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2007年5月31日 (木)

分権改革報告7

 30日、地方分権改革推進委員会の第7回の会合がありました。「基本的な考え方」をまとめました。

 一言で言えば、今回の改革の目標は、「地方政府」を作るということです。ちょっと一般の皆さんには、判りにくいかもしれません。「政府」ですから、自主的に行政を展開でき、それを支える財政基盤があり、更に議会審議を通じて条例を制定できる権限が、大幅に拡大されることになります。付け加えるとすれば、こうした地方政府の運営をチェックするいわば裁判所、すなわち「司法」的なシステムも同時に備えなければなりません。

 まことに高い理想です。ただ、現実とは、程遠いのもまた事実です。この理想に向けてどのような具体的な改革案をまとめていくのかが、極めて重い課題として残っています。

 まず、「地方政府」のいうところの「地方」とは、どの程度の範囲を捉えているのかが不明のままです。今で言うところの市町村、すなわち基礎自治体にその役割を期待するのか、それとも、都道府県単位かそれ以上の範囲をくくって政府と呼べるぐらいの機能を持たすのかということです。仮に前者、市町村に政府機能を期待するとすれば、現在の仕組みでは到底、担えません。規模を拡大する問題が一挙に浮上します。大変に難しい問題です。

 私は、昨日の委員会で原案のまま取りまとめることに、反対しました。地方に対する税財源の移譲について具体的に踏み込んだ記述をすべきであると主張しました。これは、全ての地方自治体関係者が切望していることですので、その立場を鮮明にするためこだわりました。結果的には、具体的に数字は、盛り込まれませんでしたが、私の寄って立つ立場は明確に出来たと思います。

 大きな変化で小さな町村が漂ってしまうことは断じて避けなければなりません。私の存在理由はここにあります。大改革は、決して光だけではありません。マイナス面が必ずあります。これは致しかたありません。痛みのない改革などありませんから。問題は、そのつけを、弱い立場のもの、自治体で言えば町村だけが、背負うことにならないよう、細心の注意を払います。現場を知っている私のような者が発言しませんと論議の対象にすらなりません。これからも,格好よく言えば「孤高の道」を歩むことになるでしょう。それが役目だと心得ています。

2007年5月30日 (水)

ユビキタス報告7

002_22  町役場の玄関に立派なあじさいが咲いています。「柏葉あじさい」と言います。町民の方から提供いただきました。 

 29日、「地方の活性化とユビキタスネット社会に関する懇談会」、第7回の会合がありました。今回も入れ、後、2回。いよいよ取りまとめの段階です。

0004_29  これまで各地域で展開されている先進的な事例を学ぶことができました。特に徳島県上勝町(かみかつちょう)の高齢者の方々がパソコンを駆使して、木の葉の販売をして収益を上げている取り組みには驚きました。

 しかし、一般的には、民間企業やグループが、コンピューターを活用して地域活性化につなげている事例は、大都市に偏ってしまいます。地方税ではありませんが、偏在しています。コンピューターの利用者の数が違いますのでいたし方ない面があります。

 では、どうすれば良いかです。私は上勝町のように、あくまでも自発的にやる気を持って取り組んでいる地域やグループを側面から支援して行くことだと思います。行政が、手取り足取り指導し、更に補助金までつけて進めたところで、上手く行くとは思えません。

 行政が支援する最大のポイントは、人材の確保と育成だと思います。アイデアがあってもそれを導く人がいないため、実現できない事例は数多くあると思います。手助けする仕組みを考えることが大切です。

 コンピューターを活用した地域づくりの知恵を持った人材を登録し、派遣する仕組みなどが考えられます。国策として進めるのならば、国が、先進的な事例を公募した上、期間限定で思い切った人材支援と財政援助を行うべきです。この際、大切なことは、全国各地、地域の実情が違うことを配慮することが必要です。全国一律の条件で、自由競争になれば大都市部が有利になってしまいます。

 ユビキタス社会は、「誰もがいつでもどこでも」というのが基本の考え方ですので、格差を無くすための社会を指向しているのですが、実際に進めるとなりますと、地域間格差の壁が逆に厚いことが判ります。皮肉です。

2007年5月29日 (火)

草の根防犯力

0004_2_1  28日、足柄上地域1市5町の防犯関係の団体が集まって総会が開かれました。表舞台の主役は、各市町の自治会です。側面支援など縁の下の力持ちの役割が行政。警察が、全体の取りまとめ役といったところでしょうか。このところ、犯罪件数が大幅に減っていると地域を管轄する松田警察署長さんが報告していました。

Photo_25 この背景には、各市町で展開されている自治会ごとの防犯活動があることは、間違いありません。とりわけ、お隣、南足柄市は活発です。「暫金時(しばらくきんとき)」という足柄山の金太郎のふるさとらしい名前をつけた防犯ボランティアチームが、いたるところで結成されています。18年度は、何と内閣総理大臣賞まで受賞しています。南足柄の「ご近所の底力」に対する評価の大きさを示しています。

002_21  他町も負けてはいません。様々な名前の防犯隊が活動しています。開成町では、中学生のボランティアチームが落書き消しに取り組みました。こうした社会基盤を「社会関係資本」と専門家は呼びます。こうした基盤がしっかりしていれば社会は、安定します。足柄上地域は、先進地域だと言ってよいと思います。

 大都市部との税収の格差が言われています。金回りの良さではとてもかないませんが、こうした一朝一夕ではできない社会基盤がしっかりしていることは、大都市では真似ができません。胸を張るべきです。更に進化させ、日本のモデルとなるべきです。

2007年5月28日 (月)

税収格差

0011_5  最近、都市と地方の格差の問題をめぐる論議が盛んです。とりわけ、地方税をめぐる格差が激しく、東京に集中している現状をどう考えるかが争点です。

 確かに地方税における東京一極集中は、激しいものがあります。24日の「頑張る地方応援プログラム」についての意見交換会で示された資料によりますと、あらゆる地方税が東京に偏ってしまっています。

0012_6  全国平均を仮に100と置き換えた指数の表が示されました。平成17年度決算に基づいています。東京は、個人住民税で、179、法人税にいたっては、267、地方消費税、146、固定資産税161です。他の府県を圧倒しています。

