のヒアリングでは、現在の政策が正しいの一点張りで、柔軟性を全く感じさせませんでした。

 国が果たすべき役割は間違いなくあります。ただ、既得権益にしがみつこうとしたり、縄張り意識にどっぷりつかるのが問題なのだと思います。地方分権改革だからといって、地方に委ねることばかりを主眼に置くのは、私は間違いだと思います。国が基本的な土台を支えなくてはなりません。ニワトリと卵みたいな話しですが国がしっかりしなければ地方の自立もありえません。

 今のままの国家のあり方では、危険だという熱い思いを持って地方分権改革に取り組みべきだと思っている官僚は間違いなくいられるはずです。国と地方を合わせると800兆円を超えるというとてつもない借金を抱えてしまったのですから、根本からやり直さないわけにはいきません。改革派官僚の登場を期待して止みません。

2007年7月27日 (金)

出演

0011_6  夏祭りの季節です。開成町では、神社の祭りを皮切りに各自治会ごとに手作りの祭りが行われます。締めくくりは8月の最終土曜日25日に行われる花火です。酒匂川をはさんで対岸にある松田町の花火大会に共催を始めて8回目です。9月の第2土曜日は開成阿波踊り。20回目の記念大会です。何で開成町で阿波踊り?という声を乗り越えて、スタートした祭りです。ご苦労された皆さんを表彰させていただきます。26日、花火大会と阿波踊りの実行委員会がそれぞれ開かれ、祭りを盛り上げることを確認しました。

001_41  夕方、高校生たちの人気スポット、東京・原宿に出かけました。遊びに行ったのではありません。朝日ニュースターという朝日新聞、テレビ朝日系列の衛星放送のスタジオに出かけました。地方分権改革推進委員会の委員で東京都副知事の猪瀬直樹さんが番組を持っています。「日本のキーパースン」などというタイトルでした。私には、全く似つかわしくありませんが、地方分権を語り合いたいと要請がありましので出演しました。

 002_41 40分程度の対談でした。地方分権がテーマでしたが猪瀬さんの最初の質問は、「露木さんは元NHKの政治記者ですね。参議院選挙、どう見ますか?」と問いかけられました。「自民党にとって厳しいでしょう。」と答えました。与党が過半数割れを起こした場合「法案が簡単には通りませんので、法案1本1本が真剣勝負になります。分権の問題もそうした課題の1つになるのではないでしょうか」と述べました。記者としてのカンが鈍っていますので、まごついてしまいました。

 猪瀬さんが「地方分権にとって中央省庁が壁ですね。」と問題提起をされました。私は、「これで良いのかと思っている優秀な官僚がいるはずです。そうした皆さんと、地方で実際に行政を手がけていて、ふざけるなと思っている市町村長が連帯できるかどうかです。」と述べました。

 「開成町から見て地方分権についてどんなことがいえますか?」と聞かれました。私は、即座に「計画性です。」と答えました。「開成町は、長期的な都市計画を立てて、40年かかって実行してきて、今日ようやく発展できるようになってきました。あるべき姿を描いて、今何をすべきかを考えることが大切だと思います。」と述べて地方分権改革を成功させるためには、理想像を描くことが大切だと訴えました。

2007年7月26日 (木)

分権改革報告17

 26日、松山空港から大阪伊丹空港へ移動しました。時間は、1時間弱、プロペラ機でした。大阪は蒸し暑かったです。会場は池田市でした。大阪からは、池田市の他に、摂津市、大阪狭山市の3市、それと、お隣兵庫県からは、芦屋市、豊岡市、神河(かみかわ)町の2市1町が参加されました。

 私は、NHK記者時代、神戸に4年、姫路に2年いましたので、ある程度、土地勘があります。特に兵庫県内の町の名前をうかがいますと懐かしさがこみ上げてきます。しかし、12年前に阪神淡路大震災がありました。芦屋市は最もひどい被害を受けた都市のうちの1つです。半分の住宅が全半壊というのですから。山中芦屋市長のお話しも大震災に触れていられました。「住宅は全て新しくなった。ようやく元気が出てきた。」とのことでした。

 しかし、高級住宅街が立ち並び日本で最も財政豊かな都市のひとつであった芦屋市も震災の復興のために多額の借金をしました。借金の割合を示す数値が25パーセントを越え、悪い状態です。税収は、持ち直しているとはいえ、しばらくの間は、我慢の時代が続くと説明されていました。災害といえば、兵庫県北部、豊岡市も3年前、台風による大水害に遭いました。中貝市長さんは「災害の時は、国も県もタテ割りではなく総合的に力を合わせ市町村を支援することが大切だ。」と強調されていました。「コウノトリで明るい話題を提供したい。」とも話していられました。

 参加された自治体のうちでは唯一の町、神河町は、2つの町が合併して出来ました。人口12000人余り、面積202平方キロですので、山北町と同じ規模です。しかし、一般会計の財政規模が山北町の倍近くの85億円ですので、ビックリして理由をうかがいました。合併直後であることと、下水道会計を特別会計として分離してなく、一般会計に含めているとのことでした。スリム化を目指しているとも言われました。

 私が質問する際に「大(だい)大阪」という言い回しをしましたら、倉田池田市長さんから「大阪は、いまや大(だい)大阪ではない。大変な状況だ。」と真顔で言われました。私が「そんなことを言わずに、大(だい)大阪を復権して欲しい。」とお願いしましたら、笑っていられました。確かに大阪も苦しんでいられるようです。下水道など都市基盤整備に多額の費用がかかり、財政を圧迫しているなどの説明がなされました。住宅密集地にいかに空き地や緑地を確保するか、国民健康保険の運営など、大都市ならではの切実な問題が提起されました。

 0010_4 ところで、大阪狭山市は、実は、北條早雲が興した小田原の北条家とゆかりがあるのをご存知ですか。北条家は豊臣秀吉に滅ぼされた後、家が絶えた訳ではありません。血縁の者が大阪の狭山に移り、藩主となって血筋は絶えることなく続きました。小田原と大阪狭山。本家は小田原、遠縁のようなものですね。