 ちなみに比較的豊かといわれています、わが神奈川県のデータは、個人住民税、179、法人税、86、地方消費税89、固定資産税、109です。意外に思われるかもしれませんが、法人税や消費税は、全国平均に達していません。

 この神奈川県のデータもそのまま鵜呑みにするのは危険です。もし仮に、神奈川県を2つに分けて、中央を流れる相模川で、分割して考えてみたら、その差は、もっと激しくなるものと思われます。横浜、川崎のある県東部は、東京に近づくのではないでしょうか。県西部は、更に差がつくのが確実だと思います。一度きちんと調査しなければなりません。

 いずれにせよ、東京への税収集中は、顕著です。「ふるさと納税制度」などの提案が出てくる背景は、ここにあります。首都、東京だから、格差は、止む得ないと取るのか、そうではなく、もう少し税収を均し、全国各地域が、努力をすれば、多様な町づくりを展開できる基盤を作ろうとするのか。国家のあり方、そのものに関わります。短期的に見て、損だ得だとかいう議論におとしめることなく、そもそも論から議論をしなければ、合意は見出せないと思えてなりません。

2007年5月27日 (日)

頑張る地方

0007_13  全国の都道府県や市町村は、総務省という国の役所が決めたルールに従って行政や財政運営を行っています。総務省のトップが菅総務大臣。税金の一部を生まれ故郷に納めるようにできるようにする「ふるさと納税」制度を提唱し、時の人となっています。

 その菅大臣の肝いりで、全国で頑張っている市町村に特別の応援をしたいとのことで、「頑張る地方応援プログラム」という仕組みを総務省が始めました。25日、横浜で、総務省の幹部の方々と神奈川県内の市町村の代表との意見交換会がありました。

 この応援プログラムは、20年前に成立した竹下内閣が目玉の政策として展開した「ふるさと創生事業」と似ているところもありますが、大きな違いもあります。竹下内閣の時は、全国一律に1億円を配布しました。今度は、少子化対策や町づくりなど様々な分野において自主的に立ち上げた計画を審査して、応援しようとしています。

0008_11  応援といえばやはり最も頼りになるのがお金です。地方交付税といって国がいったん集めたお金を、財政力が不足している地方自治体に戻す税金があります。その税金を一部優先的に割り当てようとしています。

 私は、意見交換会の中で、「菅大臣が地方自治体を何とか応援しようとしている姿勢は大変に感謝しています。」と述べた上で、神奈川県内の自治体のように基本的に財政力が豊かな地域を応援するのではなく、極めて厳しい財政状況の中で懸命に頑張っている市町村に対し、目の覚めるような応援をすべきだと主張させてもらいました。

 頑張っているといえば、どの自治体も頑張っているはずです。ならば、財政力が乏しくとも水源環境を守り抜いている山村、美しい景観を保っている純農村の努力に報いるべきだと思ったからです。私の隣に座っていた箱根町の山口町長さんも、明確に「ばら撒き型の支援ではなく、困っているところに重点的に行うべきだ。」と述べられていました。

 決してきれいごとで言っているのではありません。開成町でもやりくり算段は大変です。しかし、どこもかしこも国に対し頑張っているから応援してくれということになったら収拾がつきません。地方が主役の時代を今後作っていくのならば、国に頼らず自立の気概を持つ市町村が増えなければならないと思います。

2007年5月26日 (土)

あじさい風呂と銀の卵

 Dsc_8114 25日、箱根の有名な行楽施設、「ユネッサン」の支配人が開成町役場にこられました。「あじさい風呂」を開設することにしたため、契約書の取り交わしをしました。

 2年前の町制施行50周年記念イヤーの時、「ユネッサン」とのお付き合いが始まりました。「ユネンッサン」敷地内にあじさいの植樹を行っていただいたり、開成町民特別割引セールも展開してもらいました。こうした観光も絡めた取り組みは行政だけが行う時代は終わりです。民間企業の知恵を借りた方がうまく進みます。世界の箱根の観光政策を勉強するため箱根町に研修に行かせていた若い職員の発案でした。

 タイアップ事業第2弾は、露天風呂の周りにあじさいを置き、観賞しながら、あじさいを代表する色の紫の入浴剤を入れたお風呂でくつろいでいただくというアイデアです。祭りが20周年ということで協力いただきました。あじさい祭りであじさいをたっぷり見ていただいた後、箱根にまで足を伸ばされたらいかがでしょうか。もちろん、その逆もあります。

Photo_24  午後、シルバー人材センターの総会がありました。200人の会員、120人以上が参加し、会場は、満杯でした。事業量も1億円を越え、就業率は、83パーセントで、神奈川県下でトップクラスの仕事ぶりです。民間企業出身の理事長がトップに就かれてから明らかに変化しました。

 新たな事業展開を求めました。行政サービスは、全て、行政が行う時代では、既に、なくなっています。行政への効率化の要請は、強まる一方ですので、この流れは、今後更に強まります。シルバー人材センターが行政機関を退職した団塊の世代の方を取り込み、行政サービスを一部代行する事業を始めてもらいたいと切望してます。試行錯誤は、当然あると思いますが、挑戦が大切ではないでしょうか。

2007年5月25日 (金)

分権改革報告6

Imgp0979  24日、朝、老人クラブの皆さんがあじさい祭りの会場となる「あじさいの里」の草刈りを行ってくださいました。「今年は、花がよさそうだな。」と皆さん、話していました。毎年のことながら、本当にありがとうございます。

 夕方、地方分権改革推進委員会の第6回めの会合がありました。「基本的な考え方」の取りまとめに向けて意見交換をしました。▽国が決めて地方に押し付けるという中央集権型の政治は、もはや捨て去るべきで、各地域の特性に応じた住民本位の地域づくりを進める。▽国と地方の役割分担を見直し、地方税の充実を進める▽地域が自主経営ができる「地方政府」を確立するなどの素案が示されました。

 「政府」といえば、一般に国家を代表する中央政府。「地方政府」ということになりますと、「中央政府」に並ぶ独立したイメージがあります。そのくらい自立しなくてはならないという意味が込められています。抽象的ですので、ちょっと判りにくいかもしれません。