分権改革報告16

 24日、地方分権改革推進委員会の懇談会が愛媛県松山市でありました。羽田空港に向かうため昼前小田急線に乗っていたところ、足柄駅で突然電車が止まりました。停止信号でした。しばらくして役場から連絡がありました。開成町で震度3の地震だということでした。幸い被害はありませんでした。電車もすぐに運転を再開しました。後ほどテレビニュースで知ったのですが、実際の震度より大幅に大きな震度であると誤って伝わり電車が止まったということでした。気象庁では、地震の警戒を呼びかけるシステムを改めているところですが、小田急線への連絡システムのミスだということです。

 Photo_38 夕方、松山市に到着しました。落ち着いた町並みです。路面電車が走っている風情がそのように感じさせる要因だと思いました。懇談会では、中村・松山市長、越智・今治市長、井原・四国中央市長の3市長、河内(こうち)・内子町長、玉水・久万高原(くまこうげん)町長の2町長が出席されました。中村松山市長をはじめ3人の市長はいずれも40代、県議会議員から市長へと転じられました。

0008_13  愛媛県では市町村合併が急速に進みました。70の市町村が20市町に再編されました。出席された3市は、いずれも地域の中心となる都市です。江戸時代は8つの藩に分かれていましたので、時代が戻っているような感じです。それにしましても、3人の前向きに挑戦する姿勢に感銘を受けました。特に中村松山市長は、私と同じ首長9年目、47歳。徹底した行政改革を進め、財政再建を実現しています。財政にどの程度弾力性があるかを示す経常収支比率は、81.6パーセントですし、借金の割合を示す実質公債費比率も10パーセントと低く抑えています。こうした努力が背景にあるからでしょう。中村市長さんは「国の行政改革は甘い。国会議員だってもっと減らすべきだ。」と明言されていました。歯切れの良さに目を見張りました。

0007_15  2つの町は、ベテランの町長さんです。山間の町です。当然のことながら町政運営は厳しいです。国から補てんされる税金である地方交付税に頼った財政運営です。国の方針に沿って合併を行いました。しかし、元々財政力がない町が一緒になっても限界があるのも事実です。分権改革によって、権限委譲といっても無理があると感じました。山林や農地の保全にとって欠かせない役割を果たしている山間地の行政をどう考えていくかは重い課題です。

0009_4  懇談会の後、松山市内にある「坂の上の雲ミュージアム」に案内していただきました。松山は、ご存知、司馬遼太郎さんの長編小説「坂の上の雲」の主人公、秋山兄弟や近代日本を代表する俳人・正岡子規の生まれ故郷です。再来年からNHKで特別のドラマになります。世界的な建築家の安藤忠雄さんの設計です。日本が近代国家へと懸命に努力していた明治時代の熱い思いを感じ取れる展示となっていました。四国・松山、いいですね。すっかりファンになりました。

2007年7月24日 (火)

空気と戦争

0004_34  地方分権改革推進委員会の委員を務めている猪瀬直樹さんより新しい著書が送られてきました。「空気と戦争」という題名です。東京工業大学での猪瀬さんの講義の内容を中心に学生たちの反応も織り交ぜています。新書ですからさっと目を通せます。

 先週、猪瀬さんが開成町に来られた際、最近の大学生について「少佐と中尉とどちらが階級が上か知らない。」と嘆いていました。これは、東京工業大学での講義を通じての感想でした。本の中でも触れられていました。

 著書の主題は、日本がアメリカとの戦争に突入する直前の昭和16年、30歳前後の優秀な軍人、官僚、学者、マスコミ人、民間経済人など36人が集められ、日米が戦争になった場合のシュミレーションを行ったことです。結果は、敗戦必至と出ました。東条英機首相は、口外を禁じました。その後の歴史の推移は誰しもが知っています。

 この事実を東京工業大学という技術系ではトップクラスにランクされる学生たちに猪瀬さんは、突きつけます。資源の確保、輸送路の危険性は、データで示されており、アメリカとの戦争は、絶対に戦争を避けるべきだったのに、なぜ、できなかったのか。

 実証的なデータに基づいた冷静な議論ができない雰囲気が大きな要因として浮かび上がってきます。「空気」といわれるものです。猪瀬さんは、データに基づく実証性が基本である技術系の学生たちに、その姿勢を貫けないのは自らの存在意義を失うことになり、場合によっては国家を誤るという大いなる教訓を述べているのだと推測します。

 この講義は学生たちの大変な反響を呼び、大教室は超満員だということです。現代の若者も硬く重いテーマであっても、きちんとメッセージを伝えれば響くということだと思いました。今日と明日、地方分権推進委員会の調査で愛媛県松山市と大阪府池田市に出かけます。

 

2007年7月23日 (月)

「富士山と酒匂川」その後

Photo_37 

22日、山北町の酒水の滝祭り に出かけました。落石のため滝つぼ近くにはいけませんが、69メートルの高さから落ちる水の音は、迫力があります。足らないのは、夏の青空。なかなか梅雨明けしません。

 滝の水は、酒匂川に注ぎます。何度もお伝えしていますが、300年前の富士山の大噴火で酒匂川は、大洪水になり、私たちの地域の人々は想像を絶する苦難の時期を過ごしました。

0003_32  その歴史を振り返るための副読本「富士山と酒匂川」は、大好評のようです。地域の郷土史家の皆さんの努力のたまものです。夏休みを前に足柄地域の小学校に1265部、中学校に220部配布されました。小学校には、郷土の歴史を学ぶ学年である4年生、1人ひとりが、手にとって見れるだけの数を用意したということです。

 夏休み「富士山と酒匂川」を活用して郷土の歴史を勉強する子どもたちもいるのではないでしょうか。副読本を作った「足柄の歴史再発見クラブ」の皆さんが子どもたちの相談に乗ります。メンバーの方が当番を決めて、8月21日から24日の午前中、開成町の町民センターにある郷土資料室につめています。それに何と24日、25日の午後は、先生方からの質問にも応じます。メンバーの皆さん、1人でも多くの子どもが大災害とそれを克服した人々の力を学んで欲しいと願っています。

2007年7月22日 (日)

一喜一憂

001_40  21日、この5月に引退された前湯河原町町長の米岡幸男さんのお話を聞きました。湯河原町といえば真鶴町と合併寸前まで行きましたが、最終的には、真鶴町の反対により話しが流れてしまいました。開成町で、町づくりについて勉強を続けている町民グループが、なぜ合併が上手く行かなかったのか真相を伺おうと招きました。