 私は、国と地方の役割分担などの議論と平行して、地方分権改革は、夕張市のような財政破綻に対しどう立ち向かうのか、東京一極集中といわれる問題をどう考えるのか、談合問題に代表される不祥事を防ぐことができるのかという国民的な関心が高い問題を取り上げて集中的に審議する機会を設ける必要があると主張しました。国民の関心と理解がなければ分権改革は進みません。それには、国民的な耳目を集める審議の進め方をする必要があります。夕張市長、石原東京都知事、東国原宮崎県知事などを招いて議論すべきです。そこから問題点をえぐり出すという方法も必要です。次回は、30日。基本的な考え方を取りまとめる予定です。

2007年5月24日 (木)

激変…

 002_20 南足柄市と足柄上郡5町で消防組合を構成しています。面積は、380平方キロメートル。横浜市に次ぐ広さです。ただし、人口は、11万人余りで、横浜市の32分の1。山林を多く抱えているからです。

 20日から私が組合長に就任しました。南足柄市と足柄上郡から交互に組合長を出していて、私の番になりました。昨日、首長さんたちに集まってもらい、初めての執行者会議を行いました。

001_22  業務報告の中でゴールデンウィーク中に丹沢山中で遭難事故が発生し、16時間にわたる救援活動を行い救助したとの報告がありました。また、このところ火災が相次いでいます。私の方から、火災予防の1つに、隣近所との助け合いも入れるべきだと話しました。普段のお付き合いは、イザという時に大きな力を発揮します。

 午後、相模原市を訪問し、加山市長さんと宮崎副市長さんからお話しを伺いました。地方分権改革を進めるに当たり、県と同等の権限を持つ政令指定都市を目指している市のリーダーの意見を聞きたかったからです。

 津久井郡4町との合併を実現。人口70万人を超えました。加山市長さんらから出てくる言葉の端々から勢いを感じます。もう少し自由に都市計画を立てさせてもらい、自立の基盤を作りたいと力強く話されていました。相模原市は、東京にも近く、恵まれた地理的な環境にある。相模原市が自立できないとしたら自立できるところはないというぐらいの強い意欲を感じました。

 相模原市が県と同等の権限を持つ政令指定都市になりますと、横浜、川崎に続いて県内3つ目です。3市で人口560万人。神奈川県の人口の67パーセントを占めます。この地域は、県の存在は、ほとんど必要ありません。神奈川県の果たす役割も大きく変わらざるを得ません。激変の時代です。

2007年5月23日 (水)

続・セミナー報告

002_19  あじさいの里の水田に水が張られました。田んぼの上を吹き抜ける風が、すがすがしさを運んで来ます。

 今年は、あじさいの花の付きが良さそうです。本当に昨年は、霜の被害でひどかったですから、一安心です。

001_21

 一昨日、昨日と開かれていた関東町村会のトップセミナーで、参加町村間で意見交換の時間がありました。多摩川の源流の村、山梨県小菅村でも、あじさいの里づくりが進んでいると報告がありました。

 東京・狛江市と住民交流の友好都市の協定を結び、狛江市の消防団のボランティアの皆さんがあじさいの植樹を進めているとのことでした。温泉もあるので狛江市消防団の研修も行われています。都市と農村との素晴らしい交流だと思いました。

 小菅村は、山梨と東京の境界の村。人口930人。村役場の職員22人。合併したくても、大菩薩峠を始め、山々がさえぎっていて合併できないということでした。町でお嫁さん募集作戦を展開中です。

 このような水源の村が全国的にはいくつもあると思います。自立しようにも、財政基盤がありません。村の将来をどう支えていくのか重い課題です。

 小菅村役場ホームページ 

 

2007年5月22日 (火)

一泊二日

 22日の夕方、ある方から、「ティータイム楽しみにしているのですが、今朝は、更新がありませんでした。」と言われました。21日、22日と関東町村会のトップセミナーが東京であり、お隣、松田町の島村町長さんと泊りがけで参加していたため夜の更新となってしまいました。

 セミナーでは、愛媛県双海町(ふたみちょう)の元職員の若松進一さんのオンリーワンの町づくりの話を伺って、前例のないことに挑戦しなければ、あっと驚く町づくりは展開できないと改めて思いました。

 なにせ、瀬戸内海に沈む夕日が最も美しいという物語を創り上げて、無人の駅を借り切ってコンサートを行うのですから。アイデアを出す方も出す方ですが、認めた町長さんも勇気が要ります。愛媛を代表するイベントになっているとのことです。

 自治会のトップとして情報をどのように扱うのか。国際政治の現場での取材経験に基づいた話もありました。講師は、元NHKワシントン支局長で現在フリーになった手嶋龍一さんでした。会場に入ってこられると私を見つけ「やあ。」と声をかけられました。元上司の方です。

 トップが先に判断をしてしまうと部下は、無意識のうちに、トップの判断にあった都合の良い情報をもたらしやすいので、十二分に注意する必要があるとの話しでした。参考になります。

 群馬、埼玉、山梨の町長さんや、村長さんと語り合うこともできました。山間の町村が多く、人口減少に苦しみ、町の活気をどうやって取り戻すか、大変に苦しんでいる実情を伺いました。私たちの地域が、いかに恵まれているか、実感しました。

 都市部の方々は、こういった町村が山林を守り、水を供給していることを知らなければなりません。山間部の首長さんたち、皆さん、河川の上流と、下流の交流が今ひとつ進まないと嘆いていました。日本全体で考えなくてはならない大きな課題です。

2007年5月21日 (月)

日差し

Photo_23  20日、素晴らしい青空が広がりました。酒匂川の河川敷のあるスポーツ公園で、自治会対抗の女子ソフトボール大会の開会式に出ました。来賓のある自治会長さんが「けがとお肌にご注意下さい。」とあいさつされていました。

 酒匂川の美化キャンペーンの日でもありました。こちらも自治会や自治会ごとの子ども会が呼びかけて下った皆さん、400人ほどが参加して下さいました。ごみが少なくなった003_19 と喜んでいました。でも、よく考えますと、神奈川県が、河床が上がってしまったので石を取り除いて均す工事をしました。その結果、水の流れが変わり、ごみがたまる場所も移ったのではないかと思いました。いつもは大量に見つかるペットボトルなどは、どこかに行ってしまっているのかもしれません。