 米岡さんは、まず、町長職から離れた感想を旅行を題材にして語っていました。「町長の時は、旅に出ても、街づくりがどうなっているのか、気になって仕方ありませんでしたが、今は、本当に楽しめるようになりました。」現役の時は、町においてあるゴミ箱の形まで学ぼうとしたということです。肩の荷が下りたということだと思います。

003_31  真鶴町との合併については、合併しなければならない理由について、なかなか理解してもらえないと悩みを語っていました。町が財政危機だといっても町民にとっては余りピンと来ません。危機感が芽生えませんと真剣な議論にならないと体験を話していました。

 合併についてよいところも悪いところも、洗いざらい全て出して、議論することが大切だと述べていられました。事前に色々と調整しますと、実際の議論の場では余り意見が出なず、真鶴町との議論の場で賛成意見が反対意見に押されてしまったとの反省だと思いました。

002_40  米岡町長は、3期12年、町長を務めらました。毎月町の広報に、町づくりやその時々の話題に対する意見をつづってられ、このほど一冊の本にまとめられました。題名は「一喜一憂」です。合併に失敗した直後の平成16年暮れの広報には、「最悪の結果となってしまいました。」と無念の思いがさらりと書かれていました。

 どんな役職についても終わる時は必ず来ます。その任期内に目指した理想を実現することがいかに難しいかが良く判ります。合併という難しい目標を掲げ、気の休まる時が無かったことと推測します。本の題名には、そうした心情も、込められていると思えてなりませんでした。

2007年7月21日 (土)

パトリ

 パトリアティズムという英語があります。愛国心と訳されています。しかし、パトリアティズムの「パトリ」とは、ふるさとのことです。となりますとパトリアティズムは、ふるさとを愛すること、愛郷心と訳したほうが正確です。

 愛国心といいますと、1人1人の個性を犠牲にして国のために尽くすための原動力みたいに思われて、必ずも評判がよくありません。しかし、その根っこは、パトリすなわちふるさとを愛することであり、その延長線上に愛国心があるということになりますと、随分と印象が違って伝わるのではないでしょうか。

 このパトリという視点に鋭く切れ込んで愛国心の問題を考えられた研究者がいられます。松本健一さんという方です。幕末・維新から現代にかけての日本の政治思想研究の第一人者です。おととい、東京に出かけた際にお会いすることが出来ました。日本の文化の特質など幅広い分野についてお考えをうかがうことが出来ました。

 「現代の日本で、地域の共同体が崩れて行っているのが心配でなりません。地域を自ら創っていく母体が無くなってしまいます。」と私の問題意識を伝えさせていただきました。松本健一さんも、同感だと述べられ、地域の歴史や文化に軸足を置いてふるさとを再生しようという動きも全国で始まっていると言われていました。

 話しは、天皇制の問題にも及びました。松本さんが著書の中で「天皇陛下は、日本文化の守り手であるべきで、そのためには京都にお戻りにならた方が良いのではないか。」と書かれていることについて伺いました。松本さんは、東京は、政治や経済の中心地であり、そこに日本文化の中心も一緒にある必要はないのではないかというお考えでした。

 日本文化のみなもととして天皇陛下を位置づけ、その拠点として京都を捉えるという考え方、私は、大変に魅力を感じます。地方分権改革推進委員会での論議が進みますと、道州制の導入の問題が視野に入ってきます。そうなりますと明治以来続いてきました日本の国のあり方が根本から議論されることになります。その中で天皇陛下がどこに拠点を置かれるのかという視点を忘れてはならないと思います。もちろん1つの委員会で、手に負える課題ではありませんが、明治以来の国のあり方を見直すことを目指すのであれば、こうした本質的な議論を避けてはいけないと思います。

2007年7月20日 (金)

分権改革報告15

 19日、地方分権改革推進委員会の13回目の会合がありました。委員会が始まる前に、控え室で雑談をしましたが、皆さん、興味関心は、参議院選挙の結果にあるようでした。自民党が苦戦ではないかという見方がもっぱらでした。

 今回の委員会は、国土交通省と農林水産省から現状の説明を受け、その後、意見交換をしました。都市計画、道路、農業といったまちづくりの根幹をなす分野です。委員長代理の増田寛也さんは、元建設省の官僚で、岩手県知事に転じられました。

 増田さんから、できる限り権限をもっと知事に移すべきだという意見が出されました。1つの県内で完結するような都市計画とか道路や河川整備、農業政策全般について知事が総合的に見た方が住民にとってよりよい政策が展開できるという考え方です。役所側は、災害時の対応とか色々と理由を挙げ、権限委譲に慎重でした。

 私は、他の委員の皆さんとは少し観点が違います。都市計画などは、単独の市町村が最終判断するより、少なくとも広域自治体である都道府県、更に大きな計画は、国が責任を持って行った方が良いとの意見です。1つの自治体で判断しますと、どうしても自分に有利なように動いてしまい、かけがえのない国土を荒らしてしまう危険性があると思うからです。これから少子高齢化が進み人口も減ります。これまでの発想で都市計画を立てていては、時代に対応できません。環境を守りながら質の高い開発を進める必要があります。国の役割は大きいと思っています。

 問題があるのは、中央省庁の皆さんが、自分たちの方が上で地方を見下す傾向があることです。とりわけ技術系の官僚の方にそうした傾向が強いと感じます。はっきり注意喚起させてもらいました。ずらりと並んだ国土交通省の幹部の皆さん、うなづいていられたように見えましたが…。

 また、農林水産省の方には、大規模な農家だけに支援を集中する現在の政策は、神奈川県など小規模農家が大半の地域の農地を守ることはできなないと不満を述べ、もっと現地を見て欲しいと要望しました。農林水産省の説明は、自らの政策の正当性を述べるばかりで極めて不満でした。

 ところで、開成町は自転車利用のモデル都市の指定を建設省(現在の国土交通省)平成11年に受け、平成16年まで事業を実施しました。中途半端で終わってしまったと思っています。その原因の1つにモデル事業といいながら建設省と警察庁との協議が不十分で採択条件がなかなか示されなかったことが上げられます。国土交通省から、迷惑をかけたと反省の弁が述べられました。

2007年7月19日 (木)

変身

0001_41  先月12日より足柄消防組合の幹部職員との面談を続けてきました。18日、課長補佐以上の29人全員終了しました。1人30分程度ですので、14時間半です。半日と少し程度ですので、消防が抱えている全ての課題を、把握したとは、到底、言えません。でも、大きな問題点は、つかむことができました。

 足柄消防組合は、南足柄市消防と足柄上郡5町で作っていた足柄上消防組合が合併して平成12年に発足しました。それぞれ、30年以上の歴史がありますので、職場の文化の違いは、当然、出てきます。その流れを、依然、引きずっていると多くの幹部職員が指摘しました。

 この溝を埋めるのはそう簡単ではありませんが、放置はできません。構成する市町の首長さんとよく相談し、改革を進めたいと思います。足柄消防組合が、体質改善をしなければならないのには訳があります。消防の広域化が進行中だからです。人口規模で概ね30万人程度を消防の基本的な単位とするよう法律で定められました。

 神奈川県では、広域化の実現の目標を平成24年としています。時間は余りありません。大きな変革の時期です。かつてのしがらみにこだわっているようでは新しい流れに対応できません。変身が求められています。

0002_37  変身といえば、救急車の受け入れを積極的に進めているということで、秦野市にある国立神奈川病院の院長さんらが開成町に来られました。消防組合の組合長として面談しました。国立病院のトップの方が直接、病院の現状説明に来られるなんてビックリです。

 国立病院も独立行政法人として、自主性が重んじられ、財政的なチェックも厳しくなってきました。救急患者の受け入れを進め、受診者数を増やすことで収入を確保する方針だと言われました。また、救急車に乗る救急救命士の研修の受け入れも積極的にやってくださっています。足柄消防組合でもお世話になっています。自らの力で変身を遂げようとする姿勢に学ぶところが大いにあると思いました。

2007年7月18日 (水)

難問

001_39  17日、1学期最後の交通安全指導日でした。雨にもかかわらず、至る所で地域住民の方々が立って下さり、子ども達が安全に通学できるよう見守って下さいました。雨が降り出すと色とりどりの傘の花が咲きました。最近は、子どもの数が減り、こうした通学風景は余り見ることが出来なくなっています。ありがたいことだと改めて感じました。

 午後、酒匂川に新たに架かる橋とそれに連なる道路の建設促進についての意見交換がありました。南足柄市、大井町、開成町の首長、県会議員、町会議員などがメンバーです。それに神奈川県の関係者もオブザーバーで参加しています。橋の建設は、開成町の対岸の大井町側から既に始まっています。平成26年度に完成の予定です。この橋と道路は、地域経済に大きな効果をもたらすと期待されています。1日も早い、完成を目指すことで、完全に一致しています。

 ただ、開成町側の事情により、難問が浮上しています。今回の橋の建設は、酒匂川を渡る部分を建設した後、並行して走る小田急線の線路をまたぐ橋も造らなくてはなりません。神奈川県では、酒匂川を渡りきった段階で、う回路を設定して、平成22年より暫定的に橋を使えるようにしたいと考えてきました。多額の費用を投じる工事ですので、早く効果を出したいということだと推測します。

 う回路には、踏切があります。朝晩は、1時間の内3分の1、20分程度は遮断機が下りています。また、周囲の工場に出入りする大型のトラックが通りますと踏切をふさいでしまいます。こうしたことから、う回路を使用するとなると交通量が増え、渋滞を招くという心配があります。

 町ではアンケートを実施して住民の意向を聞きましたが、やはり、開成町側にう回路を設定して暫定的に橋を活用することには、直接、影響が出る地域では、反対が多く出ました。さて、これから町の態度を決めなくてはなりません。神奈川県としての立場、地域住民の考え、双方ともよく理解できます。

 当面は、開成町が抱えている困難な実情をよく説明することが大切ですが、いつまでも先送りできません。また、開成町の方針を決めたとしても、そこから議論が続きます。まことに難しい問題です。でも、逃げることは許されません。

2007年7月17日 (火)

お客様

 16日、台風が過ぎ去って青空が広がると期待していましたが、厚い雲。梅雨明けはまだのようです。大きな地震がまたもや新潟県で起きました。新潟県では、このところ、地震、水害、豪雪と災害が相次いでいます。被災者の方々の心中、察するに余りあります。心よりお見舞い申し上げます。

 足柄消防組合より組合長である私に、国などから要請があればいつでも応援に駆けつけられるよう体制を整えたとの連絡がありました。開成町では、先の中越地震で被害を受けた新潟県小千谷市が呼びかけた地震に関する情報交換のネットワークに入っています。小千谷市は、今回も強い地震が観測されています。小千谷市とも連絡を取って応援できることはあるかどうか至急検討することにしています。

 先週の木曜日、地方分権改革推進委員会の委員である猪瀬直樹さんより連絡があり、「丹羽宇一郎委員長と一緒に開成町を訪問したい。」とのことでした。あじさいがきれいですので一度おいで下さいとお伝えしていました。時間が余りありませんでしたので急いでおもてなしの準備をしました。

001_38  夕方、お2人とも奥様と一緒に開成町に来られました。車でぐるりと一周、町を案内しました。小さな町ですので、こういう時は、助かります。駅周辺の新しい町の姿、富士フィルムの研究所のあたり、それとあじさいの里の田園風景、それぞれ様子がくっきりと異なっているのが印象深い様子でした。私は、「計画を立ててから40年経っても一部しか完成していない幹線道路もある。なぜ、こういった身近な道路の建設にお金が回ってこないのか不満です。」と本音を述べさせてもらいました。

 002_39 瀬戸屋敷で下りて、かやぶき屋根の古い民家の風情を味っていただきました。せっかくの機会ですので、町会議員の皆さんや地元の自治会長さんらとも名刺交換してもらいました。地元の野菜などを使った手づくりの夕食を用意しました。この席でも、新潟での地震のことが話題になりました。安倍総理が指導力を発揮しないといけないと強調されていました。

2007年7月16日 (月)

台風4号

 15日、台風4号が接近しました。天気予報でも盛んに言っていますが、7月にこのような強力な台風が来るという記憶はありません。今年は、南太平洋の海水温が高く、上昇気流が生じたのがそもそもの原因と言われています。

 しかし、なぜ、このようなコースを辿ったのかについては明快な解説がありません。この時期の台風は、フィリピン方面など西に進むことが多いように思います。台風4号は、まるで夏から秋にかけて来る台風に近いものでした。不思議です。

 開成町でも警報が出た14日の夕方から担当職員が泊り込み、15日は、早朝から私たちも含め幹部職員、途中からは町内の管理職には全員召集がかかりました。消防団にも出ていただきました。