 005_4 開成町の身体障害者の総会があり会場に行きました。障害を持っている役場の職員が司会でした。彼は、介護保険の担当リーダーで、極めて優秀、やる気もあります。今年度、課長になって欲しかったのですが、開成町の場合、役場が古く、バリアフリーになっていません。車椅子ですので議場のある3階まで1人では上がれません。施設をすぐに改修することもできません。本人の考えもあって登用を断念しました。残念でなりません。他の職員は、やる気と能力があっても、活躍の場を得ることができない、彼の思いを汲み取って頑張って欲しいと思います。

 外では、あじさいが、初夏の日差しを浴びていました。祭りは、もうすぐ。出番を待っています。

 

2007年5月20日 (日)

百周年

 Photo_22 19日、朝、突然の雷雨。町で一つの中学校、文命中学校の体育祭、1時間遅れでスタート。最初は、ストレッチ体操、身体が硬くて、「いてて」と言いながら何とかやり遂げました。近くにいた町会議員の方から「運動不足!」と指摘されました。その通りです。

 中学校の西隣には、県立の吉田島農林高校があります。開成町は、幼稚園、小学校、中学校が1つずつ、それに高校も1つということで、連携が とり易い環境にあります。パンジーやとう0008_10もろこしの栽培を教えてもらったり、山で林業体験を味合わせて頂いたり吉田島農林高校は、子ども達の体験学習にとって、なくてはならない存在です。一方、高校の方も、町のイベントでの花などを販売したり、駅前の花壇を整備してくれたり色々な面で町と接点があります。

 その吉田島農林高校が、100周年を迎え、記念式典が開かれました。松沢県知事や県の教育長、近隣の1市5町の首長などがずらりと来賓席に並びました。その様子だけで、伝統を感じさせます。

 私は、地元の町長ということで、あいさつする機会をいただきました。まず、吉田島農林高校と開成町は兄弟だと話しました。100年前、吉田島農林高校のスタートした時、学校は、大長寺というお寺でした。一方、開成町ができる前の吉田島村も1889年、村が誕生したときの役場は同じ大長寺に置かれました。元々縁があります。

0007_12  吉田島農林高校は、1938年、水害の時、救援活動に出たこともありました。先の大戦中は、子ども達の疎開の場にもなったという歴史があることを記念式典に参加された皆さんや生徒たちに伝えました。

 神奈川県では、県立高校改革で、吉田島農林高校も、数年先には、新たな高校としてスタートすることになっています。伝統ある校名も変わるかもしれないということです。地域にとって農業を学科に持っている高校の存在は欠かせません。更に連携を強め、公開講座なども行い、いわば地域のミニ大学のような存在となって欲しいと思います。発展を願って止みません。

2007年5月19日 (土)

一燈(いっとう)

0006_15  「ただ、一燈を頼め」という冊子をいただきました。横須賀で社会福祉活動を展開され、前の県立保健福祉大学長の安部志郎さんの講演の記録でした。

 何気なくページをめくってみますと、見る見るうちに吸い込まれました。内容に心底感動しました。

 こんなくだりがありました。ハンセン病を回復された方が、「どこにでも行けるが1ヵ所だけいけないところがある。それは故郷です。」と話されたことが紹介されていました。ハンセン病の方にとっては故郷は、もはや帰る場所ではなくなっているというのです。

 その前に秋田県の大潟村が紹介されていました。八郎潟という大きな湖を干拓して広大な水田を造ったところです。大潟村の人々は故郷を捨ててこの地にやってきました。この地を新たな故郷にしようとした時、神社と墓がないことが最大の障害になったということです。故郷とは、豊穣を祈り、骨を埋める場であることを象徴しています。

 またこんなことも紹介されていました。かつて、エレベーターに障害者が14時間も閉じ込められるという事件があったというのです。車椅子で手が届かなかったのが原因です。機械だけは発達しても弱い立場の人に気を配る心はなかったということになります。

 幸せと答える人の割合のトップは、メキシコで、86パーセント。日本は、28パーセント。国民所得は、日本が7倍です。豊かさとは一体何なのかを私たちに問いかけます。

 阿部さんは、互いに助け合う心の大切さを強調されています。一人ひとりが助け合う心の灯火を点すしかないと言われます。最後に、江戸末期の儒学者佐藤一斎の言葉で結んでいます。

 「一燈を掲げ 闇夜を行く 暗夜を憂うことなかれ ただ一燈を頼め」

 自分の掲げる1つの灯火を信じて前を向いて進むべきだという言葉です。江戸幕府を倒し明治維新を成し遂げた西郷隆盛が座右の銘の1つとした言葉でもあります。先行きが見えない時代、自らを信じて進むことが大切です。阿部さんの講演の冊子から勇気をいただきました。

 

2007年5月18日 (金)

またまた諭吉

001_20  このところ、福沢諭吉と縁のある話題が続きます。17日、東京・三田にある慶応大学を訪れました。慶応大学は、福沢諭吉が1868年、明治維新の直前に創設しました。

 正門の近くには、ポスターが貼ってありました。東京六大学野球の「慶早戦」のお知らせでした。一般には、「早慶戦」ですが、逆になっていました。この界隈では当たり前ですが。

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 つい最近、鳥取県知事を退職された片山善博さんが、慶応大学教授に就任されました。数々の特色ある行政を展開された片山さんに地方分権改革についてのお考えを伺いたくて大学を訪問しました。

 片山研究室は、大学キャンパスの向かいにあるビルの一室にありました。テレビなどで拝見している通り、小柄で弁舌さわやかでした。

 開成町の図書室の司書の方から鳥取県の図書館行政が素晴らしいと再三聞いていましたので、まず、図書館についてお考えを伺いました。

 図書館は、あらゆる方々が自ら考えるための拠点で、それを支援する必要があるとのことでした。図書館司書の数を増やし、しかも常勤職員にしたということでした。大いに学ぶところがありました。

 地方分権改革については、現在の中央集権型の構造は、根本から改める必要があるという認識でした。ただ、市町村合併を無理に進めることには、慎重でした。

 それと住民の代表としての議会の役割を強調されていたのが印象に残りました。片山さんは、旧自治省(現在の総務省)の出身です。最後に、地方の自立を促すためには、総務省も改革を進める必要があると、後輩に注文をつけていられました。

 片山さんからスタッフが多くいる知事より、小さな町村の方が力量が必要ですねと言われました。なんだかエールをいただいた気分でした。ありがとうございました。

2007年5月17日 (木)