 一部、街路樹の枝が折れたり、水路から水が溢れた箇所がありました。また、開発した場所には調整池といって排水をためて調整する場所があります。流れてきたごみが駅東側の調整池の中でつまり、排水が一時滞りしました。ごみを取り除き流れを取り戻しました。

 大きな被害は、ありませんでした。山が無いという地形が大きいです。その分、開発しやすい訳です。池のような役割を果たす水田を開発するのですから、水の流れには、十二分に注意を払わなくてはなりません。小学校建設を手始めに、開成町南部地域の開発が進もうとしています。防災対策の1つのポイントだと考えなくてはなりません。

2007年7月15日 (日)

雨にも負けず

 14日、台風4号が九州・四国地方を直撃。水不足が心配されていましたが、一転して、豪雨です。とりわけ、九州は、今月に入ってから梅雨前線による強い雨も続いており、各自治体は、さぞかし、対応に追われていることと思います。

002_38  開成町も台風の影響で、お昼頃から強い雨が降ってきました。小学生と幼稚園児が楽しみしていたイベントの日ですので、心配しましたが、予定通り、実施できました。

 003_30          小学6年生が、瀬戸屋敷を活用して、竹馬、竹とんぼなど昔の懐かしい遊びを紹介したり、福祉や環境問題を考える劇を行ったりしました。

         

001_37 4クラスそれぞれ、自分たちで考えたということです。先生も子どもたちもそろいのTシャツが似合っていました。

 005_11           幼稚園は、保護者と先生が力を合わせて、夏祭りです。こちらもそろいのTシャツでした。玄関を入ると甘く香ばしい香りがしてきました。ポップコーンでした。

    006_6      風船を釣り上げたり、手作りのうちわを作ったり、工夫されていました。  「アイスクリームの配布は、予定より10分早めます。」などという放送も流れていました。

004_13 

 どちらも、雨で野外を使えませんでしたが、活気に溢れていました。雨にも負けない元気をもらいました。

2007年7月14日 (土)

議論

004_12  13日、朝夕の通学時の街頭活動など地域全体で子ども達の安全を守る活動、夏休み中に行われる子どもたち向けの活動などについて話し合う会議が開かれました。学校、PTA、自治会、女性団体、警察など関係する団体の代表の方々が集まりました。活発な意見交換が行われました。

 子ども達の安全をいかに守るかについて意見が集中しました。中学生たちが自分たちで各地域を回り、通学時の危険な場所などを地図に書き込む活動を行っていたことを知りました。小学生の通学路も付け加えられました。せっかくの取り組みです。この成果を親に知ってもらうよう徹底するよう教育委員会にお願いしました。

005_10

 街頭に立って子ども達の安全を見守る活動を続けている方は、帰宅途中の小学生に「どこまで行くの?」と後ろから声をかけたところ、子どもは、走り出して逃げて行ったという体験を話されました。不審者と勘違いされたのだと思います。町では、宣伝カーまで出して「子どもたちに一声かけて下さい。」と呼びかけていますので、ちぐはぐです。その時は、安全を守る活動のジャケットを羽織っていなかったとのことでしたが、いつも、着れるわけではありません。ユニフォームの大切さとともに、知らない人から声をかけられたら、まず逃げる時代だということ改めて感じました。

 原則、車での通学は禁止です。しかし、自動車をつかって小学生を送り迎えする人が増え、道路に車が並びかなり危険な状態になっている問題が出されました。家が遠かったり、直ぐに塾に行かなければならないなどの事情があるようです。校長先生やPTAの役員の方も強引に規制するわけにも行かず、頭を痛めています。学校任せではなく、行政や地域の人、場合によっては警察も入りませんと問題は、解決しません。今月中に関係者で話し合いが持たれるとのことでした。

2007年7月13日 (金)

分権改革報告14

 12日、地方分権改革推進委員会の12回目の会合がありました。厚生労働省から行政の現状について説明を受けて意見交換しました。厚生労働省といえば、参議院選挙の焦点となっている年金を取り扱う役所です。

 私は「第1次に分権改革の結果、国民年金に関わる業務は、市町村から社会保険庁に統一されることになりました。今日の結果を見ますと、この改革にも問題があったのではないかと思う。」と感想を述べました。厚生労働省の担当者は、「社会保険庁のコンピューター化への取り組みのまずさ、業務の意識の甘さなどが主な原因。」と述べました。

 私が、このような問題を指摘したのは、「分権改革」といいますと何か錦の御旗みたいになってしまい、全て好ましい方向に導けるという幻想があるのではないかという思いからでした。現状を見ずに理想論で走り出しますと結果として混乱を生じてしまうのではないかという懸念です。今回の年金問題もそうした側面があったのではないかと思い、厚生労働省の考えを伺いました。分権改革の進行と、今回の不祥事は、直接は無関係との認識でした。

 厚生労働分野は、介護保険の導入を手始めに、来年4月からは、75歳以上の後期高齢者を対象とする新たな医療保険制度を創設するなど大改革が相次いでいます。日本の社会が少子高齢化、人口減少社会という大構造変革に入っていますので改革は止む得ません。しかし、余りに連続していますので、住民との接点で仕事をしている市町村は、対応に追われています。

 また、制度が改まる度に、コンピューターのシステムを大改修しなくてはならず多額なお金がかかります。開成町で、75歳以上の保険制度の伴うシステム改修だけで6000円万円以上です。ほとんど補助はありません。厚生労働省側は、改革を進めないと立ち行かないという現状を理解してもらいたいという立場を強調するとともに「コンピューター改修などについては、情報提供に努める。」と説明しました。実際は、多額な改修費用がかかることは、改革が決ってしまった後で知りました。これからも改革は続行します。地方にもっと配慮した進め方をして欲しいと切に思います。

2007年7月12日 (木)

警鐘

 今日、参議院選挙が公示されます。焦点は、年金です。年金制度そのものではなく、支払ったはずの年金が宙に浮くという異常事態への対応です。この問題を検証した委員会によりますと、社会保険庁に年金を受け取る国民の権利を守る意識が欠けていたと指摘しています。将来の大切な資金を預かっているのだという基本がなっていないと警鐘を鳴らしているのだと思います。

 この体質を改めて意識改革を進めることは当然です。私が気がかりなのは、なぜ、ここに至るまでに、問題点をきちんと表に出し、改善の道を歩めなかったのかということです。問題が表面化すると、責任者が謝罪し、大混乱の中で、改革が進むというパターンが余りに多すぎます。こうした改革ですと、熱狂の中で行われますので、冷静な判断がしにくくなります。これも日本の文化なのでしょうか。だとしたら、少なくとも日本人には、そうした傾向があるという自覚が必要です。

 社会保険庁の体質の問題は、決して対岸の火事ではありません。町役場も大切な税金を基に仕事を進めているわけですので、無駄遣いをしたり、説明のつかないお金の使い方は、論外です。今回の騒動で、公務員に対する視線は一段と厳しくなるでしょうから、よほど気を引き締めないといけません。もし、大きな問題が生じたら、きちんと問題点を整理して公開する姿勢が必要不可欠です。その上で、改善の方向を示すことが求められていると思います。

 

2007年7月11日 (水)

日本の文化

 10日、ブログを管理する会社のコンピューターに不具合が生じ、1日お休みしました。故障するのは、久しぶりだと思います。日記を書きませんと何か宿題を忘れたような気がして、故障だとわかっているのに、そろそろ直ったかなと、ブログを書き込むページをしばしば開きました。習慣は、恐ろしいものです。

 1ヵ月ほど前、法政大学の国際日本学研究所の王敏教授からメールが届きました。王敏さんは中国人の女性研究者。酒匂川のほとりには、中国の治水の神様を祀ったほこら=文命宮が建てられていますが、その調査を通じて知り合いました。王敏さんの誘いは、著名な日本文化の評論家である加藤周一さんの講演会があるので聞きに来ないかということでした。

0005_24  先着100名ということでしたので、慌てて申し込みました。9日、法政大学の会場に出かけてみますと、広いホールは、ほぼ満席でした。一般の参加者とは別に研究者の方々が多数来られていました。関心の高さを示していました。

 講師の加藤周一さんは、最近「日本文化における時間と空間」という著書を出され注目を集めています。88歳です。なぜ、日本は、日本人は、このような考え方をするのかという一種の日本論です。古今東西に渡る幅広い知識に裏付けられて自説を述べられています。

0006_17  町づくりと直接関係ないように思えるかもしれませんが、実は、大有りです。日本の特性を知って、良いところを伸ばし、悪いところを修正することは、大切だからです。加藤周一さんによりますと日本文化の特徴は、「今、ここ」を大切にする発想だということです。過去でも未来でもなく、今が大切で、自分のいる場所を第1に考えるというのです。行動がすばやいけれども目先のことに目がくらみがち。当座のしのぎは得意だけれども、長期的な計画が苦手などという特徴が浮かび上がってきます。

 未曾有の混乱期に入っていると思われる現代社会。こうした時には、根本から改革する長期的な大構想を打ち立てる必要があります。日本人の苦手とするところですが、乗り越えなければなりません。そして、指針が決まりましたら、今度は、長所である機敏さを発揮することが大切だと思います。

 加藤周一さんの講演は、日本文化の特色という大きな視野から町づくりを考える手がかりを与えてくれました。

2007年7月 9日 (月)

車人形

003_29  人形の使い手は、車輪の付いた小さな台に腰掛けます。そして人形を足の甲の上に乗せて操ります。台に乗って舞台全体を動き回れますので、通常の人形芝居と動きの迫力が違います。車人形といいます。

 8日、車人形劇が開成町の福祉会館で上演されました。出し物は、どれいとして売られた母と子が12年ぶりに佐渡島で再会する「山椒太夫」の物語など2本でした。高い声、低い声、女性の声、男性の声、1人で巧みに使い分ける語り手の声にあわせて人形が演じます。なじみがありませんので、入りが心配されましたが、300人以上が詰めかけ、ほぼ満席でした。

0004_33 車人形は、東京・八王子で江戸時代の末に誕生し、今に続いています。富士フイルムのOBの皆さんで作っているサークルの方が、車人形の語り手と知り合いであることから、一度開成町で上演してみようという話がまとまり、町が応援することになりました。住民が主役で行政は応援団という仕組みです。

002_37  町には、個性が大切です。柱は、文化です。文化の担い手は、住んでいる皆さんです。その方々を支援することで文化活動を盛んにします。行政が直接手がけて行事を行うより、こちらの方が時代の流れだと私は思います。

2007年7月 8日 (日)

園児の抗議

001_36  あじさい祭りが終了してから3週間。さすがに美しかった花も、枯れました。と言いたいところですが、ところどころにこれから咲こうとしている花がありました。あじさいの生命力の強さを感じました。7日、枯れた花を切り取る、せん定が一斉に行われました。530人ほどのボランティアが集まって下さいました。中学生が30人参加してくれたため参加人数が増えまし002_36 た。9時前から作業を始めたところ、ポツポツ降って来ました。次第に本降りになり、皆さんびしょぬれになりながらの作業でした。1時間ほどで切り上げましたが、人数が多いので、かなり作業は進みました。中学生たちは、みんなでお昼を食べました。

003_28

 ところで、あじさいを取り巻く開成町の様子が先月24日、NHKテレビの「小さな旅」で紹介されました。美しい映像で、あじさいを守ろうとしている人々の営みを紹介していました。この番組を見た長崎県島原市の69歳の女性の方が朝日新聞に投書を出し、掲載されていました。幼稚園児たちがペットボトルに水を入れてあじさいに水をあげている姿が描かれていました。その様子について「なんと清純なことかと胸を打たれた。その子たちを育てている教師、町民の姿が、背景に浮かんできた。」と書かれていました。町長として本当にうれしい一文です。

 さて、これほど評価の高いNHKテレビの放送ですが、ある幼稚園児が抗議の声を上げているというのです。開成幼稚園に通っている知り合いのお孫さんのことです。放送で、開成町のことを「小さくて車で通り過ぎてしまうような町」という紹介がされたことが気に入らないようです。「開成町は、小さくない。大きな町だ。」といっているとのことです。園児の目から見れば面積の大小なんて関係ありません。その町を気に入っていれば大きな町です。これも大変にうれしい抗議の声です。もっと大きな町にするよう頑張ります。

 

2007年7月 7日 (土)

飲水思源(いんすいしげん)