講演

 中村敬三さんという方が開成町にいられます。小田原から越されてきた方です。小田原を代表する衣料品店の経営者の1人でした。

 中村さんが、住んでいられる地域は、開成駅に近く、新しく移り住まれた方が多いところです。元から住んでいられる皆さんと溶け込むかが課題です。ところが、中村さんは、現在、自治会の広報の責任者。すっかり地域の顔になっています。

 その中村さんから、16日、講演を頼まれ、しゃべってきました。小田原で各種の経済活動をしている皆さんの団体で、中村さんが会長です。

 福沢諭吉の話をさせてもらいました。福沢諭吉がいかに小田原や箱根、足柄上地域に縁があるかを具体的に説明しました。明治になって廃藩置県になり小田原県、続いて足柄県が誕生しました。

 初代・足柄県知事として活躍した柏木忠俊は、福沢諭吉と大変に親交がありました。福沢諭吉の文明開化の路線を受けて、教育に力を注ぎ、とりわけ、欧米の学問を学ぶことを重視しました。極めて特色ある教育方針です。

 しかし、柏木知事が在任したのは、5年に過ぎませんでした。足柄県がなくなり横浜を県庁所在地とする神奈川県に吸収合併されたからです。県庁所在地としての小田原の消滅です。神奈川県の西部地域は、ここから常に県の東部に比べて格差が広がる長期低落傾向に入ったと話しました。

 皆さん、真剣に聞いてくださいました。地域経済が今ひとつだという危機感が底流にあるのだと思いました。危機感があれば反転攻勢は可能です。名門小田原を核に一陽来復(いちようらいふく)、再び日を昇らせる時代の到来です。

2007年5月16日 (水)

分権改革報告5

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 15日、地方分権改革推進委員会の第5回会合が開かれました。いよいよ本格的な論議が始まりました。

  委員会の前に、銀座の交詢社(こうじゅんしゃ)ビルに用事があり立ち寄りました。交詢とは、親しく交際し相談するという意味です。交詢社とは、明治時代から続いている社交クラブです。立ち上げたのは、1万円札の顔、福沢諭吉です。1880年のこと003_18です。福沢諭吉は、小田原や箱根、それに南足柄に度々訪れました。

  南足柄市ができる前の村の1つに福沢村がありましたが、福沢という村の名前を、福沢諭吉から取ったほどゆかりがあります。

 開成町との境に近い地域ですので、こちらまで福沢諭002_17吉と親密感を感じてしまいます。

 

 さて、分権改革推進委員会では、5月中に基本的な考え方をまとめる予定です。私は、分権改革をなぜ進めなくてはならないかという、そもそも論について発言しました。

 中央集権の構造があって、国も地方も、政界も官界も経済界ももたれあいになってしまった結果、いつの間にかとてつもない借金がたまってしまいました。

 このままでは、間違いなく立ち行かなくなるという危機感が大前提です。この構図を断ち切るためには、分権を進めて構造を改めて新しい国づくりを進める必要があります。

 当たり前といえば当たり前ですが、本当に危機感を持っていますか、覚悟していますかということを確認したかったからです。

 猪瀬直樹さんから、分権を進めるためには、地方の行革が必要だという意見が再三出されました。「市議会議員は半分要らない。」という過激な発言まで飛び出しました。十分なチェック機能を果たしていないという苛立ちなのでしょう。

 分権改革と、地方の行革は、同時進行で進めていくべきだという指摘は、同感です。

2007年5月15日 (火)

でも、しかし

    0003_28        14日、今年20周年を迎えるあじさい祭りと阿波踊りで使う、うちわのデザインを決めました。毎年、小田原市にある城北工業高校のデザイン科の生徒に制作してもらってます。今年は、ちょっと大人しい感じのデザインになりました。

 

0005_20 

 その後、来客対応をしていたところ、「火事です。」との連絡。現場に駆けつけたところ、住宅一棟が全焼、お年寄りの女性が亡くなられました。

 家族は出かけていて留守でした。身体が不自由だったとのことでした。弱い立場の人がどうしても犠牲になってしまいます。

 午後は、近隣市町との広域連携の会議が相次ぎました。焦点は、小田原市を中心にした2市8町の合併です。

 行政の担当者による部会を設けて検討を積み重ねていくことを確認しました。その後、たたき台を基に、本格的な議論へと向かいます。賛否両論は、当然です。

 20世紀最大のドイツの社会学者、マックス・ウェーバーが、政治学の古典中の古典「職業としての政治」の最後に述べています。どんな事態になっても「でも、しかし」と言い切れるかどうかが政治家としての資質だと。

 それぞれの町の将来を決める選択です。どちらの道を歩もうとも「でも、しかし」と言い切れる確信を持って議論に臨めるかどうか、首長一人一人の真価が問われる時期が来ます。

2007年5月14日 (月)

集い

 13日、県西地域の障害を持っている方々の運動会「みんなの集い」が開かれました。場所は、大井町005_3 の第一生命で毎年行われています。芝生のグラウンドですので、ころんでも安全です。

 代表してあいさつされた、松田町の島村町長さんが、「青年会議所のメンバーだった27年前に仲間と始めた催しです。」と話されました。知りませんでした。

 003_16 ラジオ体操の後、競技になりました。最初は、パン食い競争でした。車椅子の方も、そうでない方も夢中でパンを取ろうとしていました。

 開成町の方から声をかけられました。前々日、障害のある子どもたちを持つ保護者の会でご一緒した方からでした。

 障害のある子ども以外の兄弟にもっと手をかけたいのですが、なかなかできなくてと心情を話されたお母さんでした。

002_16  昨日は、お父さんと一緒にみんなで参加していました。貴重な一日だったと思います。外に出るには、どうしても手がかかりますので、気軽にというわけにはいきません。

 兄弟たちは、遊びたい盛りなのに、障害がある兄弟がいるのでと我慢してしまうのでしょう。このあたりをお母さんは心が痛むと話されていたのだと思います。

 お母さんは、「自分たちでも何ができるか考えます。」と話されました。私たちも、 こうした悩みを抱えている皆さんに手を差し伸べられないか、知恵を絞らないと、いけません。

2007年5月13日 (日)

奉仕

0002_30 12日、「開成町赤十字奉仕団」の総会がありました。メンバーは、女性が12名、男性が9名。とても心優しい皆さんです。

 勇ましい名前ですが、実際そうです。大きな災害の時に行政の取り組みを支援して下さるボランティアですので、いざと言う時は、修羅場での奉仕活動となります。

003_15  昨年の7月15日発足しました。東京消防庁にお勤めの藤本行和さんの提案で組織されました。ホームページで連載していた「町づくりレポート」でも紹介しました。

 こちら⇒「7-18.doc」をダウンロード

 

002_15  日本赤十字社の救急救命講習を受けたことがきっかけです。若い方が多いのが開成町の奉仕団の特色です。

 今年度から活動を本格化させたいとのことです。町のイベントの時に救護のボランティアに当たっていただけます。

  あじさい祭りも阿波踊りも、20周年。観光客の増えそうですので頼もしい助っ人です。こうした取り組みでいざと言う時に備えたいということでした。ありがとうございます。

2007年5月12日 (土)

風に吹かれて

11日、ちょっと風は強かったですが、素晴らしく良いお天気でした。役場から自転車で5分ほどのところにある福祉会館に向かいました。

0004_28  障害のある子どもさんを持つ家族の集まりに出席しました。せっかくの機会ですので1時間あまり意見交換しました。

 「夏休み、数日間だけですが、町のプールを借りて水泳を楽しむことができるのは、うれしいが、看護師さんが配置されていると安心できる。」

 看護師さんに対する信頼感が非常に高いことを感じました。重度の障害を持っていて管で栄養を取っている方などにとって、優しく指導してくれる看護師さんの存在は欠かせないということでした。

 「障害を持つ子どものほかにも兄弟がいて、十分に構ってあげられなくて寂しい思いをしているのではないかと気がかりです。一時的にでも預かってくれればうれしい。」

 お母さんの気持ちを思うと、胸が詰まりました。重度の方をたとえ数日間、一時的にでも安心してあずけられる仕組みを考えないとなりません。

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 午後、交通安全パレードで、オープンカーに乗って街頭キャンペーンを行いました。初体験です。気持ちよいものですね。

 近隣の1市5町をぐるっと回るパレードです。私たち町の代表は、自分の町を過ぎるとバトンタッチですが、警察署長さんは全部お付き合いです。

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 最近、転勤してこられたばかり。3時間ほどかかるとのことでした。「広いですね。」と驚かれていました。山あり、里あり。横浜市に負けない面積があります。ただし、人口は、35分の一ほど。管内視察の良い機会だったのではないでしょうか。

2007年5月11日 (金)

続上京

 2日連続、東京に出かけました。地方分権改革推進委員会の事務局で打ち合わせがありました。

 連休が明け、これからの委員会日程案が示されました。5月は、3回。ここで今後の議論の基本的な方向をまとめる予定です。

 6月、7月は、全国に出向いて調査も入りますので、結構、日程のやりくりが大変そうです。しかし、名誉なことでもありますので、全力を挙げます。

 連休の間に、地方分権改革の本や資料に目を通しました。これまでの論議の積み重ねで論点は概ね明らかになっています。要は、実現に向けて踏み込む勇気を持つか否かだと思いました。

 国と地方を合わせて700兆円を越える膨大な借金。その一方で、国と地方にかかわらず、不祥事が相次ぎ、行政への信頼感が高まっているとはいえない状況に陥っています。

 「地方にできることは全て地方に」という分権型の社会の創造という旗印でこの困難な状況を打破し、国民に希望を感じてもらえるところまで議論を深めることができるかどうかが焦点だと思います。

 15日から文字通り本格的な論議が始まります。相当に熱い意見交換になることは確実です。

2007年5月10日 (木)

聞き取り調査

Photo_21  開成町の花、あじさいのつぼみも徐々に大きくなってきました。あじさい祭りまで、あと、ちょうど一ヶ月。近づいてきました。

 9日、東京に出かけ、有識者の方から地方分権改革について意見を伺いました。個人的な勉強です。

 まず、本郷の東京大学を訪問しました。外通りから中に入りますと、緑の別天地です。早めに着きましたので散策しました。

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 地方の立場から精力的に活動されている神野(じんの)直彦教授の研究室を訪問し、お話しを伺いました。

 地方自治体のサービスを安定して提供するためには、消費税のような地域に偏っていない税源を当てるべきだという意見を伺いました。

 食堂でランチまでごちそうになりました。ありがとうございました。美味しかったです。大学も各種のサービスの充実に努めているようでした。私たち自治体も負けられません。

 永田町に行って衆議院の議員会館で北海道のニセコ町長を務められ、現在衆議院議員の逢坂(おうさか)誠二さんからも地方分権について意見を伺いました。

 首都圏と北海道では、あるべき基礎自治体の姿が異なると思うので、地域の特性を配慮した形で議論を積み重ねていくべきだというお考えでした。

 逢坂さんは、35歳から3期町長。落ち着いた雰囲気をかもし出されていました。全国に先駆けて自治基本条例を策定するなど実績が背景にあるのだと思いました。

 聞き取り調査はこれからも続きます。学ぶところばかりです。

2007年5月 9日 (水)

臨時議会

 8日、町議会議員選挙後の初議会が開かれ、正副の議長が決まりました。いずれもベテラン議員。経験を活かして存分に腕をふるっていただきたいと思います。

 議会の冒頭、あいさつに立った私は、市町村を取り巻く情勢が大きく変化しようとしていることを強調しました。

 地方分権改革推進委員会に出席しますと、そうした雰囲気をひしひしと感じますので、改めて伝えさせてもらいました。

 同時に開成町らしさの追及も必要です。こちらは自治基本条例を策定中ですので、議会とともに開成町らしい町づくりのルールを作っていくことをお願いしました。

 議論の素材をどんどん提供して、大いに議論し、町民に選択肢を示していくことが大切です。前向きな議論を大いに興したいと思います。

 議会が新体制になったのを受けて、午後、3役・部長会議を開きました。ここでは、苦言を呈させてもらいました。

 「指示を受けてません。」「いかがいたしましょうか。」まだ、幹部からこのような発言が出てきます。町長に全ての判断を委ねようという姿勢が伺われます。

 幹部は、判断し、指示を出す立場ですので、自分の考えをきちんと持つことを要請しました。「飛び込みの相談は受け付けませんよ。」と会議の席上、言いましたら、どこからか「ハイ!」という返事がありました。見に覚えがあるのでしょうか…。