 佐高信(さたか まこと)さんという評論家がいられます。非常に辛口の方です。どのくらい辛口かといいますと、「政治家にモラルを求めるのはゴキブリにモラルを求めるのに等しい。」という言葉を紹介すれば判っていただけるのではないでしょうか。その佐高さんは、中国近代を代表する文芸家の魯迅を尊敬していて、著書を著しています。このほど文庫本として出版されたので、購入しページをめくって見たところ、「飲水思源(いんすいしげん)」という言葉が目に付きました。

 「飲水思源(いんすいしげん)」とは、水を飲む時は、そのみなもと、すなわち井戸を掘ってくれた人たちのことを忘れてはならないという意味です。中国で、大切にされている考え方です。魯迅が留学した仙台にある東北大学では、中国人留学生のための寮が建っていて、「思源寮」と名前がつけられているとのことです。なぜ、その名前がつけられたのかについては、直接、本を読んでみてください。(魯迅列読 岩波現代文庫)

 地方自治分野を中心にした「ぎょうせい」という出版社があります。「ガバナンス」という雑誌を出しています。地方行政の専門雑誌です。ちなみに「ガバナンス」とは、統治するという意味の英語です。6日、インタビューを受けました。富士フイルムの先進研究所の誘致を中心に自治体のトップ、この場合は、私が、果たした役割について聞かれました。

 私は、「飲水思源」のことを頭の中に入れながら、「井戸を掘ってくれた皆さんの努力が無ければ何も出来ませんでした。」と述べました。実際、土地利用の計画をきちんと定め、開発できるように整えてなければ、企業を誘致したくても動けません。40年ほど前からの努力が実を結んだということを強調しました。また、富士フイルム側がスピードを求めてきましたので、それに対応するため、担当職員が地権者の協力を求めながら、必死で頑張ったことが成功の秘訣だと言いました。

 トップの役割は無かったのかといいますと、そんなことはありません。研究開発分野の投資に照準を合わせる判断をしたのは、私です。日本は、この先、頭脳の分野、すなわち研究開発に力を入れざるを得ません。製造そのものは、海外や地価の安い他の地域に移ってしまいます。私たちの地域の中核企業、富士フイルムも例外ではありません。だから、研究所誘致、一点に絞り込みました。トップは、先を読む役割があると思います。

 先人の努力、職員の踏ん張りと地権者の協力、それに先を読む判断の三者があいまって誘致が成功したと思います。

 

2007年7月 6日 (金)

分権改革報告13

 5日、出張明け。決済、打ち合わせ、来客への対応が相次ぎました。ほっとする間もなく、午後、地方分権改革推進委員会の第11回目の会合がありました。地方自治体行政の取りまとめ役である総務省、国の金庫番である財務省との意見交換でした。この両省の合意を取り付けられるかどうか、地方分権改革の推進にとって決定的です。まずは、両省の考え方を述べてもらい、小手調べといった感じの意見交換でした。

0003_31  どっさりと渡された資料の中で、国と地方自治体が抱えている借金の残高が先進諸国に比べていかに大きいかを示すグラフがありました。国と地方が抱えている借金は、国が607兆円。地方が199兆円。あわせて806兆円となっています。日本国内で生産される全て生産物を金額に直すと500兆円ですので、この金額を上回っています。危機的な状況です。この点は、財務省の代表の方が強調されていました。私も非常によく理解できます。総力を挙げて減らす方向に舵を切りませんと、国が破綻してしまいます。

 0002_36 総務省の資料によりますと、国の抱えている借金は、先進国が抱えている借金残高の平均に比べて2.6倍で、地方の抱えている借金は、6.5倍となっていました。財務省の資料によりますと、この数字は逆転し、国は、他の先進諸国に比べて5.5倍、地方は2.2倍となっています。国と地方の借金が外国に比べていかに大きいかを訴えているわけですが、地方の方がより大きいといっているのが、総務省、国の方がより大きいといっているのが財務省です。外国と比較してどっちが異常で苦しんでいるかを言いたいのです。実は、この数字の違いは、比較の方法が違っているのが原因です。違う前提で比べれば、同様の事象を比較しても結果が違ってきます。頭脳明晰なエリート官僚が考えそうなことです。

 私は、「総務省、財務省といえば、事務系では、最高の頭脳を持っているスーパーエリート集団です。その皆さんが口では財政危機といっていながら、こうしたデータ作りに当たっては、(自分の省の主張が有利になるよう)自分の省のことだけを考えている。スーパーエリートのやることではないし、情けなく思う。」と述べて苦言を呈しました。財政の現状は、危機的状況だというのであれば、省の間の対立に浮き身をやつしているより、いかに危機を乗り越えるかに全身全霊をかける姿勢を示してこそ、スーパーエリート官僚です。真の危機感が感じられないといわざるを得ません。

 このほか、国から地方自治体へと流れる「地方交付税」といわれる税金が、どのような原則で算定され配分されているのか、その仕組みについての議論もありました。作家、…。というより東京都副知事の猪瀬直樹さんが、通常の交付税とは違い、災害があったり、市町村合併が行われたり、炭鉱閉山といった特殊事情があったりする際に、特別に配分される「特別交付税」の算定の不明朗さを追及していました。やり取りを聞いていまして、この問題は、今後、論議を呼ぶのは、確実と思いました。

2007年7月 5日 (木)

分権改革報告12

 4日朝、福岡市内のホテルで目を覚ましたところ、かなり激しい雨が窓ガラスをたたいていました。テレビの天気予報で、九州各地域、大雨だと伝えていました。後で知ったのですが、前日の懇談会に参加された大牟田市では、雨が原因で大きな交通事故が起きたということでした。お見舞い申し上げます。

 0001_40 広島に移動しました。呉市、三次市、東広島市、安芸太田町、大崎上島町の5市町の首長さんと意見交換させていただきました。広島県は、福岡県と全く事情が違いました。86あった市町村の数が、この平成大合併により一挙に23となりました。73パーセントの削減率、全国で1番です。各地域で拠点となる都市を中心に周辺の町村を事実上抱える形や、山間の町同士が一緒になったり、瀬戸内の島の中で合併したり、様々な形態があります。県単位でここまで合併を勧めたのは、広島県当局の強い働きかけがあったのだと推測します。

Photo_36  悩みもあります。合併を行う際に国が約束していた財源の保障が、その後の改革によっておぼつかなくなっているという不満が出されました。私は、「国の政策に沿って合併を進めたのにもかかわらず、国に抗議をしないのは従順すぎるのではないか。」と率直に疑問をぶつけました。刺激的な言い方だったためか「そうした言い方には、怒りを覚える。」という反応も出されました。「合併という選択肢しかなかった。」「合併しなかったら破綻。」という意見もあり、山間地の行政運営の厳しい実情を述べられていました。