 議論は、自分の意見を持つことから全てが始まります。役場内も大いに議論をしていきます。

2007年5月 8日 (火)

講師

 7日、横浜国立大学で行っている地域との交流授業の講師に招かれました。生まれて初めて大学の教室で話しました。

 Imgp0976 200人ほどが入る教室が、ほぼ満員でした。相手は、大学1年生が大半です。前の方の席には社会人になってから大学に入られたのか年配の方もちらほらいられました。

 神奈川県内各地の町づくりについて外部から講師を招いているとのことで、私は、神奈川県西部の町長として現状を話させてもらいました。

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 自分を振り返ってみても、20歳前に町づくりは、実感が湧きません。しかも、学生たちは、県外から来ている学生が大半ですので土地カンがありません。

 開成町の場所の説明として、富士山から近い場所だと紹介しました。富士山なら誰でも知っています。便利です。ついでに300年前に大爆発したことも紹介しました。

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 学生たちが、一番、真剣に聞いているように感じたのは、防災の話をした時です。向こう三軒両隣の付き合いがしっかりしたところの方がイザという時に助かる可能性が高いことは、阪神淡路大震災などで実証されていると話しました。

 結構、真剣な目つきになりました。小さな町の自治会単位の防災の取り組みは、大都会のモデルになりうると話しました。

 Imgp0969 1時間余り授業を行い質問を受けました。残念ながらありませんでした。話がわからなかったのかなと思っていたところ、1人の女子学生が、やってきました。

 三重県の熊野古道が通っているところの出身だということでした。町の勢いがなくなり大変な状況になっているということでした。

 私は、「貴方のようなやる気のある若い方が勉強して町を活気づけて下さい。町づくりの職業に就いたらどうですか。一番は情熱です。」と伝えました。小さな町、田舎の町こそ若くてやる気のある人材が必要です。挑戦してくれると良いですね。

 当日使用したレジュメです。「yokokoku.doc」をダウンロード

2007年5月 7日 (月)

再始動

 連休最終日の昨日、海外で休日を過ごされた皆さんが続々と帰国する様子がテレビで流れていました。「明日から現実に戻ります。」とインタビューに答えていました。

 夢のようなお休みだったので、仕事に戻る日常を現実と表現されたのだと思いますが、どちらも紛れもない現実です。気分の持ちようです。頑張りましょう。

Photo_20  連休中、東京に出かけ帰りに新宿に立ち寄った時、普段と違う風景に出くわしました。新宿駅南口の近くに宮崎県の物産を販売している店があります。

 入り口に列は短かったですが、行列ができていました。以前は、こんなことありませんでした。そのまんま東さんこと、東国原知事の効果であることは間違いありません。

 知事に当選された直後からマスコミに引っ張りだこですし、知事ご本人も宮崎県のセールスマンと心得てか、徹底して売り込んでいられるように見受けられます。

 文字通りのトップセールスです。私も比べようもなくささやかですが、開成町の名前を売り込むよう努めます。

 今日は、午後、横浜国立大学で小さな町の町づくりの体験を話してほしいということで大学生相手の授業に出かけます。町づくりがいかにわくわくするものか伝えてきます。

 開成町役場に入ってみようと思ってくれる若者が1人でもいれば良いですね。大学の先生になりきってきます。

2007年5月 6日 (日)

連休日記7

 001_16 大型連休も最終日となりました。5日、こどもの日、酒匂川の大口土手にある福沢神社の例大祭に参列しました。

 1707年の富士山の大噴火による火山砂が原因で、酒匂川は、洪水が相次ぎました。土手が築かれたのは、1726年のことです。

003_13  土手の工事の責任者の田中丘隅(たなかきゅうぐ)は、治水の神様を祀り、そして、お祭りを行うことで災害の歴史を忘れないようにしました。

 祭りに参加する人は、土手を固めるための石をそれぞれが持ち寄りました。また、桃や梨、栗などの樹木を植えて土手を強固にすることも求めました。

 実は、時の将軍、徳川吉宗から土手の完成を祝って100両が村々に渡され、このお金が祭りの元手になっています。

 今でいえば総理大臣から直接特別の祝い金が届いたようなものです。いかに江戸幕府にとって大切な工事だったのかが伺われます。

 004_5 また、大口のお祭りといえば、植木市が有名です。恐らく、田中丘隅が村人たちに木を植えるよう求めたことに由来すると思われます。

 困難な工事を成し遂げた指導者ならではの熱い熱い思いがぎっしりと詰まっているお祭りだといえそうです。

 正午からは、土手のある南足柄市と隣の開成町の子どもたちの、奉納相撲です。開会式が始まって間なしのことでした。

 神社の南隣の住宅の屋根から火が出ているのに気づきました。火事です。かやぶき屋根の旧家です。

 消防車が到着して放水しましたが、かやぶきですので消火に手間取りました。屋根は焼け落ちてしまいました。

 幸いにしてけが人はありませんでしたが、突然のことで、言葉がありません。心よりお見舞い申し上げます。

 子ども相撲は中止。なぜ、全く火の気のない屋根の上部から火が出たのか。開会を知らせる打ち上げ花火ではなどという推測が出ていましたが、明確な原因は、聞けませんでした。

002_13  災害の歴史を伝える由緒あるお祭り、今年は、突然の火災で、お祭り気分は吹っ飛んでしまいました。

2007年5月 5日 (土)

連休日記6

 5日、妻と東京に出かけました。私は、古本屋、妻は買い物。互いに自立しています(笑い)。

001_15  神田の古本屋街は、空いていました。3時間半ほどぶらつき、地名の本と福沢諭吉が書いた評論集、2冊を買いました。締めて2500円なり。安上がりです。

 ご存知、一万円札の顔、福沢諭吉は、明治時代、文明開化の路線をリードする一方、一切の官職に就くことなく、時の権力とは一線を画し発言を続けました。

 今、明治以来の中央集権型の国のあり方が根本から問われています。福沢諭吉が、そもそも構想した国のあり方はどうだったのか見つめ直すことが大切だと思います。

 ところで、福沢諭吉は、恩人が、南足柄市千津島のお寺の住職を務めていたため、しばしば足柄地域を訪問していたことは間違いありません。

 南足柄市ができる前の福沢村、福沢小学校の「福沢」は、福沢諭吉の「福沢」をいただいて名前をつけたと言われます。

 ところが、こうした福沢諭吉の足跡、足柄地域の人々と接した記録は、ほとんど残っておらず、伝聞に終わってしまっています。残念でなりません。

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  福沢諭吉の思想が改めて注目を集めようとしている今、福沢諭吉と足柄地域という点に絞って再調査してみる価値は大いにあると思います。

2007年5月 4日 (金)

連休日記5

001_14  昨日、久しぶりに瀬戸屋敷を訪れました。新緑に包まれたかやぶきの風情、落ち着きます。

 瀬003_12戸屋敷クラブの皆さんが、五月まつりを開催中でした。鯉のぼりが空を泳いでいました。瀬戸家伝統の甲冑も飾られていました。

 お目当ては、土蔵で開かれていた絵画展です。数日前、お隣南足柄市を昨年辞めたばかりの元部長さんがふらりと町長室に来られ、展覧会の案内をいただきました。

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 絵の達人だとは聞いていましたが、退職してすぐ絵画教室を開いて水彩画を教えているとは知りませんでした。素敵な定年後だと思いました。

 高校時代の友人からバーベキューをするのでと誘いを受けました。私たちの世代も定年まで10年を切り、定年後が全くちらつかないと言えば、嘘になります。

 会社や役所を取り巻く環境がものすごく変わったことをみんな感じていました。普通に働いていれば普通に階段を上り、定年後を過ごせる時代ではなくなっています。

 私たちの世代は、高度成長時代は、下働きとして、バブル経済の崩壊したここ十数年は、まさに中核として仕事を支えてきた世代です。明と暗、両方を知っています。

 この世代が、今こそ会社や役所全体をリードすべきだというのが私の持論です。大江健三郎さんの小説に「われらの時代」というタイトルのがありましたが、そんな気分を伝えました。

2007年5月 3日 (木)

連休日記4

 今日は、憲法記念日。先日、知り合いの方から、もうすぐ結婚記念日ですねと声をかけられました。私が以前、憲法記念日に結婚式を挙げたと地元の新聞に記事を書いていたのを覚えていられました。

 私は、すぐ判りましたが、隣にいた、妻は、「そうだったかな。こどもの日ではなかったかしら。」なんて言っていました。

 26年前のことですのでうろ覚えですが、憲法記念日にしようと、意識して私が決めたはずです。だから私の方が、5月3日は、結婚記念日とすぐに思い出すのだと思います。もっとも思い出してから先の行動には、特別のことは、ありませんが…。

 

 さて、日本国憲法ですが、安倍総理大臣は、憲法改正も視野に入れて明確に動き出しています。憲法改正といいますと、どうしても9条のことが目立ってしまいます。

 しかし、地方自治も論点の一つです。92条に「地方自治の本旨に基づいて法律で定める」と書かれていますが、不明確だという意見があります。政府の地方分権改革推進委員会の中でも、もっとわかりやすく地方自治の尊重を明言すべきだという意見が出されました。

 昨日午後、地方自治全般に詳しい一橋大学の辻琢也教授に来ていただいて勉強会を開きました。辻先生から全国各地域の実情を伺うことができました。

 東京が際立って財政状況が良いこと、全般として「地方は疲れている。」とのことでした。開成町や神奈川県は、全国的に見ればよい方に入っています。ばらつきがあることを実感しました。

 憲法改正の論点の一つにもなるほど、地方自治は、大きな変革期に来ています。辻先生の話を伺っていて、地方分権改革論議を進めるに当たっては、全国の現状を調べる必要があると強く感じました。

2007年5月 2日 (水)

自転車月間

 自転車基本法という法律があるのをご存知でしたか。知りませんでした。町が平らなことを活かして自転車の町づくりを進めようとしているのに、恥ずかしい限りです。

 偶然、自転車関連の業界による新聞広告で見つけました。5月が、自転車月間で、こどもの日と同じ、5月5日が自転車の日ということでした。

 法律を調べてみました。自転車にかかる道路の交通環境の整備や交通安全運動、自転車の駐車場の整備などを推進することを目的としています。

002_10  これまた偶然でしたが、1日、朝、松田警察署の署長さんらと、自転車の交通安全のキャンペーンを実施しました。

 自転車の安全な乗り方などを書いたチラシを、通勤、通学する皆さんに配布しました。開成町は交通事故は少ないのですが、自転車事故の割合が高いと指摘されています。

0001_37  25パーセントを越えているということで、警察から注意喚起されています。少しでも減らそうということで街頭活動を行いました。

 自転車は、環境にも健康にも良い乗り物なので、もっともっと利用していただきたいのですが、安全に乗れるネットワークは不十分です。道づくりのポイントです。

2007年5月 1日 (火)

初夏

 昨日のテレビニュースのトップは、全国で夏のような天気でした。確かに、日差しがあるところは、夏を感じさせる暑さでしたが、日陰に入ると、さわやかでした。

0026   さて、5月に入りました。開成町を挙げてのお祭り、「あじさい祭り」が近づいてきました。昨年は、遅く降りた霜のため、大変な被害を受けてしまいました。

 「花の咲かないあじさい祭り」などと逆手にとって宣伝せざるを得なかったほどです。今年は、今のところ順調です。このまま育って欲しいと祈っています。

 20周年の節目です。祭りが始まった頃は、数千人のお客さんでしたが、今は20万人近く。皆さんに喜んでいただけるお祭りにしたいと張り切っています。

 6月3日と4日がプレイベント、6月9日から17日までがお祭りの開催です。プレイベントでは近隣の高校生が演奏やダンスで盛り上げてくれる予定です。若さに期待です。

Photo_19  町内の企業の皆さんにも協力を呼びかけたところ、日本製紙クレシアさんから、箱にあじさいをあしらった新しいデザインのティッシュペーパーを作成してくださいました。

 企業も町民の1人として、ご協力をお願いしたところ、早速に応えて下さいました。ありがとうございます。あじさいティッシューは、祭り期間中、キャンペーンに活用されるということです。

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