 合併と同時進行で県から市町へと仕事が、どんどん移されているのも広島県の大きな特徴です。私が「私なら、県が責任を持って行え。」と言いたくなるところなのになぜかと問いかけました。三次市長さんが「児童相談などの身近な福祉は、市がやった方が事情がわかって良い。好きな仕事だけ取るというわけには行かない。」と述べられました。その姿勢に驚嘆しました。

 夜8時過ぎ、小田原に着きますと、激しい雨でした。新幹線で雨雲を追いかけているような一日でした。

2007年7月 4日 (水)

分権改革報告11

002_35  3日、地方分権改革推進委員会の懇談会が福岡県久留米市でありました。福岡空港に近づいた時、飛行機内でお知らせが流れました。「福岡空港の視界が悪い。」とのことでした。天候は曇りでしたので、取り立てて、視界が悪いとは思えませんでした。降り立ってから、改めて眺めてみますと、確かに、どんよりと空気がくすんでいました。山並みがぼんやりとしてます。このような天候が多いとのことでした。まるで黄砂のようでした。中国の環境の影響が出ているとの見方がありました。

001_35  久留米市、大牟田市、古賀市の3市の市長さん、須恵町(すえまち)、上毛町(こうげまち)の町長さんが参加して意見交換がありました。教育が主なテーマになりました。久留米市は、合併して30万人都市となりました。教職員の人事権と財源を得て、特色のある教育を展開したいとの要望が強く出されました。ところで、参加された2町の町長さんは、お1人は、元教育長、もう、お1人は、元中学校の校長先生でした。

 福岡県は、一般的に人口当たりの公務員の数が少なく、特に福岡市周辺にその傾向があります。その理由を伺いました。いわば福岡都市圏として位置づけて町づくりを考えており、主な施設は、福岡市に委ねていることで、効率化が図れているとのことでした。中心都市との連携の大切さがわかりました。一方、福岡県は、市町村の数が多いことも特徴です。合併が余り進みませんでした。66の市町村があります。神奈川県は、33です。かつて繁栄を誇った炭鉱の町が多く、自立心が強いことを伺わせていました。

2007年7月 3日 (火)

文月

 7月に入りました。忙しいスタートでした。2日朝、「社会を明るくする運動」のキャンペーンのため開成駅前で、ティッシュ配りをしました。法務省による全国一斉のキャンペーンで、犯罪を起こした大人や青少年などの社会復帰が狙いです。キャンペーンの名称がわかりにくいのが難点です。

 役場に戻り、新しい教育委員の方に辞令を渡しました。元女性教師の方です。学校になじめない生徒への指導の経験が豊富です。「委員会で積極的に発言してください。」とお願いしました。続いて、幹部会議、来客と続き、午後は、横浜市に出かけ、中田市長と地方分権改革をめぐって意見交換をしました。分権改革を進めるため、中田市長の発信力に期待をしています。

 Photo_35 勤務時間終了後、全ての職員に講話を行いました。4月当初に出来ませんでしたので、この時期に行いました。分権改革の進展と役場の仕事について話をしました。自分たちのことは自分たちで決める時代になるということは、条例をきちんと作れるかどうかがポイントになると話しました。変化が激しくなってきますので、今まで通りやっていればそれで良いという意識は、改めて欲しいと呼びかけました。

 地方分権改革の調査のため、今日と明日、福岡と広島に出かけます。

2007年7月 2日 (月)

22万分の2

001_34  1日、小田原を中心とする西湘地域の日中友好協会の総会がありました。今年は、中国と国交回復して35周年の節目に当たることから、市民訪中団を結成したいということでした。あいさつを求められましたので、酒匂川にある「文命宮」というほこらの話しをしました。

002_34  「文命宮」は、南足柄と山北町の境のところにある岩流瀬(がらぜ)の堤防の脇にあります。文命とは、4000年前の中国の皇帝の名前、治水の神様と言われています。300年前の富士山の大噴火の後、酒匂川で大洪水が起きました。将軍、徳川吉宗が治水を命じ、工事の完了後、このほこらを建てました。こうした歴史を忘れずに素直に見つめることは、地道な日中友好の取り組みです。

 来年は、北京オリンピック。日本と中国との間で平和友好条約が結ばれて30周年です。2010年には、上海で万国博覧会が開かれます。大きなイベントが目白押しです。今年400万人を突破するのではないかと言われている中国を訪れる人はどこまで増えるでしょうか。

 ちなみに1981年、中国を訪問した日本人は22万3511人です。このうちの2人は、私と妻です。新婚旅行で中国を訪れました。今とは違って、シャワーなどホテル設備が不十分で観光地のトイレが整備されていませんでした。北京の街は、人で溢れかえっていて、エネルギーがみなぎっていました。あれから26年ですか…。

2007年7月 1日 (日)

半期終了

 Photo_34 30日、朝6時前早起きして見送りに出かけました。町の阿波踊り連協会の皆さんが、本場徳島に研修に出かけました。開成町の阿波踊りも、あじさい祭りと同じで、ちょうど20回目。あじさい祭りには、とても及びませんが、近隣市町では、徐々に名前が知られるようになりました。9月8日に予定されている記念大会、技を磨き、観客をうならせようとしています。期待してます。

 夜は、前消防団長の叙勲祝賀会がありました。39年間、消防団で活躍され、2年前に引退されました。お米屋さんのご主人です。引退されたら直ぐに息子さんが団員になってくれました。現団長が「カラオケで常に新曲に挑戦している。」と紹介されていました。消防団の日ごろの付き合いが濃いことをうかがわせます。この団結力がいざと言う時に役立ちます。

 今年も半分終了です。色々なことがありました。過ぎ去るスピードも加速しています。ちょっと前の出来事が、ものすごく前のことのように感じます。町の出来事としては、あじさい祭り20周年が賑やかだったことが1番でしょうか。富士山の噴火300年を振り返る、小学生向けの副読本が、郷土史家の皆さんの力で出来上がったことも印象深いです。個人的には、政府の地方分権推進委員会の委員に就任し、地方自治をめぐる改革論議の最前線に立っていることが1番の事件です。

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »